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悪役令嬢は魔王様の花嫁希望  作者: 星 くらら
第一章 嫁ぎ先は魔王(仮)に決めました
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4 どうやら転生してしまいました(4)

 後ろの方で「……クッ……」と、笑いを噛み殺したような声が聞こえた気がするけど、多分気のせいよね。

 私は、重ねたワインの空き箱に華麗に飛び乗る…………事は残念ながら出来ず、何度も何度もジャンプしては無様に木箱にしがみつき、隙間に爪先を引っ掛けてなんとか台の上に乗る事が出来た。

 なんてことなの! この筋力の無さときたら乗馬やダンスのレッスンをサボってばかりいた結果ですわね……。こんなんじゃ、いざという時に何も回避出来ず、死亡又は陵辱エンドまっしぐら間違いなしだわ。


 ……よし。今日から筋トレしよう。


 そんな決意を新たにしつつ、私は(ようや)く鍵を手に入れて鉄格子に近付き、彼を見た。先程よりもグッタリとしているように見える。床に突っ伏してしまっていて、顔色は伺えないが……。


貴方(あなた)大丈夫? ……なわけないわよね」


 私は少し慌てて牢の鍵を開けると、彼に駆け寄ってその傍らに座る。そうして恐る恐る彼の背中に触れようとした瞬間ーーグッと彼に手首を強く掴まれた。


「……痛い……ッ!」


 彼の指がギリッと皮膚に食い込み、掴まれた手首が鈍い痛みを覚える。


「何?」


「……俺をここから出してどうするつもりだ……殺すのか?」


 視線だけをこちらに向けて凄んでくる彼は、やっぱり手負いの獣のような印象を受ける。『大丈夫……怖くない、怖くない』と頭を撫でて言ってあげたい。


「殺したりしないわ」


「……じゃあ娼館に売るのか?」


 彼の瞳が怯えの色を帯びる。だが決して生を諦めてはいない強い眼差し。

 お父様から身体だけではなく、心も痛めつけられたのだろうに、悲鳴一つ上げずに折れる事もなかった。

 強い人……。なんて強い人なんだろう……。

 彼のボロボロの姿を見ているうちに、何か熱いものが込み上げてきて、それは目から溢れ落ちた。


「……!……お前……泣いてんのか……?」


「泣いてなんかないわ。……ここは不衛生だし、このままここに居たら死んでしまうから、とりあえず私の部屋に行きましょう」


 驚いたように目を丸くして私の顔を覗き込んできた彼の腕をとり、私は今度こそ彼を起き上がらせようとしたが、どんなに力を入れてもなかなか持ち上げられない。……彼の身体は、私とほとんど変わらない大きさなのに!


「……グス…ッ……大変申し訳ないんだけど、肩は貸すけど自分で起き上がってくれないかしら? 私、物凄く非力なの」


「やっぱ泣いてんじゃねぇか」


「ズ…ッ……ズズズーッ……泣いてないってば!」


 彼が泣いていないのに彼をこんな目にあわせた張本人の私が泣くわけにはいかないわ。私は思いっきり鼻を啜って彼に肩を貸す。


「……おい……ドレスが血塗れになってるぞ?」


「は? そんなのどうだっていいでしょう。そんな事より申し訳ないんだけどランプ持ってくれないかしら? 私、貴方を支えるので精一杯なの!」


 こんな事なら誰か大人を連れてくるべきだったかしら? ……いいえ。使用人は地下に入れないし、お父様を連れてきて借りを作るのは御免だし……結局私しか居なかったか。

 私は彼を引き摺るようにして運びながら元来た回廊を上っていく。人を担いでいるせいか、上りのせいか、降りてきた時よりも長く感じるから不思議だ。

 階段を上りきった時には、私は「……しゃー!」と心の中で拳を掲げた。小さく声が漏れてしまったかもしれない。とにかく達成感が半端なかった。

 子どもの身体って、本当になんてもどかしいんだろう。


「ごめんね。もう少しだから頑張って!」


「………………」


 彼から返事がないので、内心焦りつつ部屋へと急ぐ。彼は自分の足で歩いてくれているけど、頭は私の肩に凭れ掛かりグッタリしているから心配だわ。


 やっとのことで部屋に着いた。

 私は、ランプをチェストの上に置かせて、さっきまで自分が眠っていた天蓋付きのベッドに彼を横たえる。

 彼を上から覗き込むと、彼は薄っすらと目を開けて私を見上げてきた。その目には先程までの鋭さはない。

 私は不謹慎にも、やっぱり綺麗な()だなぁ……と、暫し見惚れてしまいそうになって慌てて頭を振る。ダメダメ! まずは彼をどうにかしなければ!

 私はそっと彼の髪を撫でた。


「貴方って、癒しの魔法も効かないの?」


「……ああ」


 彼が、私の問いに素直に頷く。

 返事をしてもらった事が嬉しくて、私はつい口元が緩んでしまった。


「痛み止めの飲み薬と……腫れと傷に効く薬が必要ね。あとは身体を拭くタオルとお湯かしら。今、侍女を呼ぶから」


 私がベッドから降りようとすると、また手首を掴まれた。それは、さっきの様に強く握り込むのではなく、思わず手に取ってしまったという感じだった。


「え……? どうしたの?」


「あ……いや……お前行っちまうのか?」


 彼の不安を感じ取り、私は柔らかく笑ってみせた。


「ううん。ここ、私の部屋だもの。どこにも行かないわ。ずっと居る」


 そう答えると、彼は安心したように「……そうか……」と言って、すぅ……と目を閉じて眠ってしまったのだった。



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