41 君のためにできること(3) ※リド目線
アリスに骨抜きにされている俺を、老婆は眩しいものでも見る様に目を細めて見て、皺くちゃの人差し指をこちらに向けた。
「おまえさんのことも、生まれる前から知っとるよ。おまえさんの母親はわしらと同郷でな。……エレナは故郷一番の踊り子じゃった」
……やっぱそうか。同郷じゃねぇかとは思ったが。
何やら視線を感じて隣を見ると、何故かアリスが目を輝かせて俺を見つめていた。なんだその目は? ……なんかこの眼差し、見覚えあんなあ。
「……なんだよ?」
「リドのお母様って、踊り子さんなの?」
弾むような、期待するような、無邪気な声で問いかけられ、俺はようやく思い出した。
ああ。あれだ。こりゃ『魔剣撃て』って言ってきた時の目だ。
「……だから?」
「リドもダンス得意なの?」
「……まーな」
「スゴイ! 知らなかった! ……あのね、私ダンスすっごく苦手なの」
それは知ってる。ここんとこ真面目に乗馬やらダンスやら魔法の稽古やら、いろいろ努力してるのを見てるが、ダンスだけは教師が匙投げてたな。スジは悪くねぇが、動きが壊滅的なんだよな。体がガチガチで、舞踏というより武闘なのだ。
両手の指を胸の前で組み合わせて、キラキラした期待に満ちた目で俺を見てるってことはあれか?
「…………教えてやろうか?」
「うん! 嬉しい!」
俺の問いに間髪入れずに物凄く素直に頷かれて、俺は思わず照れて頬が熱くなる。するとアリスの肩を抱いていた俺を押し退けて、ヴィヴィがずずいと俺とアリスの間に割って入ってきた。ついでにクラリスも。
「姉様! わたくしもダンスは大の大の大得意ですわ! 兄様よりも!」
「アリス様! わたしも一緒にダンスを教えていただきたいです!」
ヴィヴィはドンッと掌を自分の胸に叩きつける。クラリスは想定内だとして、何故お前まで俺の邪魔をしてくるんだ。妹よ。
「頼もしいわ。ありがとうヴィヴィ。では、邸に戻ったら皆でダンスの練習をしましょうね」
「ふふ……」と蕩けるようなアリスの微笑みに、女共は「ふぁい……」と魂を抜かれたような腑抜けた返事をした。
危ねえ。俺も思わず腑抜けそうな程、可愛い微笑みだった。
……それにしても……ほんとにこのお嬢様は……なんというか、貴族らしくねぇというか……無垢だよな。
今まで出会った貴族は、俺の母親が踊り子だと知ると、大抵は蔑んだような目を向けてきた。
まあ、アリスがそんな目で見てくるわけねえとは思ってたが、逆にあんな……憧れのような、とびきりキラキラした眼差しを向けられるとは思わなかった。ほんとにこいつはいちいち予想外だ。
……アリスめ。マジ、天使だろ……。
「さて。それじゃそろそろ本題に入っちゃいましょ。アリスちゃん」
「……そ、そうでしたわね」
ジャンヌに促され、アリスはスカートの裾を摘むと、ふわりとスカートを膨らませてマトの正面に膝をついて座った。
「マトさん。貴女の呪術の力で私の髪を伸ばしていただきたいの。お礼は私のできる範囲でなら、なんでもさせていただきます」
「“マト”でいいよ。お嬢ちゃん。髪を伸ばすなんて簡単なもんに、礼はいらない。安心しな。呪術で伸ばした髪はリディアの打ち消しの力は効かないから、ずっと伸びたままだよ。神殿なんかの魔法が打ち消されちまうような場所でもそのままだ。オズワルドにもバレやしないさ」
アリスが聞きたかったことをマトは全て答えてくれ、アリスは安堵に目を潤ませた。
「良かったぁ。ありがとうマト」
「ただし」
「ただし?」
マトが若干身体を乗り出し、下から覗き込むようにアリスの瞳を見つめた。
その神妙な面持ちに、アリスだけでなく俺達もゴクリと息を飲んでマトの次の言葉を待った。
「さっきも言った通り、呪術は魔法と違って代償が要る。命には命の、時には時の……といったね。魔王級の打ち消しの力に対抗するには、それなりの代償が必要になるんじゃ。……ところでお嬢ちゃんは魔法の源になるもんが何か知っとるか?」
「魔法の源? ……精霊の力とか?」
「それもある。じゃが、最も魔法に影響があるものは、実際にお前さんらも体験済みじゃろ? なあ、リディア」
「……? 何の事だ?」
突然話題を振られて、俺は慌てる。
魔法の源? そんなもん考えた事ねえな。
「魔剣を撃ったお前ならわかるじゃろ。魔法の一番の源は“想いの強さ”じゃ。想いが強ければ強い程、魔法の力も強くなる。それは呪術も一緒じゃ」
俺は魔剣を撃った時の事を思い出した。
そうだ。俺はあの時、ただただアリスの想いに報いたい一心で、魔剣を撃った。“絶対に撃つ!”と、自己暗示にも似た信念を持って。
「髪を伸ばすには年月がいる。お嬢ちゃんが、八年かけて伸ばしたものを一瞬で元に戻すわけじゃが……自然に伸びた髪には魔力が宿るが、呪術で一瞬で伸ばす髪には魔力が空っぽじゃ。そこを魔力の代わりに“想いの力”で埋める。徐々に髪に魔力が溜まり、八年後……髪がお嬢ちゃんの魔力で満たされれば“想いの力”は元のあるべき場所に戻る」
まわりくどい言い方だが、つまりどういうことだ?
俺は首を傾げたが、アリスは話が分かったようでマトの言葉に頷いてみせた。
「つまり、髪を伸ばす為に想いの力をどこからか取ってきて、八年後にお返しするのね?」
「そうじゃ。その力は時の力……“記憶”という年月を重ねた“時”の持つ想いの力を使う。出来るだけ想いの強い思い出……その者を形成している最も中核になっている記憶から力を引き出す」
「記憶の持つ想いの力を使うって……それって、もしかして記憶を取られるってこと!?」
「そういうことじゃ。髪を伸ばす代償に大切な記憶を失うが……まぁそんなに心配せずとも大丈夫じゃ。八年後に戻ってくるからの。問題ないじゃろ。記憶を失っとる間は、失っとる事に気付きもせんしな」
マトの言葉に、アリスは突然立ち上がって、ワナワナと震えながら大声を上げた。
「問題大アリですわーー!!」




