70 天使とラブソングを(4)※リド目線
メイドカフェとやらに行く間、道行く女たちの服装が随分と個性的なことに気付いた。
……スカートがえらく短い。
そしてエルの奴が隣で物凄く興奮していてウザい。
「ねえ、リディア! なんか、短いスカートの女の子が多くない? 脚があんなに見えちゃってるよ! ねえねえ!」
「…………」
俺も気付いていたが、敢えてノーコメントを貫いた。
往来を堂々と歩くあの短いスカートを履いた女たちは、娼婦なのだろうか? それにしては堂々としているし、娼婦独特の仄暗さを感じない。
メイドカフェに着いて、やはり俺たちは驚愕した。
俺の知っているメイドとはかなり風貌の違った服(これがメイド服なのか?)を着た女が、貼り付けた笑顔で接待してきた。
「おかえりなさいませ! ご主人様☆」
「あ? “おかえり?” てめえ何言ってやがる」
「ここでは“ただいまぁ”って言うんだって! ほら、リディア。笑顔笑顔」
いや、むしろ何でお前は笑えるんだ?
こいつらのスカートは、何でこんなに短えんだ? 露出狂か!?
俺は、そのカフェの異様な光景に、ひくひくと引き攣る口元を隠せなかった。
女の服は脚が剥き出しな上に、上半身はピッタリとした布のせいで、身体の線が丸わかりだ。服の色も薄い桃色でスカートの下から白いレースが覗いている。……下着か!?
「ご主人様たち、すっごくカッコイイですねぇ☆ サービスしちゃいますよ☆」
……帰りてえ。
「わぁー☆ サービスだってぇ! 何してもらえるのかなぁ☆ ねえ、リディア!」
……殴りてえ。
周りのテンションが上がれば上がる程、俺のテンションはだだ下がっていく。
「ちょっとちょっとリディア! 目が死んでるよ!? ここでこんな浮かない顔してるの、キミだけだからね!」
「うるせえ。殴るぞ」
「えっ!? なんで!? 怖っ!」
俺の機嫌の悪さに怯え、エルは俺から距離を取った。そして俺を遠巻きに眺めながら、気を取り直して受付の女に愛想よく話しかけ始めた。
「ねえねえ。ここに“天使みたいなメイドさん”が居るって聞いたんだけど、どの子かな?」
キョロキョロと辺りを見回したエルの言葉に、目の前の女があからさまに落胆した顔つきになった。
「なんだぁー。ご主人様たちも店長が目当てなんですかぁ~?」
「店長!? その子店長なの!?」
「はい。店長あんまり店に出ないんですけどぉー。ご主人様たち、ラッキーですよ。今日は店長の出勤日なので、もうすぐ来ると思うんで、会えますよー」
その女は、庶民丸出しの喋り方で接客してきた。
エルはもちろんだが、俺も腐っても元王族だ。メイドといえど、貴族に仕えるメイドはもっと品があることを知っている。
“貴族気分を味わえるメイドカフェ”などと謳ってはいるが、所詮はこの程度のレベルか。ままごとみてえなもんだな。
「こっちの男前がね、その子の知り合いかもしれないんだ。だから会ってみたくてね」
「へぇー! レナさんと?」
その“天使”とやらは『レナ』という名前らしい。名前を聞いても全くピンとこねえ。
実は俺は、二、三日目前くらいから元婚約者のことを朧気ながら思い出してきていた。
アリスと強く接触する機会が多かったからか。それとも、もうすぐ全ての記憶を思い出せるのか……。
相変わらず顔も名前も全く思い出せないのだが、“天使のような婚約者”に嫌悪感を覚えていたことや、自分がそいつに嫌われていたこと、酷い言葉で罵られたことは思い出したのだ。
あの冷たい元婚約者の女と、時々夢に見るあたたかい雰囲気の天使の記憶が、どうも噛み合わない。全く別の人物なんじゃねえのか? と思うが、“天使のような女”といえば、その女しか思い当たる人物が居ない。
だが、あの女は間違っても天使なんかじゃなかった。
俺が忘れているだけで、そういう天使のような面もあったのだろうか……。
夢……でも見ていたんじゃねえかな? とすら思う。“天使”の面影は、俺が創り出したただの偶像なのかも……と。この俺が、そんなおめでたい頭の持ち主だったとは、考えたくもねえが。
俺が悶々と考えていると、エルがそっと耳打ちしてきた。
「ねえ、リディア。店長の天使ちゃん『レナ』って名前みたいだけど、キミの天使ちゃん?」
「いや……名前は覚えてねえ。ヴィヴィの奴が覚えてるらしいが、俺が自力で思い出さねえとって、教えないしな」
「そっか。まぁ元貴族だとしたら、こんなとこで働く時は偽名使うだろうしね」
俺たちはカフェの奥の方の席へと案内された。
「レナさんって凄いんですよ。今、あたしたちが着てるこの“ミニスカート”っていうんですけど、これをデザインしたのもレナさんで、今やこのファッションに憧れる女の子で街中いっぱいなんです」
「…………あー。なるほどな」
道理で街中にこの“ミニスカート”を着た女が溢れてたわけか。
大した影響力だな。その『レナ』って女は。
カフェの奥はなかなか広く、田舎の屋敷のような作りをしていて、そこに素朴なテーブルと椅子が無数置かれていた。そのほとんどに男の客が座っていて、この店がなかなか繁盛しているのが伺える。
よく見ると、客の男たちが誰かを待っているような顔をしているのは、多分気のせいではない。
「こいつらは、今日その『レナ』とかいう女が来るのを知ってるのか……」
「もちろん、そうですよ。皆さん常連さんなのでそこは抜かりないです」
これだけの男を虜にするとは。『レナ』は“天使”より“魔性”の方が合ってんじゃねえか?
テーブルに置いてあるメニュー表に手を伸ばす。見ると、とてもリアルに食べ物が描かれていて、その横にタイトルが書いてある。
「ご主人様は今日は何が食べたい気分ですか? こちらのスペシャルを頼むと、私たちと舞台に上がるチャンスを貰えるジャンケン大会に参加できますよ」
「へぇー……」
…………ジャンケンってなんだ?
俺はメニュー表に目を落としながら、気もそぞろに適当な返事をしてしまった。
何故なら、このメニュー表の料理に妙な既視感を覚えたからだ。
「うわー。何これ? 不思議な食べ物ばっかり!」
隣ではしゃぐエルの反応が一般的なのだろうが、俺は嫌な予感しかしなかった。
俺は、ここに載っている料理、全て知っている。
オムライス、カレーライス、コロッケ、ナポリタン、ハンバーガー、クリームシチュー、ピザ、クレープ、プリン……。
妙なアレンジはされてはいるが、これらは全てアリスがシャーリン邸で作っていた珍しいメニューと同じだった。
「……嘘だろ……まさか……」
アリスがたまにフラッと共も付けずに出掛けていた理由は…………もしかしてコレか?
果たして、俺の予想は当たっていた。
大きな歓声に包まれながら現れた『レナ』という、このメイドカフェの店長は、メイドの格好をした……アリスだった。




