80 波乱のバースデーパーティー(2)
少し乱暴にベッドに降ろされる。直ぐにリドが身体の上に伸し掛かってきて、顔の横で両手首をシーツに縫いとめられた。
見上げると、私を見下ろすリドの表情は微塵も甘さがなく、冷たい瞳の中に情欲の炎を燻らせていた。
「リド? なんか……怒ってる?」
「あ? ……別に怒ってねえ」
「でも、なんか……」
「落胆してるだけだ。お前もそこいらの発情してる女共と一緒だったのかってな……」
………………は? 発情ぉ!?
な、なんなの? その言い方……ッ!
「……そういう女に、思い切り煽られてる自分にも腹が立つ……」
だって、好きな人に求められて嬉しくない方がおかしいでしょ? リドの考え方の方がおかしいわ。
「は、発情とか、そんな言い方しないで……ッ!」
「……好きな奴としかやらねえって言ってたクセに、独り身の最後にハメ外したくなったか? 他の男の味も味わっときてえって? そりゃ俺は適任だよな。他国に帰っちまえば後腐れもねえし、ナニもデカいし、アレも上手いって評判みてえだしな」
………………え?
「な、なにを言ってるの?」
「残念だったな。知らねえのか? ログワーズの男の性欲の強さ。……明日は大事なパーティーなのに足腰立たなくなっちまうだろうなあ」
「……ッ痛!」
ギリッと、手首を握った手に力を入れ、リドは私の耳に唇をつけて熱い吐息と共に囁いた。
「たっぷり調教してやる。……なんにも知らずに、お前を抱いた時のジークフリートが見物だな」
想像して、私はぶるりと身震いすると、リドに耳朶を甘噛みされた。
「ひゃぁんッ……! ぃ、いや……ッ!」
全然ッ!! 想いなんて通じてなかったァァァーー!!!
それなのに変な声出ちゃったよォォーー!!
このままじゃ、気持ち良くて流されちゃう。抵抗したくないけど、抵抗しなくちゃ!
「ちょっと待って! 離してリド!」
私は思い切り手足をばたつかせたけれど、リドはびくともしない。でもダメだ。こんなリドに抱かれる訳にはいかない。絶対ッ!!
「ジークフリートの名を聞いて急に抵抗しやがって……お前から抱かれに来たんだろうが」
ほらやっぱり! なんか変な誤解してる! なんでここで陛下の名前が出てくるのよ。
「リドに抱かれるのとジークフリート陛下は関係ないでしょ!」
「……そうかよ。あくまで俺は部外者だったな……だが、閨で他の男の名前なんて出してんじゃねえぞ」
先に出したのはそっちでしょォォ!!
リドは、私の両手首を頭の上で左手で一纏めにして押さえつけた。
「あ……ッ」
「……胸も可愛がられたのか? 道理でデカくなったわけだ」
そう言いながら、リドは私のドレスの胸元に手を掛けた。
ビィィーーッ……!!
布を引き裂く音がして、私は恍惚から引き戻された。見ると、リドがドレスの胸元を破ったのだというのがわかった。無残に引き裂かれた淡い薄紫色の布を、リドはベッドの脇に放った。
嘘……。
リドがプレゼントしてくれた大事なドレス……。
プツン……ッと、ドレスと共に私の中で何かが切れた音がした。
私は渾身の力を込めてリドの延髄に踵を落とす。だがそれは命中する前に、パシッと、いとも簡単にリドに片手で足首を掴まれて封じ込まれてしまった。
「……俺にこの程度の攻撃は無駄だ。お前は本当に相変わらず足癖悪ぃ…………なッ!?」
私を見下ろして、リドがギョッと驚いたような顔をした。でも、そのリドの顔はもう歪んで見えない。ボロボロと後から後から涙がとめどなく流れるからだ。多分ぐしゃぐしゃで酷い顔をしているのだろう。リドが若干怯んでいる……ように見える。
「おま……ッ……何でそんな泣いて……」
「リドのバカぁ……」
「……ッ!?」
リドの拘束が解け、自由になった両手で露わになってしまった胸を隠す。涙が止まらず、ヒックヒックとしゃくり上げた。そして、のろのろと起き上がりベッドから降りてリドに背中を向けた。
「わ、わたし、初めてなのに……こんなリドこわい……大事なドレスも……やぶってひどい……」
「………………は? はあ!? 初めてェ!?」
私はこくこくと頷く。
「嘘だろ? だってお前、ジー……トーリとヤッたってヴィヴィが……」
私はフルフルと頭を振った。
そうか……ヴィヴィから聞いて、私が処女じゃないと思ったから、乱暴に抱こうとしたの?
「……みんなが『処女だ』ってバカにするから悔しくて……トーリとは言ってないけど、ヴィヴィたちが勝手に解釈してくれただけ。トーリにはもうちゃんと謝ってる」
「じゃあ、お前まだ……ホントに処女……なのか?」
私はリドに背を向けたまま、こくりと頷く。相変わらず涙は止まらない。
「十五歳最後の夜だから……処女のまま成人しちゃうと、魔王になっちゃって、もうリドに抱いてもらえないから……そうしたら、私一生処女のままなの嫌だし…………私、ずっとリドのこと好きだから……リドとの約束を果たしに……来たのに…………」
「………………え?」
「……でも、もういい。もうヤダ」
「ちょ……ちょっと待て! こっち向けアリス!!」
“アリス”と呼ばれて、ピクッと一瞬反応してしまったが、振り返ることはしなかった。
「……私もリドに待ってって言った! でも待ってくれなかった」
「アリス!!」
私は乱れた髪とドレス、裸足のまま、リドの部屋を飛び出した。
部屋を出ても誰も居ず、ホッと安堵の溜め息を吐いて隣りの自室に戻った。
破れた服も、靴も、アップルパイもティーセットも、ワゴンも、全部リドの部屋に置いてきてしまった。
……大泣きして……呆れさせちゃったかな……。
ずっと背中を向けていたから、リドがどんな表情をしていたか分からない。
閨で怖がって大泣きして飛び出していくなんて、“子どもだ”と呆れさせたかもしれない。
私は自室の扉に鍵をかけた。のろのろとした動作で、リドから貰った無残に破れたドレスを脱いでいく。夜着に着替えて、ドレスをクローゼットの大きめの帽子箱にそっと隠した。
ベッドに潜り込み、さっきまでのことを思い出す。
リドには、あんなにいっぱい酷いこと言われたのに、やっぱり嫌いになれない。……滑稽だわ。
リドの、私を見下ろす熱い眼差しとか……初めてのキスとか……。(この際、口移しはカウントしない)
震える程エロくて色気半端なかった……。あんなリドを前に、よく流されなかった。偉過ぎる私。
頬に集まる熱に、ドキドキと高鳴る鼓動。
「好き……リドが好き……」
声に出すと、泣きそうになった。また、自覚してしまった。
興奮した身体を鎮める術がわからず、熱を持て余したまま、その日はなかなか寝付けなかった。
そうして、私は十六歳になった。




