44 嘘吐きはスペクタクルな始まり(2) ※ジーク目線
リディアの妹を助ける為に、人身売買のオークションに参加したアリスは、あの美しい薄桃色金髪をざんばら髪にして帰ってきた。
俺の思考は停止し、絶句した。
あいつか? あのガマ蛙に売ったのか? まさかあの変態幼女趣味店主に?
ーーーーーー殺す……。
俺の脳裏に一瞬、挽きガエルになった店主の映像が過ぎった。
俺の身体中の血が一気に沸騰した。腸が煮えくり返るとはこのことか。
乙女の御髪は魔力の宿る神聖なもの。女の命だろう?
何の為に俺が近衛騎士団に出動命令を出したと思っている。お前を無傷で帰らせる為だ。
やはり使えないな。あの無駄筋め。騎士団でこき使ってやる……。
だがアリスは『これは……お金が足りなくてヴィヴィをとられそうになってしまって思わずやってしまいましたの。……ほら、あの時ガマ蛙店主さんが、私の髪はお金になるとおっしゃっていたから』と、耳元の髪を人差し指で弄びながら申し訳なさそうにはにかんだ。
な、なんと健気なのだ……ッ!!
そんなアリスが無性に愛しくなって、思わず彼女を抱きしめようと、俺は彼女に腕を伸ばした。
ところが手が届く寸前、脇から伸びてきたリディアの腕にアリスをカッ攫われてしまった。
リディアに腹を立てて奴を見た俺は驚愕した。
アリスが……物凄く嬉しそうな顔をしている……ッ!!
リディアに肩を抱かれ、頬を染め、まんざらでもないように微笑むアリス。
そんな彼女を見て、俺の心はざわついた。
い、いつの間だーーーー!?
いつの間にこの二人はこんなに親密な感じになったのだ!?
まるで想いの通じ合った恋人同士のように見える。
この俺の半端ない疎外感……ッ!!
そうして俺は、早急にアリスの好感度を上げる必要があるという結論に至った。
俺にしかできないような事で……。
そうだ。アリスの母親の形見の首飾りを彼女に返してやったらどうだろうか。
きっとものすごく感謝されるに違いない。
……が、その前に。
アリスの髪の回収をさせよう。一本たりとも他の男にくれてやるわけにはいかない。我慢ならない。……否、貴重な闇の魔力を帯びた髪を悪用されてはかなわないからな。
髪を集めるのは決してやましい気持ちからではない。アリスの為。未来の我が妻の為だ。
この時から、“アリスの失われた髪を収集すること”が、俺のライフワークになったーーーー。
アリスと共に行った王都の裏通りにあった骨董品屋兼質屋。
胡散臭い怪しげなものが多く置いてあったので、後々調査しなければならないと思っていたから丁度いい。
今度は顎をシャクレさせることなく、堂々と“王太子”として店に行った……のだが…………ない。
ない! ない……ッ! 店がないッ!!
記憶を辿り、あの蛙の看板を探したが何処にも看板は出ておらず、周辺も隈無く探したがそれらしいものは見当たらない。
それどころか店があったはずの場所には建物すらなくなっていて、ぽかんと穴が開いたように、そこだけ土が露見した全くの更地になっていた。
まるで神隠しにでもあったかのように、ガマ蛙店主は店ごと姿を消していた。
あのガマ蛙……アリスと約束を交わしておきながら……逃げたのか!?
首飾りを質に入れてから、たったの三日しか経っていないのだぞ?
この手際の良さはなんだ!?
あの首飾りは王家に由来する貴重な物だ。行方知れずになって良いものではない!
いや……。
違う……ただ単純に……この事を知れば……。
アリスが悲しむではないか……。
アリスの悲しげに俯く顔を想像して、俺の胸がきゅう……と心臓を掴まれたかのように苦しくなった。
あれに……悲しい顔をさせたくないな……。
俺は何としても、アリスがこの事実を知る前に首飾りを取り戻さなければならないと思った。
俺は公務の合間を縫って王都に出掛けたり、部下にガマ蛙店主の行方を捜させた。
アルにも事情を話し、捜して貰ったのだが、有力な情報を得られぬまま……。
そうして、ガマ蛙を捜索し始めてから数日後。
アリスと共に、ジャンヌの経営する娼館に泊まった翌日の朝、捜させていた者から連絡が入った。
“それらしい男が、水死体で発見された”ーーーーと。
捜している男かどうか確認して欲しいと言われ、俺はアリスの髪を伸ばす為に呪術師に会いに行くのに同行する事を断念し、そちらに向かうことにした。
溺死体が見つかった場所は王都から少し離れた森の奥の湖。
まさか、そんなところで見つかるとは思いもしなかった。
王族である俺があらゆる手段を使って必死に捜さねば、見つかること無く“行方不明”で終わっていたであろう、この事件。
捜査させていた者からの報告によると、ガマ蛙の行方を追っていくうちに、奴の周囲の者の口から奇妙な話が飛び出したそうだ。
ガマ蛙店主が、全身黒ずくめで顔半分を銀の仮面で覆った男に連れ去られるのを見た……と。
そして彼らを乗せた馬車が、森のある方向へと走って行ったという供述から、俺の部下が森の中を捜し発見に至った。
その話の提供者は、その話を自分から聞いたと決して漏らさないで欲しいと怯えていたらしい。
果たして、その溺死体はまさしくガマ蛙店主のものだった。
彼の手元に、アリスの首飾りはなかった。
アリスの首飾りは何処へ消えたのか。
その銀仮面の男が持ち去ったのか。
それとも、店と共に消滅したのか……。
……顔見知り程度でも、知り合いの不幸を目の当たりにして、俺はかなり気分が悪くなった。
いずれにしても、アリスがこの事を知ったら悲しむのだろうな……と思うと、一層気が沈む。胸が軋むように苦しい。
俺は、彼女の悲しみを和らげられるように……首飾りの捜索だけは続けて行こうと決めた。
アリスの笑顔を護りたい。
それが俺に向けられることがなくとも……。




