62 僕、登場!(7)
一旦出番が終わって、舞台袖へとはけて来たジャンヌとユリウスの二人に、皆の視線が一斉に向けられた。
特にユリウスは、皆からまるで探るような訝しげな目で見られてしまっている。
まぁ、先程の騒動の原因であり、突然の珍入者だから仕方ないのだが。
そんな中、ユリウスを見たトーリが一瞬驚いたように目を見開き「は、はは……ッ⁉︎」と言って口を掌で覆ったのを、私は見逃さなかった。
珍しく狼狽していますわね……。
「トーリ? どうしました?」
「…………いや。アリス、この女は何者だ?」
“女”と言いながら、トーリの目線の先にはユリウスが立っている。
そうでしょうね。女の子にしか見えませんものね。
「ふふ。可愛いでしょ? 彼」
「は? 彼?」
私はユリウスに近付いて行き、被っていた金髪のカツラを取った。
現れ出た、肩の辺りで短く切り揃えられた銀色の髪を見て、トーリは再びハッと息を飲んだ。
「男……!? ……その髪の色……ギルメリア人か?」
ユリウスがコクリと頷く。彼の不安気な眼差しが庇護欲を刺激します。
ユリウスを見つめたまま黙ってしまったトーリの代わりに、今度はエル様がユリウスに質問を投げかけた。
「キミ、アリスとはどんな関係なの? アリスは最初からキミの名前知ってたみたいだけど」
「僕は……彼女とは初対面です。関係と言っても、ただ追われていたのを助けて頂いただけです」
ユリウスはチラチラと私を見ながら、おどけた様子でエル様の質問に答える。
「あの二人組のギルメリア人は何者? 何でキミを追ってたのかな?」
「彼らが何者なのかは分かりません。僕は……ある貴族の屋敷に長い間監禁されていました。今日初めてその屋敷から抜け出すことに成功して外に出た途端、何故かあの二人組の男に追われることに」
「へぇ。じゃあ、あの二人組は、そのある貴族の手の者っていうこと?」
「分かりません……。監禁されていた屋敷の中で、彼等を見かけたこともなく、今日初めて会ったので。でも、ギルメリア語で物騒なことを言いながら追いかけてきたので、怖くて逃げました」
「……その、ある貴族っていうのは誰? 実はさ、女装したキミが、俺の知ってるある女性の、若い頃の肖像画にそっくりなんだよね。……その人に関係あるのかな?」
「……俺も、お前にそっくりな……否、そっくりだった女性を知っている。この国で最も権力を持った女性だ」
エル様とトーリの言葉を聞き、脳裏にとある人物の姿が浮かんだ。
十五歳で、ギルメリア国からこのアーネルリスト王国の国王に嫁いでいらっしゃった女性。
最近、お茶会で何度かお会いした、菫色の瞳と透き通るような白い肌を持つ、あの方のお姿が。
そう、この国の王太后、イザベラ様。
ユリウスがなんとなく誰かに似ているとは思ったが、男の格好のままで、女性の化粧を施されなかったら、イザベラ様に似ていることに気付きはしなかっただろう。
「……確かにイザベラ王太后なら、王室印を持っていても不思議じゃないわよね」
「そう。多分あの勅命書は、イザベラ王太后が出した物なんじゃないかな。父上は隠居中の身だから王室印なんて持ち出せないだろうし」
「おい! お前は、イザベラ王太后の何なんだ? 何故そんなに似ている? 監禁していた貴族とやらは、イザベラ王太后のことなのか?」
トーリは身を乗り出して、まるで食って掛かるかのようにユリウスに質問を浴びせた。そんなトーリの剣幕に、ユリウスはすっかり怯えてしまっている。彼はトーリの矢継ぎ早な質問に、たどたどしく答え始めた。
「イザベラ王太后との関係は全く知りません。王太后のお顔も存じませんし、何故王太后とそっくりなのか、逆に僕が教えて欲しいくらいです。……僕は九歳の時にギルメリア国からこの国に連れ去られてきて、ずっと一つの屋敷に監禁されていたので、世事に疎いのはご容赦ください」
「それにしては、言葉遣いなど教養を感じさせるほどに洗練されているが……」
怪訝な顔をしたトーリに、また少し困ったようにユリウスが答える。
「ある程度の教養は、監禁先の貴族の屋敷で叩き込まれました。……どこまで本当かわかりませんが、その貴族は僕のことを養子にすると言っていたので……」
「な、な、なんですってぇーー!?」
目を剥いて叫び声を上げてしまった私は皆の注目を浴びる。皆が驚いた顔で私を見ていますが、それどころじゃありませんわ!
「ど、どうしたの? アリス? 突然大声出して」
「お前……その顔かなりヤバイぞ?」
リドまでもが、私の顔を残念なモノを見るような目で見つめている。
当のユリウスも例外なく、私を見て引いていますが、気にしません!
「ユリウス! もしかして、そのある貴族っていうのは……シャ……」
「シャ?」
「……シャーリン公爵ではなくって?」
「そ、そうですけど……なんで知ってるんですか?」
やっぱりーー!!!
お父様……ッ! 私に隠して何してくれちゃってんのーー!?
薄暗い地下の牢獄。
ここは、シャーリン公爵邸の地下にある牢屋の中だ。
後ろ手に縛られ吊るされたアリスを、静かな目でユリウスは見つめた。
『ユリウス……ッ! 義姉に対してこの仕打ち! 許さないわよ! 早くこの縄を外しなさい!!』
喚くアリスに、ユリウスは軽蔑の眼差しを向ける。
『最期までギャーギャー煩い女だな。……僕はアンタの事、義姉だなんて一度だって思ったことないよ。言っとくけど、僕だってアンタを縛ったりしたくなかった』
ユリウスは喋りながら、縛られて身動きの取れないアリスの足元に、油を撒いていく。
『僕が縛りたいのは、いつだって愛しいと思った人だけだ。間違ってもアンタじゃない。残念だよ。縛りたくもないモノを縛らなくちゃならないなんて』
薄暗い地下牢の床に、ユリウスの持った蝋燭の灯りがゆらゆらと煌めいて映っている。
蝋燭は暗闇の中に、ユリウスの壮絶に美しい薄笑いをぼんやりと浮かび上がらせた。
『僕はこれ以上、愛してないモノに縛られるのも縛り付けるのも御免なんだ。僕は今日やっと、僕を縛るモノから解放される。永遠に……』
『やめて! ユリウス! 貴方を拾ってこの家の養子にまでしてあげたのに! 恩を仇で返すつもり!?』
『恩?』
ユリウスはくつくつと如何にも面白そうに笑った。目は笑ってはいないけれど。
『そうだね。これは恩返しだ。僕もよくこうやって縛られたよね? 義姉さん。あなた方に感謝することは、縛り縛られることに快感を見出せたことぐらいだから。僕も縛られることの素晴らしさを教えてあげるよ。ね、義姉さん」
そう言って、ユリウスは手に持っていた蝋燭を手放した。
ゆらゆらと優しく揺れていた蝋燭の火は、油の中に落ちた瞬間、凶暴な魔物へと姿を変え、勢いよく燃え上がり、アリスを呑み込んだ。
『ギャー! 熱いッ! 熱ッ! やめてェーー!!』
『そう言って助けを求めた僕を、アンタは一度だって助けてくれた事はなかったね。だけど僕は耐えていた。ずっと。これからもそうだと思ってた。アンタが、僕の世界一大切な人に手を出すまでは』
『た、助けッ! 助けてェーーッ!!』
『僕はクラリスを守る。アンタがクラリスにやろうとしたのと同じ方法で、アンタを消してあげるよ。……クラリスに手をかけようとした事を地獄で悔い改めるんだね』
『ギャアァァァーーーーッ!!!』
ユリウスはアリスの断末魔を背に受けながら、地下牢の扉を閉めた。
メラメラと燃え上がる炎は、やがてシャーリンの屋敷を覆い尽くし、一夜のうちに全てを灰へと化してしまったのだったーーーー。
「いぃやぁぁぁーーーーッ!!!」
「アリス!?」
「アリス様!?」
「ァ!? お前ッ、どうした!? 白目剥いてるぞ!?」
鮮明に思い出しました! ユリウスルートのアリス断罪シーン! つーか、残虐シーン?
生きたまま火焙って! 鬼か!?
どうして私は、こう残虐な最期が多いの? なんか恨みでもあるの? お色気担当ならぬ残酷担当としか思えない。本当に、アリスの扱いのなんと酷いことか。
ゲームを思い出したせいで混乱してしまった思考をなんとか落ち着かせる。
深呼吸して荒くなった息を鎮めてから、皆の方を向いた。
「ごめんなさい……取り乱してしまって。とりあえず、ユリウスは私が保護します。ミストラスの街の秘密基地に匿いましょう」
一先ず、ユリウスの件は置いておいて、私たちは演劇に集中することにした。
各々思うことがあるような顔をしていたが、渋々従ってくれた。
そうして、演劇は好評のうちに幕を閉じた。
皆をざわつかせた、アルフレッドの「この靴に合う足と結婚する」と言う台詞ミスがなければ、完璧だったのだけれど。




