52 初めてのお茶会(5)
取り引きはさておき、解毒剤のお陰で早く快復できたことには大変感謝していたので、私はエルヴィン王子にお礼を言った。
……リドが行ったとされる口移しの件については、未だ確認していないままですが。
「じゃあさアリス、感謝の気持ちとして俺のおトモダチになってくれない?」
「は? お友達ですか? ……殿下に対して“お友達”なんて恐れ多いですわ」
あまり攻略対象者とはお近付きになりたくないというのが本音ですけど。
「そんなことないよ。寧ろ、王家の血を継いでいるアリスの方が俺より立場は上だから。まずはトモダチからね。アリスが兄上と婚約解消されたら、その先に進もう」
「その先というのがよくわかりませんが、嫌ですわ」
エルヴィン王子が私の両手を取って、ニコニコと微笑む。
すると即座にリドが彼の手を払いのけた。
「お前友達居なさそうだもんな」
「リド、思ってることをなんでも口にしてはいけませんよ。敵をつくることになります」
「そういうキミにも居るようには見えないけどぉ。それと、俺の手を払いのけるなんて不敬甚だしいから。キミ俺のトモダチでもなんでもないからね」
「あら。それならリドがエル様のお友達になって差し上げたらいかが?」
「ぜってぇー嫌だ」
「そんな間髪入れずに否定しなくてもいいじゃないか。なろうよ、トモダチ」
「断る」
殿下とそんな軽口をたたいていると、目の端にふらり……と生垣を抜けて庭園に入ってくる人影が映った。
私は驚きと共にその人影の方に目を向ける。
私のその様子を見て、リドとエルヴィン王子もそちらを振り返った。
「……誰かが庭に入って来ましたけど、どなたかしら?」
胸元が大きくはだけた白いシャツにトラウザーズだけの姿で虚ろげな表情をした初老の男だ。明らかに怪しい。不審者過ぎる。
まぁ、数時間前の私たちも十分怪しかったけど。
その初老の男は、生垣の方に手を伸ばして、真っ白な薔薇の花弁をそっと掌で撫でた。その瞳は、慈愛に満ちた、まるで薔薇が愛しくて仕方ないというような……そんな瞳だった。
そのロイヤルブルーの瞳を細めて……。
…………ん?
……ロイヤルブルー?
「父上!?」
「国王陛下! どうかお待ち下さい!」
エルヴィン王子と、その初老の男を追いかけてきた召使い風の男が声を上げたのは同時だった。
国王陛下!?
あの服装もだらしなく、表情が虚ろな初老の男性が!? あんなに髪の毛が真っ白で呆けの入った老人みたいな人が?
国王陛下って、お父様とあんまり年齢変わらなかったはずだけど……確か三十二歳くらい。それにしては、外見が歳をとり過ぎているわ。
私が訝しげな顔をしていると、エルヴィン王子は私の内心を察したように、軽い溜め息をついた。
「……もう、数年前から父上はあんな感じさ。実年齢よりもグッと老けられて……。ご病気……なのかもしれないが、治癒の魔法も薬も効かなくて主治医も匙を投げた」
窓の向こうにいらっしゃる国王陛下を遠い目で切なげに見つめていたエルヴィン王子は、急にハッと目を見開いて私に向き直った。
“しまった”という顔をしている。わかりやすいですわね。
「もちろん、今日こちらで拝見したことは、決して他言はいたしませんわ」
リドも隣で、私の言葉に同意したように小さく頷いた。
「俺は日頃から、他人を信用しないようにしてるんだけど……見知らぬ侍女の為に毒を飲んじゃうようなお人好しの言葉は……ちょっと信じてみようかな」
エルヴィン王子は、そう言って小さく笑ったけれど……私は思うところがあり、曖昧に笑って返すことしかできなかった。
「エル様は、トーリ・エンイアーをご存知ですか?」
「……トーリ・エンイアー? “トーリ”なら初代国王で“エンイアー”は十代目国王だけど、“トーリ・エンイアー”は知らないな」
「え? 知りませんか?」
「うん。知らないなー」
エルヴィン王子はトーリを知らない……? トーリは王室事情に詳しいし、王室に出入りを許されているような感じだったから、てっきり王室の者ならば誰もが知っているものかと……。
いけないいけない。もしかしてトーリって、ジークフリート殿下の草の者とか何かなのかしら? 正体を知られてはならない者だった!?
「……では、アルフレッド・ニース・ザンダーはご存知ですか? ザンダー伯爵家次男の」
「ああ。それなら知ってる。……兄上の腰巾着だろ?」
「……腰巾着。そう、そのアルフレッドですが、今うちで働いておりますの。彼も、国王陛下のこのようなお姿をご存知なのかしら?」
アルフレッドったら、腰巾着呼ばわりされてますよー。プフッ。ウケるわ!
「ああ。兄上は数年前に父上があんな風になってからずっと、原因究明に躍起になっていたんだけど、最近は諦めて自分が国王が摂るはずの責務を代わって摂り始めている。その補助にアルフレッドも携わってるよ。最近あんまり王宮で姿を見ないと思ったら、アリスのトコに居たんだね」
「……ええ。お父様のことを探りに……」
「なるほどね。確かに父上がああなって一番得をするのは、宰相であるシャーリン公爵だもんね」
そうだ。
これで、繋がった。何故、アルフレッドがシャーリン家に偵察に来ていたのか。
なるほどね。
あの国王の症状……。あれは間違いなく我が家に伝わる“毒”の仕業だ。
国王陛下は、私の父に毒を盛られている。
しかも、致死量にはならない少量を毎日少しずつ……間違いない……あの症状は……“トプカ”の幻覚症状だわ。少しずつ精神を蝕み、廃人と化してしまう。
お父様……。
これは国家反逆罪ですわよ。そして私は大罪人の娘。
やってくれましたわね……。
恐ろしさに身体が震えて、背中に嫌な汗が流れた。
“トプカ”なんて、我がシャーリン家でなければ入手困難。更に精製方法はシャーリン家秘伝だ。どんなに怪しくても、それに気付ける者はいないだろう。
毒を作れるのも、解毒剤を作れるのも、シャーリン家の者のみ。
何故ならその精製方法は、全て口伝となっているからだ。お父様と私の頭の中にしかない。
いくらアルフレッドが隈なく探っても、証拠が出ることはないだろう。
「……大変だわ……私、今すぐシャーリン領に戻らなければ……私にしか出来ないことをやらなくちゃ」
「アリス、大丈夫かい? 顔色が真っ青だ」
「エル様には大変お世話になりました。このお礼はまた近々。リド、シャーリン領に戻ります馬車の手配を」
私は淑女の礼をとり、エルヴィン様の私室を出ると、早々にシャーリン領へと戻った。
それにより、またもや不名誉な噂が立つことになってしまったのだが……。
この時の私には、国王陛下の体調とお父様のことで頭がいっぱいで、そんなことに心を割く余裕などなかったのだった。




