68 天使とラブソングを(2)※リド目線
「手っ取り早くお金を稼ぐなら、用心棒とかがいいんじゃないかな?」
シャーリンの屋敷で優雅に茶を飲んでいるのは、この国の第二王子……いや、今は王弟っつうのか? エルヴィン王子だ。
エルは現在婚約中で、ジークフリートの結婚を待って、エルヴィン・ハーゲン・ラスター公爵になるらしい。
……あくまでジークフリートが結婚すればの話だが。
「てめえは毎度毎度……暇なのか?」
「暇じゃないよ! 激務の合間を縫って、こうして親友に会いに来てるんだろう? そもそも君たちがあまり俺の領に来てくれないから俺が来るんじゃないか」
「……誰が親友だ」
シャーリン家の中庭で、俺はテーブルに肘をついて手に顎を乗せ、自称親友を眺めた。
「ああ~~俺の女神が居ないなんて、残念だなぁ。まあ、その分リディアと沢山話せるからいいか」
……コイツがアリスを“女神”とか呼びやがるのも、変な夢を見る原因か?
うちのお嬢様は『視察』と称して、よくふらりと出掛ける。大抵は俺も執事兼護衛として同行するのだが、今日はついてくるなと言われてしまった。そのせいで、一人でエルのチェスの相手をさせられている。
「不機嫌だねえ。アリスに置いていかれて不貞腐れてんの?」
「あ? てめえの相手させられてるからだろうが。……たまにあんだよ。一人でふらっとどっか行っちまうことが」
アイツは、お嬢様だという自覚が足りねぇんだよ。一人で出掛けて襲われたらどうすんだ。
例のブルースになりきったからって、所詮は女なんだからな。
「……一人じゃないと思うよ。別の意味で心配だけど」
「はぁ?」
「ウチの国王陛下も、なんか嬉しそうにいそいそと出掛けてったから」
「……トーリと出掛けてるってことか?」
「多分ね」
トーリと出掛けるなら出掛けるで、俺にひと言言って行きゃあいいのに……隠されると何故か気分が悪い。
俺はイライラとしながら、目の前のチェスの駒を何も考えずに動かした。
「ところで、何で急にそんな大金がいるの?」
「…………アリスのお気に入りのテーブルをぶっ壊したのと……お気に入りのドレスを汚した……」
「あー……なるほどぉ……弁償ってこと?」
「本人には何にも言われてねえけどな。俺の気がすまねえんだよ」
シャーリン家からの賃金は、ほぼ元ログワーズ王国から亡命してきた奴らの生活費に当てている為、自分自身で自由にできる金が殆ど残らない。
「悪いことしてる貴族はだいたい用心棒を探してるし、用心棒しながら裏を探って、お給料貰った後にそれをネタに脅せばもっと稼げるよねぇ」
「……汚ねえ金だな……」
「汚くても、お金はお金」
「まあ、そうだけどな……」
そうなのだが、なんとなく……アイツの為に使う初めての金は、真っ当に得たものがいいーーーーなどと思うのは、甘ちゃんだろうか。
「チェックメイト!」
「あ? あぁ!?」
「おー感激! 初めてリディアから一本取った」
「……油断した……」
「心ここに在らずだったもんね」
チェスでは誰にも負けたことがない俺が……。
まさか俺は、アリスが隠れてジークフリートと会ってるということに動揺してんのか?
「汚いお金が嫌なら、いいのがあるよ。リディアにしか出来ない仕事を思い出した。一度行ってみたかったんだ。……ふふふ……リディアと一緒なら……行ける!」
「……俺をダシにするな……。どうせ如何わしいところだろ。娼館とか。……そういうのは婚約者と致せよ」
「勿論そういうのは俺の可愛いダリアと致すよ? もう前みたいに娼婦で性欲処理とかしてないから。リディアと違って」
「うるせー」
「一人で出掛けると、ダリアに物凄く詮索されるんだよ。この前、跡をつけられて娼館に行ったのがバレた時は……」
エルは両手で自分を抱き締めて、ブルリと震え上がった。
「あー……そりゃ修羅場だな」
「怖かったよ! シャーリア海の流氷のように冷たかった……ッ! そんなダリアも、キミやアリスと出掛けるならご機嫌で送り出してくれるんだ」
「そうやって俺をダシにして娼館について来てやがっただろうが」
「今はしてない! ダリアの嫉妬が鬼のように怖いからッ! いや、悪魔かな? いや、ドラゴン……ッ?」
鬼でもドラゴンでもいいが、結婚前からもうすでに尻に敷かれてるのはわかった。
「それにしても……俺はそんな尾行までする嫉妬深い女はゴメンだ。平気で人に毒を盛れる女もな」
そもそもアリスと敵対していて毒を盛った女なんかと、よく婚約なんかできたものだな……と思う。だが、どうやらエルの奴はダリアとかいう毒女に本気で惚れている。
マトの呪い返しで鼻が捥げ、髪も抜け、酷い有様になった公爵令嬢。
その父親は歯が全て抜け落ちただけでなく、男のシンボルも腐って捥げ、野心は完全に潰えて抜け殻のようになってしまった。
「わかってないなあ、リディアは。まあ、最初はアリスが心配でダリアが彼女に何かしないか監視してたんだけどさ。あの病み具合が可愛いんだよねえ。どうでもいい女からの嫉妬は嫌だけど、好きな女の嫉妬は俺にとってはご馳走だよ」
「そんなもんか? 嫉妬なんて鬱陶しいだけだけどな」
「……それに俺さ、最近気付いたんだけど、どうやら同時に何人も本気で愛せる性質みたいなんだよね……」
「…………」
そうだ。コイツがアリスに惚れていることなんて誰が見てもバレバレだ。……アリス以外には。
「アリスがさ、必死でダリアの元に通ってるのに同行してたら、なんて言うのかな……同調? っていうのかな? 同情じゃないよ。アリスの気持ちにシンクロして、本気でダリアが愛しくなってきちゃったんだよね」
「……お前も相当病んでるよな」
「家柄も丁度いいし、公爵は野心無くて扱いやすくなったし、結婚しない手はないでしょ?」
「……お前がそれでいいんなら……まあ、いいんじゃねえの」
一生手に入らねえものに執着して身を滅ぼすよりは。
アリスは、呪い返しのせいでラスター公爵令嬢を傷付けてしまったことを深く気に病んでいた。
自分の方がひでえ目に遭ったし、その呪いはマトが勝手にやったことで、アリスが何の関わりもないことを俺は知っている。
それでもアリスはラスター家に足繁く通い、ラスター公爵令嬢の治療に当たった。
クラリスの奴が断固として治癒魔法を拒否したので、アリスはシャーリン家の持つ治癒の最先端技術を駆使した。その結果、顔の大部分にあった火傷のような醜い痣は消え、髪も綺麗に伸びた。
だが、流石になくなった鼻が再生するまでには及ばず……。現在も骸骨のような、豚のような顔のままだ。あの顔でも愛せるというのだから、エルの愛は本物だ。
「身体の相性が抜群なんだよね。今までヤったどの女より具合がイイ。もう絶対手放せない」
「お前な……そういうこと言うと身体目当てみてえに聞こえるぞ」
せっかくの評価も台無しな台詞だ。
「ああー……アリスとセックスできたら、俺シアワセで死んでもいいなぁ」
「今すぐ殺してやろうか」
「くそー。つまりリディアはそれくらいシアワセの一番近いとこに居るってことだよ。アリスに愛されててさ」
「……アーネルリスト王の婚約者でもか?」
「あんな兄上に負けるな!」
記憶が戻らないうちは、自分の気持ちにもアリスの気持ちにも自信が持てない。
第一、アリスが好きなのは記憶を失くす前の俺なんだよ。
あのアリスを、どうやって自分に惚れさせたのか……?
俺は、アリスに惹かれる度に、記憶を失くす前の自分に……多分、“嫉妬”している。
「それでー。アリスってどうなの? 満足できないの?」
「……はぁ?」
「アリスがいるのに娼館行くってことは、あんまり具合がよくないってことだよね」
「下衆な勘繰りしてんじゃねえよ…………アリスとは……まだヤってねえ」
「ふーん…………え? えぇぇぇぇぇぇえぇ!? ヤッてないの!?」
「ああ」
「嘘だろッ!? ……アリスのドレス汚したって言うから、服着たままそういうコト致したせいだと思ったのに……」
……それは、当たらずとも遠からずだけどな。
記憶がないまま抱くなんて、中途半端なことをしたくない。
ましてや、俺にしっかりと告白してくれた彼女に対しては。
それだけじゃない。
……“俺の天使”への義理立てだ。
婚約者のことを忘れたままアリスを抱くのは、フェアじゃねえだろ。
「あちゃー。横からカッ攫われても知らないよー」
「……それについては……焦ってなくはねえな」
最近、特に得体の知れない焦りを感じる。
早くしないと手遅れになっちまうような、焦りを。
最初のうちは、それが何だがわからず、アリスの顔を見る度にその感情に支配されてイライラしてアリスに当たってしまった。
今はイライラはないが、焦りはある。
早く……思い出してえ……アリスのこと、そして“天使”のことを。




