78 魅惑のパジャマパーティー かーらーの 仮面舞踏会(4)
「へ、変な冗談はやめて」
「冗談だと思うか? ……この状況でヤらねえ方が嘘だろ」
やるって何を? ……ナニを!?
リドが前髪を掻き上げて気怠げに私を見下ろした。
こんな色気だだ漏れの『夜の王』にこんな風に迫られたら、抵抗出来る女なんていないでしょうーー!?
いつもこうやって女落としてんのかァァァァァァ!! そりゃ落ちるわァァ! はい、落ちたぁー。私も完落ちです。
だが、何か言い知れぬ怒りが沸々と湧き上がる。
私、リドのこと好きって言ったよね!? なのにこんな軽く誘ってくるなんて。私のこと何だと思ってるの?
私は身体の横でギュッと拳を握り締めて、キッとリドを睨んだ。
「リドは、私のことが好きなの?」
「は?」
「……私は好きな人としか、そういうコトできないッ!」
「…………ッ!!」
私の言葉に、リドは驚いたような顔をして私から視線を逸らし、黙り込んでしまった。周りからのいやらしい声がやけに響く。
暫くの沈黙の後、口を開いたリドはやけに落ち込んだような様子だった。
「そうかよ。成程な……好きな人か……」
意味深にそう呟いて、リドは壁から離れた。
「リド……?」
「…………飲み物取ってくる。ここで待ってろ」
「へっ!?」
そうしてリドはその場に私を残し、足早にフロアの方へ戻って行ってしまった。
ちょ……ちょっと待ってぇぇ! こんな如何わしくて怪しい所に一人で置いていかないでぇぇぇ!
周りの環境を考えると、女一人でこんな所に立っているのはどう考えても怪しい。もしくは、そういうお誘いを待っているように見えるのではなかろうか?
「リド……恨むわよ」
さっきのあからさまな態度から、リドが私を好きではないということが、よぉぉ~くわかった。
「……嘘つき……記憶を失くしても私のことまた好きになるって言ったくせに……」
ほんの少し滲んできた涙を拭って私もフロアへ戻ろうと踵を返すと、少し離れた所に黒い男の人が立っているのが目に入った。そう、とても“黒い”。
リドと同じくらい背が高く、黒髪で黒いマント、顔は目元だけではなく左半分を銀の仮面で覆っているその男は、リドが『夜の王』ならば彼は『闇の王』のようだった。顔の右半分しか見えないが、恐ろしく容姿が整っているのがわかる。歳は……三十歳後半くらいだろうか。
じっとこちらを見ていたその男が、ゆっくりとこちらに向かってきた。
私は思わずビクリと身体を強ばらせ後退る。
「だ、誰……?」
私の問い掛けに、彼はククッ……と笑ったが、彼のダークグリーンの瞳は全く笑っていないのがわかった。
「……忘れたか? アリス」
物凄く低くて渋い大人の声で、彼は私の名を呟いた。ゾクリ……と、背筋に悪寒が走る。
「な、なんで私の名前を……?」
また一歩下がった私を面白そうに見つめながら、カツ……カツ……と踵を響かせて彼が一歩一歩近づいてくる。
「お前は、いつも俺のことを探していただろう?」
「え?」
気付けば私はまたも壁際に追い込まれ、黒い男は目の前まで迫ってきていた。
「あ、貴方は誰? 私は貴方など探していないわ」
「……つれないな」
私の目の前で、彼は懐に手を入れてキラキラと光り輝く物を取り出した。それは、とても豪華なネックレスだった。
彼は手に持ったネックレスを自分の顔の前に持っていくと、一際輝く中央の大きな魔法石に唇を当てた。そしてまるでそれを#食__は__#むように唇と舌を這わせた。
な、なんて淫靡な……ッ!!!
私は彼のその淫猥な唇の動きから目が離せず固まってしまった。ドキドキと鼓動が高鳴る。
だが、そのネックレスを見て私は我に返った。ま、まさか……! 息を飲んだ私に、その男はまた可笑しそうにククッと笑った。
「そ、そのネックレスをどこで……ッ!!」
「そう、その寂しそうな首元に丁度いいだろう? お前の物だアリス。やっとお前に返せる」
それは紛れもなく、八年前に行方がわからなくなった、お母様の形見のネックレスだった。
「これは俺からの、再会祝いのプレゼントだ」
黒い男は私の首裏に手を回し、私の首元を唾液でテラテラと光るネックレスで飾った。
「どうして貴方がお母様のネックレスを持っているの?」
私の瞳を覗き込み、男は目を細めた。その目には先程の無機質なものとは違い、情欲が滲んでいた。
さっきの目より恐ろしくて、背筋がゾッとした。
「逢いたかった……俺の薔薇」
私は身の危険を感じて逃げようとすると、大きな手の平がグッと強い力で首を押さえつけてきた。
「逃げるな」
「……ッぐぅ……な、に……?」
彼は私を見下ろし、目を細めてククッと笑った。
「出逢った時はまだ蕾で蜜すら吸えなかったからな……だが随分と美しく咲いたものだ。散らし甲斐がある」
「は、はぁ!?」
こ、怖いッ!! ……首……苦しい……。
「喜べ、お前を俺の正妃として迎えよう」
「…………ッうぁ」
正妃!? いやいや、何言ってるのこの人!? 頭おかしい。
『お断りします』『離して』って言いたいのに……声が出ない……。
いや……ッ!!
リド!! 助けてーーーーッ!!
私は思わずギュッと固く目を瞑り身を強ばらせると、聞き慣れた声と共に首に掛かっていた男の力が遠ざかった。
目を開けるとそこには私を庇うように立ったリドが黒い男の腕を捻り上げてくれていた。
「悪いな。これは俺の女だ。他をあたれ」
「リド!!……ッゲホゲホッ」
私は噎せ返りながら反射的にリドの胸に飛び込んだ。リドに抱きとめられ、ホッと息を吐く。そこで私はようやく、自分が今まで息を止めていたことに気が付いた。
「……ッお前! 首ッ!!」
「へ?」
リドが私の胸元を見て驚いた声を出した。
「そうなの。これ、お母様の形見のネックレス……」
「違うッ! その痣……ッ! ……こいつにやられたのか」
痣? 私、痣がつくほどこの男に首を締められたの?
「……ッてめぇ……殺す……ッ」
地を這うような怒りを滲ませた声。
リド、目が……またオッドアイになっちゃってる。
リドが男の手を握った手にギリッと力を入れたのがわかった。
「……ッ凄い力だな……この俺がこんなに近付かれるまで接近に気付けないとは」
男はリドの手を振り払うと、私たちから距離を取った。
「リディア・ヴァン・シュナイダー。またお前から奪う楽しみが出来たというものだ。折角生き残ったんだ。せいぜいこの俺を楽しませてみせろ」
そう不敵に笑うと、黒い男は仮面を外し紳士のようにお辞儀をした。
「……ッ!?」
左頬に走る、抉られたような傷痕が顕になり、私とリドは同時に息を飲んだ。
それは遠い日の記憶を呼び起こした。
「俺の薔薇。次に逢う時はお前を俺のものにしてやる」
そう言って、男はひらり……とテラスから飛び降りた。
「きゃ……ッ!!」
男が『落ちた!』と思い、私は小さく悲鳴を上げてテラスの手摺りに駆け寄ると、そこから下を覗いた。すると屋敷から遠ざかって行く真っ黒な馬車が見えた。闇の空に馬が駆ける蹄の音が響き、それは徐々に小さくなっていった。
私……あの男に会ったことあるかも。確か……八年前のオークションの日に……。
小さくなった馬車に目を向けていると、突然両肩を掴まれクルリと回れ右させられた。
「リド?」
正面のリドは、まるで小さな子どもみたいな今にも泣きそうな顔で私の肩を掴んでいる。
「……悪い! 俺が離れたから……お前の綺麗な肌に傷を……ッ」
「だ、大丈夫よ。こんな傷! そりゃ置いていかれた時はちょっと心細かったけど……守ってくれたでしょ? #また__・__#」
リドを安心させるように微笑んでみせると、ぎゅうっと抱き締められた。
「……無理すんな。震えてるくせに」
どうやら私は、寒いからか恐怖のためか、震えていたようだ。でも、もう大丈夫。
「……あったかい……ありがとう、リド」
「……ああ。俺も、もうつまんねえ意地張るのはやめだ。……お前は俺が護る」
「ううん。今度は私がリドのこと守るよ。いつも守ってもらってばっかりだし」
「うるせえ。そりゃこっちの台詞だ。黙って護られてろ」
「うん」
ゆっくりと目を閉じる。そしてリドの背中にそっと腕を回した。暫く抱きしめ合っていると落ち着いてきて、リドの心臓の音に耳を傾けた。
リド……泣きそうな顔してたな。ふふ……やっぱり、好きだなぁ。
例えリドから好きになってもらえなくても、私はずっと好きでいようと改めて思った。
「なあ。……“俺の薔薇”って何だ?」
頭の上から突拍子もない質問が飛んできた。それを私に聞く? 今、あの男のこと考えたくなかったのにぃ。
「……さあ。私の名前が“アリス・ローズ”だからじゃない?」
「…………くっそキザ野郎だな……」
私たちはクスクス笑いながら、またお互いをぎゅっと抱き締めた。




