81 波乱のバースデーパーティー(3)
陽が沈み、空に黄昏が広がると、シャーリン家主催の舞踏会の開始が告げられた。
広大な庭には豪奢な馬車が並び、次々と絢爛豪華な衣装に身を包んだ男女が屋敷へと入ってくる。
私はホールで、来てくださった方々一人ひとりに笑顔でお礼と挨拶を述べる。
久しぶりにお父様が隣りに立っている。それも、満面の笑みで……。 怖ぁ!!
お父様の横で、やはり同じように笑みを浮かべ、挨拶している我が義弟。貴方たち血は繋がってなくても、怖いくらいそっくりですよ。
リドとあんなことがあってから、ほぼ一日が経過しようとしている。なんだかんだで、なんと今日はまだリドに会っていない。……もしかしたら、お互いに避けているからかな?
朝から我が家で行われる夜会の準備が忙しく、昨夜の記憶を少しは紛らわせることができた。だが、ふとした瞬間に思い出す。
切羽詰まったような、情欲に塗れたリドの表情……。
ダァァァーーッ!! 散れッ! 散れッ! 煩悩ォー! イケメン退散ンンンッ!!
本当に色気に流されずに抵抗できた自分を褒めてあげたい。ちょっともう、今日はまともにリドの顔を見られそうにない。
ああやっていつも、女の子を抱いているのだろうか。それとも、普段はもっと優しいのかな。なんとなく怒ってたような気がするし。……考えるのよそう。悲しくなってくる。
身から出た錆とはこのことで、私が見栄なんか張って『処女じゃない』なんて嘘ついたせいで、リドに誤解を与えてしまったのよね。私が悪いのはわかっているのだが、納得いかず許せない部分もある。
私のこと、好きでもなんでもないのに抱こうとしたこと。
あんな風に軽く扱われると、私なんてリドにとってそれまでの人間で、どうでもいい存在なんだろうなって思わされる。それとは対照的に私の方はリドの存在がどんどんどんどん大きくなっていって、とても大切でとても大好きで……。
……片想いって……こんなに苦しいんだなあ……。
好きなら、身体だけでも繋げておけばよかったのかな? という、究極の想いに囚われる。しかし、成人を迎えてしまった今となっては、それも最早叶わない。
成人していなかったら、今日たぶん自分から、リドにとって単なる性欲処理の都合のいい女に成り下がるところだった……。
「アリス様。本日はお招きありがとうございます」
「やあ、アリス。よい夜だね。……アリス? 大丈夫?」
「ほえっ!?」
飛ばしていた意識を引き戻してくれたのは、ダリア嬢とエル様だった。
「はっ! 来てくださってありがとうございます。エル様。ダリア嬢」
「心ここに在らずって感じだね? 何かあった?」
ぐぅ……エル様鋭い……。
エル様とダリア嬢はダリア嬢の大人っぽい雰囲気に合わせた上品な臙脂色のお揃いの装いで、まるで夫婦のようだった。
「お二人のお揃いの装い、とても素敵ですわ」
「アリス様こそ。今日も女神のように輝いてらっしゃって、本当にお美しいですわ」
「ダリア気が合うね。俺も常々そう思ってる」
「まあ。女神だなんて。二人して私をからかわれて」
「本気ですわ。アリス様は女神です」
私は気を取り直して、満面の笑顔を浮かべる。
まずいまずい! 隣りにモンスターが立ってるのに、気を抜き過ぎた!
エル様はちらりとお父様の顔色を伺って、私に耳打ちした。
「……もしかして、もう兄上が来たとか?」
「へっ? 違います! ちょっと夕べ眠れなくて時々ぼうっとしてしまって。いけませんわね。気を張らなくちゃ」
「主催者に“気を楽にして”なんて言えないけど、何かあったら言ってよ。俺たち親友だろ」
「わたくしにも、なんでもおっしゃってくださいね。いつでもアリス様のお力になりたいの」
エル様がパチンと軽くウィンクしてくれた。ああ。なんて軽薄な仕草が似合うのかしら、この王子は。そしてダリア嬢の毒がないのに何か企んでいるかのような微笑み。通常営業な二人に癒されました。
「ありがとうございます。気持ちが楽になりました」
「そういえば、もう一人の俺の親友は? 見当たらないけど」
「…………ッ!? あ、あのリドは、えーと、今日は裏方で……楽団や料理などの指示を出したり……後で来ますけど……多分……」
「………………あー……なるほどねえ。そっちか」
エル様が、しどろもどろになってしまった私を見て、直ぐに察して苦笑を零した。リドと何かあったか勘づかれたかも……!?
「…………とうとうヤッたか」
「? なんて言いました? エルヴィン様」
「んー。なんでもないよ、ダリア。アリスもとうとう成人したんだなって思っただけ」
二人は笑顔でダンスフロアの方へ進んでいった。
エル様に言われて思い出しましたけど、そういえば今日はジークフリート陛下もいらっしゃるんでしたわ。(あくまで予定は未定)
……多分、なんらかの理由をつけて来ないと思いますけどね。その時のお父様をどう宥めるべきか……。婚約披露もすっ飛ばして、これがいきなりの公式な場でのお披露目なのに、本人たちが揃わないんじゃあ赤っ恥ですわよね。でも、あの男ならやるわね、間違いなく。きっとジークフリート陛下とお会いするのはクラリスちゃんとの結婚式の時……いや、クラリスちゃんはうちのお父様が好きなのか。陛下は振られちゃったってことかしら? ほんと、何やってんのよ陛下。ちゃんとクラリスちゃんを捕まえておかないとダメじゃない!!
隣りで緩やかに笑う、妖怪金髪オカッパの顔を盗み見る。
確かに顔だけは、顔だけはいいのよね。ああ……家柄も良いか。仕事もできる。裏の仕事も。でも、それを差っ引いても余りある残念な性癖……否、性格……。
「お招きありがとうございます」
鈴が転がるような可愛らしい声で話しかけられ、私はその声の主に微笑みかける。
噂をすれば影ではないが、クラリスちゃんのことを考えていたら、ご本人登場です!
光沢のある薄いピンク色のドレスがとっても似合っていて可愛いわー。私はニコニコとクラリスちゃんに微笑みかけながらその横を見ると、なんとクラリスちゃんの隣りに蒼龍の騎士団の隊長が立っていた。
「!? お、お招き……ありがとう、ございますッ」
驚いたように目を瞠ったムダ筋が「そ、そっくりだ……」と、顔を真っ赤にして何やらもごもごと口籠もっている。
「お義兄様、大丈夫ですか?」
「え? あ、ああ。大丈夫……だ」
「はじめまして。カーライル侯爵ご子息様。クラリスちゃん、ようこそいらっしゃいました。楽しんでいってくださいね」
ムダ筋の狼狽ぶりに笑いそうになるのをなんとか堪えて穏やかな笑みで対応する。ムダ筋はブルースの双子話を未だに信じている様子。さすが脳みそまで筋肉だわ。否、私の演技力の成せる技かしら? 罪深い程ね。
しかし、ここで私ははたと気付いた。今日、このシャーリン家に【迷鳥】の攻略対象者がぞくぞくと集結しているということに。
今夜、ジークフリートに皆の前で婚約破棄を言い渡される。→お父様の顔に泥を塗る。(国中の貴族が集まる前で)→お父様によって、私は抹殺される。(人格破壊)
隣りのお父様は笑って客人と挨拶を交わしている。
お父様が……笑っている……。
その笑顔……。
怖い……怖い……怖い……ッ!!
今日、シャーリン邸で婚約破棄イベントが発生するのかしら。
そうよね。クラリスちゃんが十六歳になってゲームが開始された今、いつだって気を張って生きていかなくちゃいけないんだわ。そして私も今日から成人してしまった。何が起こっても不思議じゃない。
実際、ゲーム開始時期から十八禁ぽいことが立て続けに身に降りかかっている。
いや……
どうしよう……
今日は失敗できないのに。
……お父様を失望させちゃう……
ああ。なんだか視界がかすむ……
音が……遠い……
どうしよう……立っていられない……
だれか……
…………たすけて。
「おいッ! どうした!?」
聞き慣れた低音の心地好い声が頭上から降ってきて、私はその声を振り仰ぐ。いつでも私の気持ちを安堵させて、それと同時に昂揚させるこの声。
その声の主は果たして……リドだった。




