50 初めてのお茶会(3)
今までも、嫌がらせや嫌味などならば多々あったが、王太子と婚約したとたん暗殺とか……。
ないわー。ほんと、ないわー。
目の前の侍女さんは、可哀想なくらいガタガタと震えている。
「美味しい紅茶をありがとう。あなた……お名前は?」
にっこりと微笑んで侍女さんに向かってそう言うと、彼女は「ヒッ」と短く息を飲んだ。
「ははははいっ! わた、わた、わたしの名前はメアリーですぅ!」
「メアリー。あなたのお茶が気に入ったから、ぜひ淹れ方を伝授していただきたいわ。……明日、朝一で私の屋敷に出向いてくださらないかしら?」
「えっ……ええええぇぇーーッ!?」
「必ずいらっしゃいね。それで今回のことはなかったことにしてあげるから。……まさか嫌なんて……言わないわよね?」
「ふぁっ!? ふぁい!! か、必ずお伺いさせていただきますーー!」
引き攣ったような作り笑いを顔に張り付かせたメアリーをよそに、私は立ち上がって、背後のリドに声をかけた。
「リド、ちょっとあちらの薔薇を見に行きたいわ。手を引いてくれる?」
「あ? 手? なんで俺がンなことしなきゃなんねーんだよ。てめえで勝手に行けばいいだろーが」
「……お願い」
もう、痩せ我慢も限界です。
多分脂汗たっぷりの真剣な顔でリドを見つめると、悪態をついていたリドの表情も急に真剣なものに変わった。
「おい…………いや、わかった」
リドは私の顔色を見て何かを察知したように、そっと私の手を取って歩き出してくれた。
私は優雅な微笑みを浮かべて、その力強い手にリードされるままに歩いて行く。
白状すれば目が霞んできていて一人では歩けない状態です。呼吸も荒くなってきました。
「できたら会場からずっと離れた所に……あの薔薇の生垣の向こう……死角になってるところ……」
「わかってる。無理して喋んな」
リドは苛立たしげに言い捨てると、私の膝裏に手を入れて抱きかかえてくれた。
所謂、お姫様抱っこだ。
生まれて初めての、お姫様抱っこ。
キャーー!!
「リド!?」
「黙ってろ。この方が早ぇ」
流石、魔剣撃っただけありますね。小さい身体なのに逞しいです。
多分今、私の顔色、青かったり赤かったりぐちゃぐちゃで酷いと思います。
リドはあっという間に私を会場からうんと離れた薔薇の生垣まで運んでくれ、芝生の上にそっと優しく降ろしてくれた。
「……あの紅茶になんか入ってたのか?」
リドが跪いて、ハァハァと荒い息を吐く私の顔を覗き込んだ。
なんとなく、目が怒ってる?
「ええ、“ブシ”の毒が」
「はぁ!? 毒!?」
「大丈夫。入ってるのわかってて飲んだから。毒には慣らしてあるから耐性があるの」
「わかってて飲んだ……だと!?」
私はこくりと頷いた。
あそこで毒入り紅茶を飲まなければ、何故飲まないのかとダリア嬢が難癖をつけに来たに違いない。
私が頑なに飲まなければ、メアリーがそれを飲む方向に持っていかれたかもしれない。
メアリーは死に、私に侍女毒殺という疑惑がかけられる……と。
これは一つの仮説だが、色々考えても、あの場面で私が毒入り紅茶飲むことが最良としか考えられなかった。
「被害を最小限に抑えるには、私が毒入り紅茶を飲むのが一番だと思ったの」
「……てめえは、救いようがねえバカだな」
リドの手がスっと私の頬を撫でた。少しひんやりとした感触が気持ち良い。
緊張していた身体から、フッと力が抜けるのを感じる。
リドの、労わるような瞳も心地好かった。
「……できたら、水を飲みたいのだけれど、これ以上毒を飲んだらちょっとまずいのよね……生花を生けている花瓶を探してきてもらえないかしら?」
「花瓶の水飲むっつーのか!?」
「うん……お願い」
リドは私から顔を背けて「チッ」と舌打ちして立ち上がった。頭の後ろをボリボリ掻きながら、なんだか機嫌が悪そうな顔をしている。
「クソッ……てめえの顔見てるとイライラすんだよ…………ちょっと待ってろ」
そう言って、リドが立ち去ろうとした時、生垣の方からガサリという音がした。
「おい。お前たち、こんな所で何をしている」
「え?」
突然の声掛けに、私たちが声の主の方に目を向けると、そこには白金髪に碧眼の少年が立っていた。
「お前たちは、兄上の招待客か? 随分離れた場所にいるが、ここは俺の庭だ。勝手に侵入されては困る」
…………兄上? 今、『兄上の招待客』って言いました?
あにうえ……とな?
……ま、まさか……!?
私は朦朧とする視界の中、意識をフル稼働させてジーッとその少年を観察した。
白金髪は、乙女ゲーム【迷鳥】に出てきた攻略対象者の第二王子を思い起こさせる。
瞳の色の碧色は、私と同じ澄んだ海の色のようなロイヤルブルー…………あれ?
「…………瞳の色が……違う……」
「…………ッ!?」
白金髪の彼は、私の言葉に一瞬傷付いたような表情を見せた。でもそれはとても一瞬で……。注意深く観察していなければ気付けない程に。
「とても綺麗な……深い空の色だわ。宇宙を思わせるような……神秘的な蒼……」
「……え?」
気付けば私は、立ち上がってフラフラと彼に近付いていた。その頬に触れようと手を伸ばす。
彼は戸惑いに、一歩身を引いた。
その美しい瞳を悲しみで曇らせて。
そんな悲しい顔をさせてしまったのは……私のせい?
「お、おい!? クソ女! どうした!?」
「ごめんなさい……そんな悲しい瞳をさせるつもりはなかったの」
視界が涙で歪む。
私はいつもそうね。
目の前の人を、悲しませてばかり。
「お願い……私のせいで悲しまないで……」
そのまま意識が混濁して、私は崩れ落ちるようにその場に倒れ……。
私は闇に飲まれるままに、意識を手放した。




