60 僕、登場!(5)
私はユリウスの手を両手で包む様に握ると、彼はあからさまにビクリと肩を上げた。
「な、何?」
「貴方の容貌は目立ちますから、変装しましょう。あいにくと、ここにはそういった物が揃ってますの」
私は彼を安心させるようにそう言って微笑むと、クラリスちゃんに振り返った。
「クラリスちゃん、お願い。義姉役の衣装を持ってきてくださる?」
「は、はいッ!? 衣装ですか?」
私はニッコリ微笑んで頷いた。
「ええ。義姉役の代役が見つかりましたわ」
そう言って、私はまたユリウスの方を見た。私の視線に気付いて、クラリスちゃんが目を真ん丸にしたので、どうやら思惑が通じたらしい。
「わ、わかりました! すぐに持ってきます!」
私とクラリスちゃんのやり取りを見て、エル様が呆れたように「相変わらずメチャクチャだねぇ」と呟いた。
一応、自覚はしてます。
「さてと。余り時間もありませんし……。ここで脱いでもらえます?」
「は? 脱ぐって?」
「言葉通りです。いいからすぐに全部脱ぐ!」
「は、はいっ!」
私の剣幕に気圧されたのか、ユリウスが慌てて服を脱ぎ始めると、クラリスちゃんはすぐにドレスを持って戻って来た。その後ろにジャンヌを引き連れて。
「やだー! ホントにすっごい美少年じゃない! 昔のリディアを思い出すわ~」
小道具の扇を口元に当てて喋るジャンヌは、まさにマダムにしか見えない。
ジャンヌが傍にやってきて扇を広げて口元を隠すと、私の耳元でこそりと呟いた。
「彼って例の、探してた子でしょ? アリスちゃんが言ってた特徴そのままね」
ジャンヌには、ユリウス探しに協力してもらっていたので、彼がユリウスだとすぐにわかったらしい。
「そうなの。でも彼とは偶然出会ったのよ。何かに追われてて、偶然私に助けを求めてきたの」
「偶然!? ……それは何か臭うわね。……まぁ、いいわ。とりあえず、やっちゃいましょう」
ジャンヌが両手の指の間に化粧筆を何本も挟み、まるで千手観音のように腕を動かしユリウスの顔に化粧を乗せていく。
ジャンヌは、私の言葉に何か思うところがあるようだった。そりゃそうよね。探していた人物が向こうからやってくるなんて、ありえない事が起こってるんだもの。私だって信じられない。
けど、それが益々因縁めいたものを感じさせて……ゲームの補正力というのかしら。不安で仕方ない。
だってこれで、【迷鳥】の攻略対象者全員……否、ほぼ全員に会ってしまったのだから。(ジークフリート陛下には、幼い頃遠目でお会いしていますが、これはカウントに入るのかしら?)
私が考え事をしている間に、ジャンヌ姐さんがやっちゃってくれて、ユリウスは見事、美しいご令嬢へと姿を変えた。
「やだぁー! クラリスのツルペタ衣装がピッタリじゃなぁーい! つーか、クラリスよりも断然色っぽいわぁ。アタシの腕前が怖い~」
「さりげなく、わたしを侮辱しないで下さい」
「そうです。これ以上クラリスちゃんを侮辱したら、顎に塗ったドーラン剥がしますよ」
「こわぁ~い二人とも~。冗談よ冗談。それにアタシ、ドーランなんて塗ってないからぁ。失礼しちゃうわ」
流石ジャンヌ。男を化粧させたら右に出る者はいませんね。毎日やってますからね。
ユリウスに施された薄めのメイクが、白い肌を際立たせてとても美しい。金髪のカツラを被っているので、完璧に別人だ。とても男性には見えない。
「な、なんですか!?」
「いえ、とっても美しいと思って……」
なんとなく、化粧をしたユリウスの顔に見覚えがあるような気がして、私は間近でじっと彼の顔を食い入る様に見つめてしまった。
……誰かに……似ているような……うーん、誰だったかしら?
ユリウスの配色も……誰かに似てるのよね……。
何か脳裏に引っ掛かるものがありつつも、それは一旦置いておいて、私はユリウスに状況を説明した。
「貴方には、今から劇に出てもらいます。主人公の義姉役で、そこにいるジャンヌ演じる継母と一緒に主人公を虐めるの。貴方はただジャンヌの台詞に頷いていればいいから」
「は、はぁ!? 劇に出る!? 僕が!?」
「さぁ、行って! ジャンヌ、お願いね」
「オーケー! 行ってくるわ、アリスちゃん」
投げキッスしながら、舞台袖から舞台へと歩いて行くジャンヌに手を引かれ、ユリウスも舞台へと足を踏み入れた。
二人が舞台へ上がるのと、舞台の幕が上がるのは同時で、更にワァーと会場が歓声に包まれるのと、二人組のギルメリア人が舞台裏に現れたのも、同時だった。
招かれざる客に、舞台裏で仕事をしている皆が怪訝な視線を送る。
『シンデレラ! シンデレラはどこ?』
舞台の上からジャンヌの声が会場中に響き渡った。
ユリウスは固まったままだが、私に言われた通りに、ジャンヌの台詞にコクコクと頷いている。
どうやら上手くいきそうだと確認できて、私は視線を舞台から二人組のギルメリア人へと移した。
二人組のギルメリア人……一人はガッシリとした厳つい体型で岩のような男、もう一人は痩せぎすでカマキリのような男……といったところだ。
二人組の男の一人、岩男の方が凄むような目で私を見ながら、こちらに近付いてきた。
「おい、そこの女。黒いマントを被った男がこの建物の中に入って来たはずだ。どこに居る」
人にモノを聞く態度ではないですね。とても偉そうで、何も教えたくなくなってしまうような物言いです。
言語は先程までのギルメリア語ではなく、アーネルリスト公用語を話していますけど。
「あら。そんな人はここには居ませんけど。今、演劇が始まったばかりですの。物騒な方々にはご退出願いたいのですが」
「何だと!? この小娘!」
男は声を荒らげて私の手首を掴み上げた。ギリッと、掴まれた右手に痛みが走る。
「……ッ! ……随分手荒な真似をなさいますのね」
「貴様が隠し立てするからだ! ここに居るのは分かってるんだ! サッサと奴を出せ!」
「てめえこそ、この薄汚ぇ手を離せ」
突然、手首への痛みがなくなったと思うと、掴んでいた男の手が離れていった。
私は、いつの間にか私の横に立った背の高い声の主を見上げる。
「リド!」
リドが隣に来てくれて、私の手首を握っていた男の手を捻り上げてくれた。ギリギリと音がしそうな程で、手首の色が変わっている。
「ぐあッ! い、痛いッ!! 離せ!!」
「…………おい、大丈夫か?」
リドが私を覗き込んできてくれた。左右で色の違う瞳に、心配の色が混じっている。
「う、うん! 大丈夫よ。ありがとうリド!」
心配してくれて、ピンチに駆けつけてくれたことが嬉しくて、私は思わず微笑んでしまった。
私の言葉に、優しく細められたオッドアイが綺麗で、ずっと見つめていたいくらい…………ん?
オッドアイ……!?
「リ、リド! 目の色が戻っちゃってるわよ!」
目の色で“魔王”バレするのが面倒だからと、最近は必ず、人前では眼帯を着けるか魔法で目の色を変えているのに。
「ああ、戻った。頭に血が上っちまったから、ついな」
「ヒッ!! ま、魔王の目!?」
案の定、岩男がリドを見上げて顔面蒼白になった。




