74 嘘つきはスペクタクルな始まりII ※ジーク目線
アリスの薬のお陰で、父上の体調はみるみる回復した。
正常に戻った父上からまもなくして俺は王位を譲られたが、それからは多忙な日々。
王子であった頃もそれなりに忙しかったが、そんなものの比ではなく……。今までも国王の仕事を担っていたと思い込んでいた自分が恥ずかしい。
それまでは宰相であるオズワルドがほぼ全ての国王の業務を代わりにこなしていたと思うと、あの男。飄々としているように見えて、其の実かなりの切れ者だ。
重責。
挫折。
劣等感。
初めて味わった屈辱。
そんな“負”の感情を、一時でもどこかに吹き飛ばしてくれるのは、彼女の屈託のない笑顔……。
「どうしました? トーリ。私の顔に何かついてる?」
「いや、ただ見ているだけだ」
不思議そうに顔を傾げたアリスはとても愛らしく、俺の胸を締めつける。
初めてアリスに会った日から八年の月日が経ったが、彼女は内面の美しさが外見に現れているかのように、どんどんと美しくなっている。
俺はそんな彼女が愛しくて仕方ない。だが、この想いは完全な一方通行だ。
……自業自得と言えば自業自得なのだが。
月に一度のこの彼女との逢瀬を、俺がどれだけ楽しみにして待っていたか。
『この忙しい時に何処に行くんです?』と、アルフレッドに小言を言われつつも、『これは息抜きだ!』と自分に言い聞かせ、愛しい彼女に会いに行く。
最近では月に一回会えれば良い方で、なかなか会いに来られない。
社交シーズンでもアリスは夜会に来ないので会えない。
一年前が社交界デビューの筈だった彼女だが、何故か夜会免除のまま今に至る。夜会に出て来ないのは、俺に会いたくないというのが一番の理由だろう。
『絶対にエスコートを断られますもの。ジークフリート陛下は私がお嫌いだから。“婚約者なのにエスコートして貰えないなんて惨めだ!” なんて噂が立つと、今後動きにくくなりますし』
何度大丈夫だと言っても「無理」の一点張り。
俺がお前に惨めな思いをさせると思うのか? お前が望むなら最高の社交界デビューにしてやるのに。
アリスの親友のクラリスは昨年デビューを果たした。
『アリス様が夜会にいらっしゃらないのは、陛下のせいですよ。わたしもアリス様とご一緒したかったのにぃ』
と、ダンスをしながらクラリスに憎々しげに言われた。そんなことは言われなくとも十分わかっている。わかっているから追い打ちをかけないで貰いたいものだ。
アリスに本当のことを未だに伝えられない俺は、彼女の方から会いに来て貰えることは無いので、こうして自分から機会を作るしかない。
今は、アリスの母の形見のネックレスを共に探すという名目で月一回会って貰っている。
「トーリ、少し顔色悪い気がしますわ。仕事忙しいの? ちゃんと休んでる?」
今日はシャーリン領の都市、ミストラスにやって来た。
数年前まではただの寂れて薄汚れた町という印象だったが、アリスの手腕でここ数年で大都市へと姿を変えた。
ミストラスのカフェで、向かい合って座っているアリスが、俺の顔を覗き込む。
「まあ、仕事が忙しいのは否定はしない」
「ジークフリート陛下に扱き使われてない? 相手が王様だからって、なんでもホイホイ従っちゃダメよ?」
その陛下はお前の目の前に居るのだけどな。
俺の株が俺の目の前でどんどん下がっていく。
「ああ。心配ご無用だ」
アリスが気遣わしげに微笑んだ。
か、可愛い……ッ!!
ああ……癒される……ッ!
ネックレスについての情報が入ると、俺から誘ってこうして二人で探しに来る。
今日の情報もガセで無駄足になってしまったが、アリスは嫌な顔一つしない。
本当に、いい女だ。
まさしく、王妃に相応しい女だ。
というか、俺の妻に相応しい女だ。
だが、彼女の心の中には他の男が居座っている。もうこの八年間ずっと……だ。
そんな一途なアリスも好ましいのだが、相手が俺ではないというのが切な過ぎる。
ネックレス探しも、あの男には内緒で行っている。
『リドは多分覚えてはいないと思うんだけど、形見のネックレスを売ってオークションの資金を作って、そのネックレスが行方不明になったって知ったら、記憶が戻った時に責任感じちゃうかもしれないでしょ?』
なんともいじらしいことだ。
リディアの奴はこんな気遣いも知らず、常に素っ気ない態度でアリスに接している。
奴の記憶が一生戻らなければ、アリスも奴を諦めて俺に目を向けてくれるだろうか?
ネックレスは見つからず、カフェでまったりしていたが、アリスがチラチラと時計を気にしだしていることに気付いた。
「どうした? 何か用があるのか?」
「あ、うん。意外と時間が余ったから、ちょうどミストラスだし、この後……ちょっと一人で出ていいかしら? トーリは帰っていいから」
「……“ちょっと”とは、何処に行くんだ?」
いくら以前より治安は良くなったとはいえ、女の一人歩きは危険だ。
俺の問いかけに、アリスは目を泳がせる。
「え? えーと……アルバイト? いや副職?」
「副職? なんだそれは」
「んー……トーリになら言ってもいいかな……あ! アルフレッドには絶対に言わないでね!」
そう言って、俺はアリスに“メイドカフェ”という所へ連れて行かれた。
なんだか華やかな内装に目を奪われていると、目の前にとんでもない服装をしたアリスが現れた。
目がッ……目がぁーー!!
剥き出しの脚のなんと嫋やかで白く美しいことか!!
眩し過ぎて目が開けられない!!
これは、まさに……が、眼福……ッ!!
脚好きのアルフレッドになぞ、死んでも教えるものかっ!!
「そ、その服は……少々、否、かなり脚が出過ぎではないか?」
「あー……うん最初はそう思うと思うんだけど、慣れればなんてことはないのよ。そういうファッションだから」
俺は多分、一生慣れんと思うぞ。
「見慣れれば可愛いと思うんだけどなぁ。ミニスカート流行ってきてるし」
「……可愛い……」
勿論、可愛いに決まっている。スカートの裾をピラッと指先で摘んで持ち上げる仕草も、とても可愛い。可愛い過ぎるだろう。
「そんな格好で接客しているというのか? 公爵令嬢のお前が?」
「シーッ!」
「静かに!」と、人差し指を唇の前で立てながらキョロキョロと周りを見回す姿も可愛い。
「ここでは“ただのレナ”なの。……こういうカフェで働くの夢だったのよね」
「……夢?」
「とにかく、いつも私の為に働いてくれているトーリに、今日はサービスしちゃうから! 座って待ってて」
そう言って店の奥に引っ込んだアリスは、沢山の珍しい料理と共に再び現れて歌と踊りで接待してくれた。
アリスの歌は、相変わらず調子はずれだが声は悪くない。
正直にそう告げると、アリスは頬を膨らませて拗ねて、それを見て俺は笑った。
アリスと共に居ると、俺はひと時肩書を忘れ、一人の男……アリス風に言えば“ただの”男になることができる。
俺をこんな風にしてくれるのは、アリスだけだ。
「あ。アルフレッドには内緒だけど、ジークフリート陛下には言ってもいいわよ」
ふいに、“ジークフリート”の名が出てきて、内心ドキッとする。
「な、何故だ?」
「私がこんなことしてるって知って、ますます愛想つかしてくれたら、後々楽かなぁって」
急に現実に引き戻され、暖かかった胸の内が急速に冷え上がった。
「……そうか」
……アリス。
俺をこんな気持ちにさせるのも、やっぱりお前だけなんだ。




