64 謎とドレスと秘密の大暴露(2)
お父様との話の後、私はどっと疲れてしまい、自室のベッドのシーツの波にダイブした。
今日はこれから視察に行く予定だったのに。お父様とお会いした後は、いつもこうだ。魂を抜かれたように疲れ切ってしまう。
視察は変更して、ユリウスを迎えに行かなければならなくなってしまった。お父様の話しぶりでは、早くシャーリン邸に連れて来て保護した方が良さそうだ。養子にするにしても、お披露目の為にパーティーを開かなくてはならないし……。
私はベッドから降りてクローゼットに向かった。
社交界にはまだデビューしていないし、パーティーに丁度良いドレスなんてあったかしら?
そんなことを考えながらクローゼットの中を覗いたが……あれ?
「…………まただわ」
また、ドレスが消えている。ここのところよくドレスが消える。そして返ってこない。疑いたくはないが、多分侍女かメイドの誰かが持ち去っているのだろうと思われる。
私はまだ社交界にデビューしていない為、頻繁にドレスを作ることはない。無駄遣いはしたくないから、必要最低限のドレスしか作っていないのだ。
以前は、前世の記憶が戻る前のドレスや着られなくなったドレスを侍女やメイドに下げていた。売るもよし、リメイクするもよしで。
現在は、滅多にドレスを下げ渡すことはないが、その代わりその分彼女たちのお給料をアップしている。
だから、失くなったドレスは全部、割と……ううん、凄く気に入っていたのよね……。
頭が痛いところに、更に頭を悩ませる出来事が……。
「あーーーーっ! もうッ! 逃げたいっ!」
何処か……誰も知らない南の無人島とかにッ!
リドと二人でッ!
リドと…………二人……?
輝く太陽、乱反射する渚、真っ白な砂浜、逞しい肢体と日焼けした肌、眩しい笑顔のリド……と一緒に走る私……。
そこで二人で……。
砂浜で二人、いちゃいちゃする姿を想像してしまい、私のシナプスは完全にショートした。
「あ、あ、ありえなーーーーい」
リドの笑顔があんなに眩しい筈がない! 思い浮かべた情景にツッコミを入れ、私はから笑いしながら再びドレスに目を移した。
「……リドと南の島行きたいなぁ」
このままでは、私は顔もまともに見たことがないジークフリート陛下に嫁がされる。そして死亡エンド。
思いつきで、リドに王位を取り戻させてログワーズ王国の王妃にしてもらうという無謀な計画を描いていたが、それが現実味を帯びてきた今、いかに自分勝手な願いだったかと考えるようになった。
反乱を起こすということは、民を巻き込んで犠牲者を出す……ということだ。
この国は大きな戦争はないが、国境付近では小さな小競り合いは頻繁に起こっている。孤児院には、それによって親を亡くし、孤児になってしまった子も多く居た。
私には、反乱を起こす為の地位と権力がある。資金や人脈も。
でも、自分の保身の為だけに、それを起こすのは間違っていると気付いたのだ。
まずは、元ログワーズ王国の現状をこの目でしっかり見る必要がある。聞いた話はあくまでも噂でしかないから。
……だけど本当は、もう何もかも捨てて逃げてしまいたい想いに囚われている。
リドが一緒に逃げてくれたらな……。あのお父様の追跡を振り切ることは不可能に近いけど。
あ。でも無理か。それ以前に私、リドに嫌われちゃってるんだった……。
心ここに在らずでぼんやりとドレスに指を滑らせていると、「俺がなんだって?」と、背後から耳元で低い艶のある声が囁いた。
「ひゃっ⁉︎」
私は思わず耳を押さえて飛び跳ねて後ろを振り返る。
そこには長身の美丈夫が少し身を屈めて私を覗き込むように立っていた。
「リ、リ、リドッ! なんでここに⁉︎」
「叫び声が聞こえたからな。何事かと思うだろ」
そう言って、スッと伸びてきた節くれ立った男らしい指が、私の頬に添えられた。
私の南国妄想、漏れてないよね!?
「大丈夫か? …………何があった?」
「な、何も……」
「ない訳ねぇだろ。真っ青な顔しやがって」
リドは人差し指と親指を私の顎に添えて、クイッと顔を上げさせた。
こ、これはッ! もしや“顎クイ”というやつでは⁉︎ ひぇーー!
彫りの深い綺麗な顔が間近に迫り、心臓が早鐘を打ち、頬が上気しているのを感じる。
「正直に言え」
「う、あ、あのね……気に入っていたドレスが無くなっちゃって……ちょっと落ち込んでたの。それだけ」
「あ? ドレス? ……侍女に下げ渡してんじゃねえのか?」
「ううん。ここ何年かは、もったいないからドレスは作ってなくて、ドレスの下げ渡しはやめたの。その分、お給料を上げてるけど」
「…………へぇ………で? それだけじゃねえだろ」
「うっ!」
なんて鋭い! でも、ジークフリート陛下の秘密とか、重過ぎるわ重要過ぎるわで、とても話せないし……。
「お父様に、ジークフリート陛下との婚姻に釘を刺されちゃったの。あと、ユリウスのことが完全に知られてて、この屋敷に連れて来いって」
「…………なるほどな」
広いとはいっても、クローゼットの中で二人きり……。
リドと距離は近いし、だだ漏れの男の色気に当てられて、クラクラしてきた。
心做しか、リドの頬も上気しているような気がする。……やっぱりクローゼットの中は良くない! いろいろと!
「リ、リド! 心配して駆けつけてくれたのは嬉しいんだけど、クローゼットから出よう。こんなとこ見られて誤解されちゃうと困るし」
リドの胸に両手を当てて押すが、厚い胸板はビクともしなかった。逆に、益々リドに近づく。
うう……っ。近い近い!
「…………誤解って、これ位でか? ……これ位しねぇと誤解はされねぇだろ?」
「ひゃっ……ッ!」
リドは突然空いていた方の手で私の腰を抱いてグッとリドの方に引き寄せた。薄いシャツしか羽織っていないリドの胸元に、私は顔を埋める。身体と身体が密着して、心臓の音が聞こえてしまいそう。
な、なんで!? なんでこんな状況に!?
これはさっきの南国妄想の続きではないよね!?
「……甘ぇ……」
「え?」
「いや……お前、すげえ甘い匂いがする」
「え? 匂い!? や、やだッ! 嗅がないでッ」
匂い!? 匂い嗅がれてるの!? は、恥ずかしいんですけどーーーー!!
甘いって何で!? 香水なんて付けてないし、今日はまだ甘い物食べてないけど?
私はリドの腕の中で身動ぎしたが、離れることはかなわず……。
そうしていたら、リドが私の髪に顔を埋めた。
「……髪も……イイ匂いだ……」
「やぁ……やだぁ……」
背中に回されていたリドの指が、つぅっと優しい手つきで背中を撫でた。
「ひゃうッ」
へ、変な声出ちゃったんですけど!? 恥ずかしい……。
「…………嫌か?」
耳の中に息を吹き入れられるように囁かれ、ゾクゾクと背中に甘い痺れが走る。
私は涙目でコクコクと頷くことしかできなかった。
「…………そうか」
リドは溜め息混じりにそう言って、じっと私の目を覗き込んできた。
「……俺は、あのユリウスとかいう奴を此処に連れて来るのは反対だ。まあ、俺が反対したところで変わらねぇんだろうがな」
「なんで反対なの?」
「あいつのあの仄暗い目は、昔の俺を彷彿とさせた。アレは誰も信用していない奴の目だ」
「え……」
私が少し不安そうな顔を向けると、リドは私の頭を大きな掌でくしゃくしゃと掻き回した。
「ちょっとリド!?」
「そんな顔すんな。あいつがどんな奴でも、俺が…………」
そこまで言って、黙り込んでしまったリドを下から覗き込む。
「リド?」
「……なんでもねぇよ」
どこかバツの悪そうな顔をして、リドが私から一歩退いた。
リドの体温が離れて行ってしまい、急に寂しさが込み上げる。
『俺が……』何? と聞きたかったけど、リドはもうクローゼットを出て行ってしまった。
私は、もうそこにはいない彼の残像を目で追いかける。名残惜しさに胸がきゅうと締め付けられた。
…………それにしても……リド……どうしちゃったのーー!? 何であんなにスキンシップ多め!? ドキドキし過ぎて心臓壊れるかと思ったわ!
くっそー、あの妖艶な男の色気!! 私にもその色気分けて欲しいんですけどーー!!
クローゼットでのリドは、いつものリドと違っていて、少し優しくて、まるで記憶を失くしてしまう前のようだった。
私の叫び声を聞いて、心配して来てくれたところとか。
「そろそろあの日から八年経つけど……記憶が戻ってきているの?」
私の疑問の声は、クローゼットの中に消えた。




