79 波乱のバースデーパーティー(1)
パジャマパーティーから約1か月弱。いよいよ明日はシャーリン公爵主催の舞踏会の日だ。
今日まで準備につぐ準備。準備、準備、準備。やれ発注だ、やれ招待状だ……とてんやわんやだった。屋敷の飾り付けはもちろん、庭園の整備や料理のチェック。周辺警備の依頼。この日に合わせドレスなども新調した。突然決めた舞踏会だから、ドレスも急ピッチで作業してもらい、昨日ギリギリで出来上がった。
もう余りの忙しさに、余計なことを考える暇さえなく、気付けば明日は私の16歳の誕生日……。
未だリドの記憶は戻らず。
今日中に戻らなかったらどうしたらいいの? あの約束はどうなるの? 私は変わらずリドが好きだよ。
そんなことを悶々と考えながら作業していたら、もう夕食の時間になってしまった。
今日は朝から日が傾くまでホールの飾り付けやら何やらをやって、何とか完璧に仕上げた。楽団の皆様も到着し、すでに部屋で寛いで頂いている。後は当日の料理のみ……で、良い筈だ。
ホッと溜め息を吐き、ちょっとした安堵に心の奥にしまってあった思考が引き摺り出される。
お母様の形見のネックレスが戻ってきた。
良いか悪いか、準備に忙殺されていたせいで余り思い出さずに済んでいたのだが……。リドの魔王の話と共にチラチラと頭を掠めていた。
……怖かった……あの、黒い人……。
次に会う時はどうなるかわからない。お母様の形見のネックレスを持っていたということは、あの骨董品屋の蛙店長の生死に少なからず(……いや多分100%)関わっているということだ。
とても惨たらしい死に方だったと聞いている。お店が跡形もなく消えてしまっていたのも不気味さに拍車をかけた。
あんな男に目を付けられてしまうなんて……。
あの男、変なことを言っていた。“正妃”にするとかなんとか。“正妃”なんて言葉、王族くらいしか使わない。しかもその中でも“王”しか。……あいつ、どこかの王族なの? 確かに物凄く偉そうだったけど。
ジャンヌに調べてもらったけれど、“裏社会を牛耳っている者らしい”としか出てこなかった。しっかりと顔を見た者もいない。深追いするには命の危険があると……。
私も暗闇の中、殆ど仮面で覆われた顔しか見ていない。八年前も遠目だったし……。何より、あのインパクトの強い左頬に走る傷痕につい目がいってしまう。
あんな傷痕があったら目立って仕方ないと思うけど……。
……取り敢えず、美味しい夕食を食べて嫌な思考を忘れてしまおう。……今夜のこともあるし。
いつも夕食はリドとヴィヴィと一緒に摂っているが、今日は私一人で早めに食べて部屋へと戻った。そう、今夜のために!
早めに沐浴して、肌に良いオイルを入念に塗る。そして、夜着ではなくリドからプレゼントしてもらったドレスを着せてもらった。オリビアには「入浴されましたのに、どちらかに行かれるのですか?」と聞かれ。
「ええ。今日はちょっと早いから夜食を作ろうかと思って」
と言えば、湯冷めをしないようにと心配させてしまった。
夜食……というのは口実の口実で、リドの大好物のアップルパイを作って「作りすぎちゃったから」とかなんとか言って、リドの部屋に潜入しようかと目下計画中。たかがクッキングになぜこんな素敵なドレスを着ているのかは、ツッコませてはいけない。
善は急げで厨房にお邪魔して、アップルパイ作り開始だ。
好きな人のためにスイーツ作りとか、私ってなんて乙女なんだろう……。凄いな恋愛パワー。
アップルパイを作っている間はなんとか無心で居られたが、いざ作り終わってしまうと、ザワザワと胸がざわつく。緊張してきてしまった。
とにかく、今日中にリドと話をしなければ。処女のまま明日になってしまったら大変だ。……というか、私は今日処女を失うということなのよね。つまりは、リドに抱かれるという……。……頭が爆発しそう……。
アップルパイとティーセットを乗せたワゴンを押して、リドの部屋を目指す。と言っても私の部屋の隣りなのだが。
とうとう、リドの部屋の前に着いてしまった。コンコン……私はちょっぴり震える手でリドの部屋の扉をノックした……が、返事がない。こんなに勇気を出してここまで来たのに居ないとか! 嘘でしょ!?
もう一度ノックするが、やはり返事はない。
「……リド? 居ないの……?」
扉に向かって小さく声をかけてみると、突然ガチャッと勢いよく扉が開いたので、私は驚いて肩を跳ねさせた。
「お前かよっ!」
「良かった。リド居たのね」
「…………こんな時間に何の用だ?」
「えーと……あの、お夜食を作ったのだけど、作りすぎちゃって……リド、アップルパイ好きでしょ?」
私はあらかじめ用意していた言い訳を答えた。
「お茶も淹れてきたから、良かったらお部屋に入れてくれない?」
「……………………入れ」
リドは扉を大きく開けて、私を自室に招き入れてくれた。良かった。第一関門突破しました!
「もしかして、誰か待ってた?」
「逆だ。最近、狐女が部屋の前に頻繁に来て、部屋に入れろと喚いていきやがるから、居留守使ってる。あの狐女どうにかできねぇのか? 解雇してくれ、頼む」
珍しいリドからの頼まれごとがストーカー対策とは。
「……そうね。何だか嫌な予感がするし……パーティーが終わったら考えてみるわ」
「ッ! 助かる……このままだと間違えて狐女を殺しちまいそうだ……」
「それはまずいわね」
リドがこんなに困っているの、初めて見た。これは早急に対処してあげなくちゃダメな案件かも。
私は紅茶を煎れながら、手元を見てそんなことをぼんやりと考えていた。すると、後ろからヒョイっと大きくてゴツゴツした手が伸びてきて、ソーサーごとカップを持っていった。リドはカップを鼻先で傾け、香りを楽しんでから口に含んだ。
「……美味いな。アップルパイも相変わらず美味そうだ」
「出来たてホヤホヤよ」
ほかほかのアップルパイにホイップクリームを添えてサーブする。リドは椅子に座りながらそれを受け取り、幸せそうに笑った。
その顔……その蕩けそうに幸せな顔が見たくて、ついついアップルパイを作ってしまうのよね。
私はニコニコとリドを見つめる。私の顔も幸せそうに蕩けているに違いない。
だが笑顔でいたのはほんの一瞬で、私はリドに、急に疑いの眼差しで見据えられた。
「で? こんな夜中にご丁寧に俺の好物まで持参して……男の部屋に一人でやって来たのはどういうつもりだ?」
「……どういうつもりって……」
バ……バレてるッ!!
「お前、明日パーティーだろ? こんなとこでこんなことしてる暇なんて、無えだろうが」
「う、うん……そうなんだけど……どうしても今日中に話しておかなきゃいけないっていうか、しておかなきゃいけないっていうか……」
「あ?」
「だって……明日になったら私十六歳になっちゃうし……」
「……もう嫁に行くつもりで……挨拶にでもきたのか?」
「えッ!? 違うわ! そうじゃなくて……えっと……その……最後の夜だから……ッ……いやその」
「最後? …………お前……もしかして」
リドが、私を見て目を瞠る。
私が真っ赤な顔で俯いてもごもごと口ごもっていると、リドは椅子から立ち上がって私の横に立った。
「上向け」
「え……?」
リドは節榑立った指で私の顎を上に向かせると、噛み付くようなキスを降らせた。
「……!?……んぅッ……」
……私……ッ……リドにキスされてる……ッ!
甘いくちづけに「はぁ……」と熱い吐息を漏らすと、濡れたリドの唇の端がニッと上がった。
「……こういうことであってるか?」
私は真っ赤になってコクコクと頷く。キスだけで身体中が痺れたようになって脚に力が入らない……。キス、気持ち良かった……。リド、キスも上手いのね……。
ぼう……と、惚けたようにリドを見つめると、リドは「チッ」と舌打ちして私から目を逸らし、私の膝裏に手を入れ急に身体を抱き上げた。
なんで舌打ち!? なんでお姫様抱っこ!?
「リ、リド?」
「望み通り抱いてやる」
「……ッ! ……は、はいっ!」
思わず声が裏返ってしまった。
でも……! 想いが通じた……ッ!!
急に緊張してきて、身体がガチガチに強ばってしまっているのを感じる。私はじっと大人しくされるがままに、ベッドまで運ばれた。




