67 天使とラブソングを(1)※リド目線
うちのお嬢様が可愛い過ぎる。
覚えていないのだが、俺にはどうやら“天使”と呼ばれていた婚約者がいたらしい。
うっすらと覚えているのは、その天使は俺の為にとても大切なモノを犠牲にしてくれた……ということだ。
その大切なモノがなんだったかは覚えていない。
だが、たまに夢に見るその少女の幻影は……光の粒を纏って輝き、優しい微笑みをたたえ、俺を包み込む。
そんな経験をしたことがねえのに夢に見るってことは、それは実際にあったことで、ただ単に俺が忘れちまってるんだろう。
どうしてそんな大切なことを忘れてしまったのかといえば、よくわからねえが、うちのお嬢様の我儘のせいらしい。
確かにあの性格最悪の公爵令嬢なら、人の記憶を勝手に奪っても何とも思わねえだろう。
そう思って、俺は大切な記憶を奪ったあの女に、悪意を剥き出しにした。
ところがそのお嬢様は、俺が最初に出会った時に感じた印象から考えていた感じとは、かなり違っていた。
すげえ……可愛いんだよ。
可愛い過ぎて、調子が狂っちまう程に。
いつだったか俺は、何故かお嬢様に告白された。
……告白も可愛い過ぎた。
俺が好きだから、俺に冷たくされたくない……と。
これはもう……犯っていいだろう。合意だろう。
……俺に、婚約者がいなければ……の話だが。
多分俺は、天使のような婚約者に惚れていたんだと思う。それは間違いない。
それなのに、あの女に対するこの気持ちは……本来ならば持ってはならない感情だ。
最近は、天使だった少女が女神になって夢に現れる。しかも都合のよいことに、その女神は……アリスの姿をしている。
初めて夢に女神が出てきた時は、変な罪悪感で気が滅入った。
節操ねえにも程があんだろう……俺。
お嬢様は、よく自分を犠牲にして人助けをしている。馬鹿なのか? と思うが、何故か放っておけない。まあ、そういうところが、俺の天使と重なって見えるのかもしれないのだが……。
実際には手を出せねえが、お嬢様が勝手に夢に出てくるので、俺も夢の中では勝手にいろいろヤラせてもらっている。
それがマズかった。
お嬢様と狭いクローゼットで二人きりになった時、夢と現実の境界線が曖昧になって、思わず手を出しちまった。
涙目で真っ赤になるお嬢様が……俺の嗜虐心を擽って、もっと虐めてヤリたくなったが……すんでのところで思い留まれた。
物凄く……可愛かった……。
俺の知ってる女は、毒々しいのか、ケバケバしいのか、とにかくねっとりとした視線を向けてくるビッチしかいなかったからな……。あんな可愛らしいのは天然記念物だろ……。
あの様子だと、多分まだ処女だな。……処女なんて抱いたことねぇ。まあ、俺は、“成人しても処女”とはヤれねえからってのもあるが。
性欲処理は、どうしようもなくなった時にだけ娼館に行っている。
よく屋敷の侍女やメイドに誘われるが、屋敷の中にアリスが居ると思うと、ヤる気が起きねぇ。つーか勃たねぇ。……俺、そんなに繊細だったか?
だが先日、物凄く執拗いメイドの女が何度断っても食い下がってきた。顔はソコソコだが、性格がかなり異常だった。
顔や性格が、昔読んだ童話に出てきた“狐”に似ていて、俺は密かにその女を“狐女”と呼んでいた。
その狐女は俺のことが『好きだ』と言った。俺のどこが好きなのか聞いたら、『逞しくて、守ってくれそうなところ』らしい。悪いが、俺はお前なんて守らない。俺がチビで女みたいだったら、『好き』の基準から外れるのか?
「俺はアンタを欠片も好きじゃない」
そうハッキリ断っても「カラダだけの関係でいいの!」と埒が明かない。
面倒くせえ……。
絶対相手にしたくねえタイプだったのだが……。
「リディア様って、アリス様のことが好きなんですよね?」
そいつのその言葉に、顔には出さねえが、俺は内心ギクリとした。
……なんでバレた? と思ったら、「ヴィヴィアン様に聞きました」と付け足された。
くっ……ヴィヴィの奴……余計なことを……。
「好きじゃねえよ」
冷たくあしらったが、そいつは「本当ですかぁ?」とクスクスと気味の悪い笑みを浮かべた。
アリス云々は置いといて、俺は絶対コイツには勃たねえ。
そもそもシャーリン家は、なんでこんな奴を雇ったんだ? と疑問に思いつつ、その場を去ろうとした俺のシャツの裾を、その狐女が引っ張った。
「いいモノがあるんです。リディア様……商売女なんか抱かないで、アタシで済ませて下さいよ。アタシ、なんでもしますよ。アリス様の代わりでも、なんでも」
その言葉に、俺は気付けば、狐女の胸倉を掴んで宙高くに持ち上げていた。
ハッとした時には、その女は白目を剥いて気絶していた。……やっちまった。
狐女が死のうがなんだろうが俺には関係なかったが、それを知ったら……あのお嬢様は泣くんだろうなと思ったら、そのままにしておく訳にもいかず、俺は狐女を脇に抱えて、メイド部屋まで運んでやった。
この屋敷はメイドにもかなり待遇が良く、一人に一部屋与えられている。
俺は狐女を部屋のベッドに乱暴に降ろすと、部屋から出て行こうと踵を返した。
ところが、ベッドに投げ落としたせいで、狐女は目覚めてしまい、物凄い速さで回り込まれてしまった。
「……そこ退け。殺すぞ」
「リディア様……これ見て下さい」
狐女が持っていたのは、どこかで見たことがあるドレス……。
「あ? それアリスのドレスじゃねえか」
そうだ。今朝会った時に着ていた。薄桃色金髪が映える、水色のドレス。間違いない。朝、可愛いな……と思ったばかりだ。
「そうなんです。脱ぎたてホヤホヤのアリス様のドレス。アリス様に下げ渡してもらったんですぅ」
俺を上目遣いで見ながら、ニヤニヤと笑っている。
「……だから何だ?」
「だからぁ。アタシがこれ着ますからぁ……性交りましょう」
「あ?」
「アリス様が好きなのに、まだシてないんですよね? このドレス着れば、アタシだろうとアリス様だろうと、後ろから犯れば同じですよ」
パリンッ!
部屋のランプが割れて、散乱した破片が女のすぐ脇を通って背後の壁に全て突き刺さる。
女の顔や腕に無数の切り傷が出来てじわりと血が滲んだ。
ゴゴゴゴゴ……と地面が揺れ、シャーリンの屋敷全体が揺れている。
窓の外は稲光が走り、凄まじい音と共に何処かに落ちた。
俺は心の中で、狐女を殺していた。
「ヒ、ヒィーーッ!!」
女もやっと、俺の殺意に気付いたらしく、青褪めてガチガチと奥歯を鳴らして震えている。
「てめえとアリスが同じなわけねえだろ」
何か、神聖なものを穢された気分だった。
…………一番穢してんのは、俺だけどな。
俺はその水色のドレスをぶんどって女の部屋を出た。
自室に帰って、アリスのドレスに顔を埋める。
変態じみているという自覚はあったが、止められねえ。
ドレスから、柔らかく甘い匂いがして、俺はたまらなくなった。それは間違いなく、アリスの匂いだった。
ドレスを掻き抱きながら、俺はいつもよりも数倍ガチガチに硬くなった下半身に手を伸ばしたーーーー。




