76 魅惑のパジャマパーティー かーらーの 仮面舞踏会(2)
次は私の番になってしまい、皆の視線がこちらに集まる。
「さあ! 次はアリス様の番ですよ」
クラリスちゃんからバトンを渡されてしまった。その生暖かい眼差しは何を思っているのかしら?
「えーと……私の好きな人は言わずもがなリドですわ。そして、初体験は……」
私が小さい声でそう言ってモジモジと下を向くと、肩にポンッとクラリスちゃんの手が添えられた。そっと上目遣いでクラリスちゃんを覗き見ると、彼女はニッコリと優しい笑顔を浮かべていた。
「わかっています。アリス様はまだ誰ともしていない、清いお身体ですよね」
「え?」
「そうですわ。姉様はとても純真な方ですから、兄様以外の殿方とはなさりませんもの」
「う!」
バレている……。
これは、リドの情報はヴィヴィに筒抜けということかしら……。
クラリスちゃんとヴィヴィの話を聞いて、周りがざわめき出した。
「え、嘘。アリス様って処女なの?」
「あの歳で?」
「ええ!? お身体に何かあるのかしら」
周囲のざわつきとは対照的に、クラリスちゃんとヴィヴィはニコニコととても上機嫌だ。
いーじゃんかーー! 処女で悪いかーー!!
だってリドが記憶無くしちゃったせいで嫌われちゃったんだもん! しょうがないでしょーーッ!!
何だか悔しくなってきて、涙が滲んできたがグッと堪える。
くっそー! ……こうなったら……。
「処女ではありませんわ。したことあります」
「「えッ!?」」
クラリスちゃんとヴィヴィが驚いた顔で私を見た。やっと、あの生暖かい笑顔が崩せました。
「だ、誰とですか!? わたしが監視していた限りでは、そんな人居ないはず……」
「嘘ですわ! 姉様が兄様以外の方となさるなんて!」
本当に二人とも、私のことよくわかっています。
どうしよう。嘘だし! 大ボラだし! 相手なんていないし!
あぁぁぁぁ早くもボロが出そう……。
すぐに裏を取るのが難しくて、私に味方して口裏合わせてくれそうな人物って誰? 誰って言えばバレないかしら……。いる? そんな奇特な人!?
リドは絶対だめだし、アルフレッドも鼻で笑われそう……否それ以前に奴に借りを作りたくない。エル様は……ダリア嬢とややこしいことになりそうだし、二人きりになったことないし、ムダ筋とはブルースとしてしか会ったことないし……いったいどうしたら…………ッは!!
そうだわッ!! 彼ならッ!!
近年稀に見るスピードで脳を回転させました。そして……出ましたッ!
「……本当です。私よく、月一で出掛けていましたでしょう。最近の話ですけれど」
そう含みを持たせた感じで言うと、クラリスちゃんとヴィヴィの顔色がみるみる青褪めていった。
「月一……? ま、まさか…………蚤野郎……?」
「…………もしかしてお相手はトーリですか?」
私は肯定も否定もせず無言で目線を落とした。真っ赤な嘘なので申し訳なさから直ぐに俯いてしまったのだが、それがかえって言葉よりも雄弁だったようで、二人は何か確信を得たようだった。
「あの蚤野郎……よくもわたくしの姉様に手を出しやがりましたわね」
「名乗れないくせに手だけ出すなんて。最低。地獄行き決定ですわ」
「わたくし、今度奴のお茶に毒を混ぜてやりますわ」
「毒なんて生温いですよ。わたしは馬……否、豚を洗った泥水でお茶を淹れます」
クラリスちゃんとヴィヴィが、ふふふ……ふふふ……と不気味な笑い声を上げながら、何やら楽しそうに二人だけでお話ししています。聞こえません。……なんだか疎外感……。
私が、“二人だけの世界”から弾き出されたような寂しさを感じていると、隣りに座っていたメイドのフォクシーが突然私の肩を叩いてきた。
「ねぇねぇアリス様。アリス様ってぇ、リディア様に抱かれたことないんですかぁ?」
「え?」
突然の質問に、私は目を白黒させてしまった。フォクシーは私付きのメイドではない。ただ、何年も前に彼女にドレスを下げ渡したことがあり、その時に大袈裟なくらいとても喜んでいたのが印象に残っている。確かに今日は無礼講なのだが、普段彼女とはそんなに話をしたことがないので、こんなにフレンドリーに話しかけられたのが意外で驚いた。そして、その質問がなんとなく、私を馬鹿にしたような響きを含んでいたから。
「えーと……? 貴女はフォクシーよね。何故そんなことを聞くの?」
「…………へぇ。アリス様アタシの名前覚えてくれてるんですねぇ」
「ええ。このお屋敷に居る人間の名は皆覚えているわ」
私が名前を呼んだことに気を良くした様子で、フォクシーは大きな声で意気揚々と話し出した。
「アリス様はないんですよね? お可哀想に」
「だ、抱かれたことはありませんが、キスならあります!」
寝ている間の解毒剤の口移しですが。……言ってて虚しくなりました……。
「キス? たかがキスですか?」
フォクシーは、まるで馬鹿にしたようにそう言ってクスッと笑った。
「アタシはありますよ。リディア様とのセックス。すっごく気持ち悦かったです」
「………………ッ!?」
あからさまな物言いに、カッと頬に熱が集まる。いや、物言いだけではない。私はフォクシーの言葉を聞いて、一瞬で彼女に嫉妬したのだ。
堂々と誇らしげにリドに抱かれたことを口にできる彼女に。彼に愛された彼女に。
それが顔に出てしまっていたのだろう。俯いた私に、フォクシーはまるで勝ち誇ったように捲し立てた。
「どうやってアタシがリディア様に抱かれたか教えてあげましょうか? ……アリス様のお部屋の隣りで一晩中リディア様と激しく交わった時のこと」
「お黙りなさい」
スッと私の前に影が落ち、ヴィヴィが私とフォクシーの間に立ったことを教えた。
「兄様が貴女のような狐女を相手にするわけないでしょう。妄想するのは勝手ですが気持ちの悪い悪意をわたくしの愛する人に向けるのは許しませんよ」
「嘘じゃありません。アタシは本当にリディア様と……」
パンッ!
頬を打つ乾いた音が部屋に響き渡る。ヴィヴィがフォクシーを平手打ちにした。
「これ以上兄様を侮辱することは許しません! 出てお行きなさい!!」
フォクシーは一瞬怯んだが、ヴィヴィを睨むようにして打たれた頬をおさえながらしぶしぶ部屋を出て行った。
閉じられたドアの方を向いて、皆が固唾を飲むのがわかった。ヴィヴィはハッと我に返ったように私の前に跪いた。
「ね、姉様! 勝手なことしてごめんなさい! 思わず口と身体が動いてしまいました」
「ヴィヴィアン様がしてなかったら、わたしがやってましたわ」
クラリスちゃんが『よくやった』とばかりにヴィヴィの肩を持った。
「……リドはああいう吊り目の女の子が好きなのね……」
フォクシーは確かにヴィヴィが言ったように、顔が狐に似ていた。私は垂れ目だから、どちらかと言えば狐よりむしろ狸に似ていると思う。
「いえ、姉様。あの女の言ったことは、全て狂言ですわ。わたくし、兄様から伺っていましたの。“メイドの中に狐顔の気が触れた奴がいる”って。“しつこく付き纏われて困っている”と」
「ほ、本当に……?」
「ええ。“狐女”と呼んでいて名前はわからないと言われたので、わたくしも確信が持てませんでしたが今日の様子を見て確信しました。あの女で間違いありませんわ。兄様には狐女の動向に注意するよう言われていましたの」
……確かに。ちょっと尋常ではない感じだったわ。
ヴィヴィの話を聞く限り、どうやら彼女はちょっとストーカーっぽいかも。
「わかったわ。ちゃんとリドにも話を聞いてみる」
「姉様、ありがとうございます」
ヴィヴィが笑って私の手を握った。私も手を握り返すと、彼女の瞳が急に潤んだ。
「え? ヴィヴィ? どうしたの?」
「姉様が蚤野郎に処女を捧げてしまったのは非常ぉ~~に死ぬほど残念で彼奴がクソ憎いですけど……わたくし、少しだけホッとしました。本当にほんっっっの少しですけど」
「え?」
「知ってらっしゃるとは思いますが、兄様は“成人しても処女の女性”を抱くと“魔王”として覚醒してしまうので」
……………………え?
「このまま兄様に姉様の記憶が戻らず、姉様が処女のまま成人を迎えてしまったら……と、心配しておりましたの。そんなことになったら、兄様と姉様は永遠に結ばれることはなくなってしまうのでは……と」
…………知りませんでしたけど。何、その設定……。
「姉様が処女ではないのなら、杞憂がなくなりましたわ。もう、兄様が魔王になってしまう心配もありませんし。兄様の記憶が戻ってから、お二人でゆっくりと愛を育まれればよろしいですものね」
ニッコリと微笑むヴィヴィはとても美しかった。だが、私の胸中は千々に乱れていた。
…………嘘。成人までって十六歳よね……もうちょっとしか時間がないわ。
その時、ふっ……とリドと交わした約束を思い出す。
そうだ、お互いに好きという気持ちを伝えあった、あの時。リドが言っていた言葉……。
『アリス、お前が十六歳になる前の晩までお前の気持ちが変わらずにいたら……俺はお前を抱く』
『そん時、お前の処女を俺にくれよ……いいか?』
『……それまで誰にも奪われんじゃねぇぞ』
ヴィヴィの話を聞いて、やっとあの時の言葉の意味が理解できた。
このままではマズイ。非常にマズイ。リドに記憶が戻っても「魔王になるのは嫌だ」と言われたら抱いてもらえないわ。……私、一生処女のままかも……。
マズイですわーーーー!!




