55 毒も呪術もダメ、絶対!(3)
偶然、エルヴィン殿下の庭で国王陛下を見かけたこと。
そのお姿が、自分の知る限り“造られた病”であること。その病に、お父様が関与しているかどうかは不明。(100%関与していると思われますが。しかも“病”ではなく“毒”ですが)
その病は、シャーリン家秘伝の薬でなければ治せないこと。それを私は作ることができること。
万が一、お父様に知られた場合、阻止される可能性がある為、治るまで極秘で国王陛下に投与し続けなければならないこと。
治っても再び病にされてしまわないように、正気に戻った国王陛下には暫く演技をしてもらわなければならず、それを信頼できる者から国王陛下に伝えてもらわなければならないこと。
多分、国王陛下の状態を見るに、治療は長期に渡ると思われ、少なくとも二、三年はかかること。その間、私は尽力して治療にあたるので、父のことを不問にして欲しい……つまりは私に免じて見逃してもらえないかと伝えた。
「虫のいい話だとは思っています。恩を売るつもりでもありません。この病がシャーリン家の者しか治せないならば、せめて治るまでは罪に問わないで欲しいのです」
「……つまり、父…………いや、国王陛下が正気を取り戻すまでは、アリスは陛下の治療に専念し国外逃亡はしないということだな?」
項垂れていたトーリが突然顔を上げて私を見据えた。
何故か数分前と打って変わって、ちょっと生き生きしてます。
「ええ。責任を持って治療にあたらせていただきますと、ジークフリート殿下に伝えてください」
「……なるほど……少なくとも二、三年と言ったな……良かった……取り敢えず二、三年は安心か……」
最後の方、よく聞こえませんでしたが、トーリはブツブツと何を言っているのかしら?
「国王陛下に投薬するのは、信頼できる侍女に頼みたいのだけど……。そこでアルフレッドからジークフリート殿下にお願いして欲しいの。ここにいるメアリーを国王陛下付きの侍女にしてもらえないかって。そしてメアリーには国王の侍女として毎日陛下に薬を投与していただきたいの。極秘で私の為に働いて頂戴」
「え、えええー!?わ、わたしがですか!? む、無理……かも……ですぅ……」
「無理でもやってもらいます。大丈夫、今度は毒じゃなくて薬だから。人助けよ。それに、国王付きの侍女なら下手に手出しされないし、いざという時はジークフリート殿下に庇護して貰いなさい。アルフレッドが頼んでくれるわ」
「それは如何なものかと思いますが、アリス様。この者を信用なさるのですか? 貴女に毒を盛った者なのに?」
アルフレッドが怪訝な目でメアリーを見ています。うーん。アルフレッドの目もメアリーを射殺しそうな程鋭い。どこか……静かに怒っているような……。
「王宮付きの侍女なのですから、身元はしっかりしているはずですけど。アルフレッド、貴方なら彼女のことも頭に入っているのではなくて?」
「身元ではなく、性根の話ですよ。彼女はメアリー・ラスター。ラスター子爵家次女。ラスター子爵家はラスター公爵家の分家で子爵家は公爵家には逆らえない。大方、毒の混入を指示したのはラスター公爵家のダリア嬢辺りでしょう」
当たりですー。当たり過ぎて怖いですわ。アルフレッド。
「性根も合格ですわよ。私が毒入り紅茶を飲む寸前に止めてくださいましたし、何より行動の全てに感情が出てしまう方ですから、多分嘘はつけないかと」
多分というよりは希望。陰謀渦巻くこの貴族社会で、できれば彼女はそうであって欲しいという。
これが全て演技だなんて思いたくない。
「この女が、アリス様を裏切らないとは限りませんよ。ラスター公爵の手先になるかもしれません」
「そうね。でもラスター公爵家はメアリーを簡単に切ろうとした。これから先、いつでもコマとして使われて切られるでしょうね。考えてみて、メアリー。誰につくのが一番得なのか。自ずと道が見えてくるでしょう?」
私はメアリーの瞳の奥をじっと覗き込む。メアリーが息を飲むのがわかった。
「……昨日、アリス様がわたしのことをかばって毒を飲んでくださったこと……命がけで救ってくださったこと、本当に感謝していて、その恩にわたしも命をかけて報いたいと思っています……ですが……」
「……ですが?」
メアリーの瞳がウルウルと潤む。そして、頭に巻いていたスカーフを外した。
そこには、ところどころ禿げてまばらになってしまった頭髪が現れた。
「ーーーーッ!? えっ!? どうして……ッ!?」
昨日まではなんともなくて、綺麗な茶色の髪を結っていたのに!?
これは酷いわ。まるで毒の後遺症のような。
…………ん?……毒!?
「実は、昨夜突然、物凄い吐き気と高熱に襲われて……目覚めたら、わたしの髪がごっそり抜け落ちてしまったんですぅ! わたしはきっと悪い病気なんです……アリス様に酷いことをしてしまったバチが当たったんです! こんなわたしには、国王陛下にお仕えする資格はありません」
あー……それ……もしかして。
さめざめと泣き崩れるメアリーを見下ろして、私は心当たりがあり過ぎて、ショックで開いた口が塞がらなかった。
「あー……それな。多分婆さんの仕業だな」
「リドぉ……」
ポカンと口を開けて呆然と立ち尽くす私の代わりにリドが皆に説明してくれる。
ですよね。あの“イタイノイタイノトンデイケ”の呪術の仕業ですよね。これ。
これ、私のせいなのかしら?
マトは分散したから軽いみたいなこと言ってたけど、メアリーでこれじゃ私に悪意持ってた主犯のダリア嬢なんて、どうなっちゃってるか……恐ろし過ぎて考えたくない。
これ、やっちゃダメな呪術でしたわ。
呪いダメ、絶対!
メアリーの頭は、神レベルの治癒魔法を持ったクラリスちゃんに頼み込んで治して貰った。
恐ろしいけれど、ダリア嬢やその周辺のこともなんとなく調べて貰ったら、案の定大変なことになっていた。
ダリア嬢は、やはりメアリーのように髪が抜け、顔が爛れて膿んで鼻が捥げ落ちたそうで、顔を包帯でぐるぐる巻きにしているらしい。
ダリア嬢の取り巻きのお嬢様方も、鼻が捥げはしなかったが顔が爛れたり髪が抜け落ちたりして大変だそうだ。
更に、ダリア嬢の父親のラスター公爵も、歯が全て抜け落ちて髪は真っ白になってしまったらしい。つまりは、私の暗殺にはラスター公爵も大いに関わっていらしたということだ。
そんなラスター公爵だが、今では文字通り牙を抜かれ野心も潰えてしまい、その姿はまるでしょぼくれた老人のようだという。
意図せず、お父様の政敵を追い落とすという結果となった。
呪術に関しては、私のせいではないと思いたいのだが、責任を感じずにはいられない。呪術にマトの私怨がプラスされていたとしても、それは私のことを想ってやってくれたことだから。
なので、ダリア嬢とラスター公爵の治癒もクラリスちゃんにお願いしたが、クラリスちゃんは「アリス様に毒を盛った不届き者を治すのは嫌です」「鼻が捥げたり歯が抜けたものを治すのは流石に無理ですし」と、断固拒否。メアリーの治療も、私の土下座で渋々行ってくれた。「アリス様にそんなに頭を下げていただけるメアリーは幸せ者です。憎らしい程に……」と、天使なクラリスちゃんらしからぬ台詞に、ちょっぴり度肝を抜かれてしまったのは……内緒だ。
私の土下座を見て、呪いの痕も治ったメアリーちゃんは、恐縮しながらも国王付きの侍女に就任し、役目を果たしてくれている。
お父様にバレないように、くれぐれも注意していかなくてはならないけれど。
そうしてまたしても、私に関する黒い噂がまことしやかに流れた。
シャーリン公爵令嬢アリスは、ジークフリート殿下のお誕生日のお茶会に呼ばれながら、お茶会の間ずっと第二王子エルヴィン殿下の寝室で過ごしていた。齢八歳にして二人の王子を手玉に取る悪女。
実はジークフリート殿下に嫌われていて相手にされていないので、その腹いせに弟に手を出した。
ダリア嬢及びラスター公爵の失脚は、アリス嬢の呪術に因るものである。アリス嬢に逆らうと呪われる。
……というものだ。
この中で事実なのは、“ジークフリート殿下に嫌われている”というものくらいなのだけれど……。
“シャーリン公爵令嬢アリス・ローズ・シャーリン”の悪名の一人歩きが止まりません。
今回の件で、またしても攻略対象の一人であるエルヴィン殿下とかかわってしまった。
これで残るは義弟、“ユリウス・ジュリアン・シャーリン”ただ一人。
全力で出会いを阻止したい。
破滅への階段を上りきる前に、自立できる力を蓄え、国外逃亡しなければと、更に決意を固めつつ……。
リドが早く私のことを思い出してくれますように……と、強く強く願うのだった。
★アリス少女編ーーーーend★




