53 毒も呪術もダメ、絶対!(1)
シャーリン領に戻る馬車の中で、私は考えていた。
どうしたらお父様の目をかい潜って、国王陛下を正常な状態に戻せるのかと。
お父様のことだから、シャーリン家にある“トプカ”の管理は徹底しているだろう。
例え花弁一枚であったとしても、持ち出せばバレる。必ずバレる。
シャーリン領に居ることよりも王城勤めで王都に居ることの方が圧倒的に多いとしても、たった花弁一枚であろうとも絶対に把握しているはずだ。
“トプカ”の毒を解くのも“トプカ”。
家のは使えないと考えた時に、真っ先に思い出したのは、マトの家に行った時のことだった。
あそこに、トプカが群生していた。そんなことは、土地や気候のことを考えると本来ならあり得ないのだが、あれは確かにトプカだった。
マトが譲ってくれるかはわからないが、兎に角時は一刻を争うので、私は馬車をシャーリン家ではなく、シャーリン領の果てに向けて走らせてもらった。
「……おい。大丈夫かよ? 顔色悪いぞ」
向かいに座ったリドが、私を心配してくれています。うう。嬉しい。
今はその気遣いが心に染みます。
私は嬉しさを全く隠さず、思いきり顔を綻ばせてしまった。
「……なんだ、その腑抜けたマヌケ面は……?」
「リドが優しくて嬉しいの」
「ーーッ!? はぁ!? な、何言ってやがるッ!? 優しくした覚えはねえ!! クソ女! 調子乗んな!」
うんうん。罵倒も微笑ましく聞こえます。壊れたかな? 私の耳。
ジークフリート殿下のバースデーパーティーに参加したお陰で、破滅の道をまた一つ防げる道が見つかりましたわね。
中座して早く王都を出たお陰で、マトの所に行っても夜中になるかもしれないけど今日中には帰って来られそうだし!
……中座。……そうでしたわ。私、王太子のパーティ中座してしまったんでしたわ……。
しまったぁーー!! 私、またジークフリート殿下にお会いしないまま、お茶会ブッチしちゃったぁーー!!
……まあ、向こうは私に会いたくもないでしょうからちょうど良かったかもしれませんわね。
婚約破棄を直接言われなかっただけよしとしましょう。
毒のせいで体力を消耗していたからか、ウトウトと眠ってしまった間にマトの住む集落に到着していた。
睡眠から覚醒して薄っすらと目を開けると、心配そうに私の顔を覗き込むリドの顔が見える。
「お前やっぱり体力落ちてんだな。……真っ青な顔して眠っちまったから、このまま目ぇ覚まさねえかと思ったぜ」
その言葉に、私は微笑んだ。なんだかんだ悪態をついても、私のことが嫌いでも、優しさを隠しきれないリドが……好きだなぁ。
私は手を貸してもらいながら馬車を降り、マトのティピーに向かった。
以前と同じように、マトは私たちの来訪を予見していたのか入口に立った瞬間に中から扉の布が上げられた。
「いらっしゃい」
何もかも見通したような目で私を見たマトは、大きな溜息をついて手招きした。
「まったく……あんたはしょうがない子だねえ。こっちにおいで」
「………………うん」
私はその手に導かれるように、マトの腕の中に崩れ落ちた。
優しく抱きしめてくれたマトが「よしよし」と頭を撫でてくれて、その手のあたたかさに私は思わずホロリと一粒、涙を溢してしまった。
「……その窶れた顔は……毒を飲んだね? いくら毒に身体を慣らしているといっても、アリスの身体はまだ小さい。下手したら死んぢまうよ」
「……うん……ごめんなさい……ごめんなさい……ッ……」
マトの腕の中は、私を丸裸にしてしまう。
私は幼子のように声を上げて泣きじゃくってしまった。
「癒しの魔法はリディアが居たら無効になっちまうねぇ。仕方ない……呪術を使うかね」
「うっ、うっ、うぅ……ッひっく……マト?」
マトの手が、私のお腹の辺りを円を描くように優しく撫でる。
マトが呪文のように、日本語で《イタイノイタイノトンデイケ》と唱えたかと思うと、今まで私のお腹を撫でていた手の平を空中に向かって振り上げた。
その瞬間ーーーー。
「えっ!? ………………あれっ?」
感じていた不快感や痛み、身体の怠さがまるで空の彼方に霧散してしまったかのように、綺麗さっぱり無くなった。
「すごく楽になりましたわ!」
「そうだろうさ。“痛いの”は遠くに“飛ばして”やったからね」
そうだ。呪術には魔法と違って代償がいるのですよね!?
マトはまるで私の心を読んだかのように、ウィンクしてみせた。
「そうじゃ。魔法と違って呪術の癒しは“痛み”そのものを無にすることはできない。アリスの痛みは、それを与えた奴らにばら撒いといたよ。罪が深ければ深い者ほど多くね。なーに、分散させたから死にはしないだろ」
え。凄い。最高の仕返しです。さすがマト!
「マト、ありがとう!」
「いやいや。お前さんがここに来たのは又、別の用事じゃろ? どうしたね?」
「うん。……実は……」
私はお父様の悪事から何から、推察したことを全てマトに話した。どうせ隠しても見破られてしまうだろうしね。国王陛下のご容態だけは、それとなく濁して話したけれど。
横で聞いていたリドが、目を丸くして驚いていますが、気にしません。
「王様を傀儡人形とは……。しょうがない男だねぇ。アリスをこんなに困らせて。オズワルドの幸運は、アリスが娘だったことだね。……トプカなら好きなだけ持っていっていいよ。私の魔法属性は土でね。植物の栽培は得意なのさ」
「マト、ありがとう! でも今回はそんなにいらないの。……ただ、もしかしたら長期戦になるかもしれないから、ちょくちょく取りに来ても良い?」
私の言葉に、マトはクシャクシャの顔を更にクシャクシャにして笑った。
「ああ! 私はアリスが大好きだからね。ちょくちょく来てくれるなんて大歓迎さ!」
嬉しそうなマトの笑顔が嬉しくて、私も自然と満面の笑みを浮かべていた。




