38 告白(7) ※リド目線
結局俺達は、以前泊まった部屋と同じ部屋に通された。
アルフレッドだけは前と同じ女を指名して部屋に消えていった。本当にブレない奴だ。
部屋の鍵を閉めてシャワーを浴びた後、用意されていた下履きだけを身に付けて、俺はベッドのシーツの波に沈み込んだ。そして、さっきまでロビーで男だけで話していたことを反芻する。
「クソッ……」
ふてぶてしいジャンヌの顔を思い出しちまった俺は、一人悪態をついた。
ーーーーロビーで、俺達一人ひとりを見回した後、ジャンヌはスッとその顔から笑顔を取り去って言った。
『ねえ。ここは協定を結ばない?』
『協定?』
ジャンヌからの突然の申し出に、トーリが眉をひそめる。
『藪から棒に何だ? 協定とは』
『アリスちゃんのことよ。あの子、少しの間で魅力を増してる。これからどんどん魅力的になるわ。……その分、悪い虫も寄せつけちゃうでしょ』
それは俺も思っていたことだったので、思わず頷いてしまった。これ以上ライバルが増えるのはごめんだ。
『それは……一理あるな……』
トーリも素直に頷いた。
『だから、これからあの子に近付く悪い虫をアタシ達で排除していくの。アリスちゃんに気付かれないようにひっそりとね』
実際、俺は今ガイの魔の手からアリスを守っている最中だ。
トーリとアルも思うところがあったらしく、激しく頷いている。
俺も一応頷いて同意を示した。
『いいだろう。その話乗った』
『さすが王太子様! 話が早いわぁ~。じゃあここに、アリスちゃんに群がる“害虫撲滅団”結成ね!』
上手く乗せられたような気もするが、アリスのことを危ういと感じているのは俺だけじゃなかったというのがわかって、内心ホッとしている。
アリスの無防備過ぎるところは、魅力でもあるが、惚れている身としてはヒヤヒヤして仕方がない。
「あのオカマ野郎が一番厄介な虫だけどな」
色々助けて貰った恩はあるが、実は一番得体が知れねぇのがジャンヌだ。アリスがやけに慕っているのも気にくわねえ。
俺がモヤモヤ考えながら寝返りを打つと、突然、部屋の入口の扉がけたたましくノックされた。
「リド! うちのナンバーツー連れて来たわよぉ。ここ開けなさーい!」
「あ?」
例のオカマがドアの向こうで何やら喚いてやがる。俺、女はいらねえって言ったよな!?
「うるせえ! 女はいらねえって言っただろーが! うせろ」
「そんなこと言って、ほんとにめちゃめちゃ可愛い娘なんだから! 後で後悔するわよ!」
「しねーよ! しつけえぞ! 俺はもう、お前にあてがってもらうような女は必要ねえんだよ」
「…………」
扉の外が静かになり、諦めて帰ったか? と思った瞬間、ガチャガチャと鍵を開ける音が響いた。
「はぁーー!?」
「甘いわね、リド! アタシはここの経営者よ。合鍵くらい持ってるわよ」
「てめえ!? そこまでして俺に女あてがいてえのかよ!?」
「いいから、黙って受け取りなさい!」
ドアを開けられまいと、慌ててドアノブに手をかけようとしたが遅かった。
ガチャリ……とドアが開き、薄く開いた隙間から、ドアの外に立つ女が目に入った。
「クソッ! ふざけん……ッ!?」
ドアを閉めようとして、俺は思わず固まっちまった。
そこに立っていたのは、娼婦じゃなく、顔を真っ赤にしたアリスだった。
「は!? な、なんでお前が……?」
「話は部屋の中でしなさい。たーだーし、……手を出したら殺すぞ。いろんな意味で」
ドスの効いた男の低い声で脅しをかけながら、ジャンヌはアリスを部屋の中に押し込んでドアを閉めた。ご丁寧に鍵までかけて。
一体……何がどーなってんだ!?
俺は状況が飲み込めずポカンと口を開けてアリスを見つめると、アリスは俯いていた赤い顔を上げて、おずおずと口を開いた。
「……あの……上着を何か着てくれないかしら?」
「あ? ああ、ちょっと待ってろ」
もしかして、俺が上半身裸だったから、あんな赤い顔してんのか?
つーことは……つまりは、少しは俺のことを男として意識してくれてるって思っていいんだよな?
俺は、朝から着ていたシャツを再び羽織ってから、アリスに向き直る。
「で? お嬢様がこんな夜更けに男の俺の部屋に何の用だ?」
何でもないように問いかけてみたが、実は頭ん中は滅茶苦茶混乱してビビっている。
なんだこれ? なんでアリスが俺の部屋に居んだ? しかも、こんな、ヤるだけみてぇな部屋に二人きりって……。何の試練だ!?
「ジャンヌにお願いしたの。リドの部屋に連れてってって」
「なんで? 明日じゃダメだったのかよ?」
内心の焦りを悟られないように素っ気なく言い放ってみたが、思ったよりも冷たい声が出ちまって、アリスがビクリと肩を震わせた。
やべえな。怯えさせちまったか?
「とにかく宿屋に帰れよ。もう遅えから」
「……それで、これから娼館の女の子を呼ぶの?」
「…………あ?」
潤んだ碧色の宝石みてえな瞳が、真っ直ぐ俺を見据える。
「なに言って……ッ」
「嫌なの!」
「な……に……?」
「リドが、他の女の子と一晩一緒の部屋に居るとか、凄く嫌なの!」
スカートをギュッと握り締めて、目元を赤らめた泣きそうな顔で、アリスは俺に訴えてきた。
「嫌だと思っちゃったら、居ても立っても居られなくなっちゃったの! ……それでジャンヌにお願いして、娼館の女の子の代わりに私を連れて行って欲しいってお願いして……」
「…………なんで……?」
“期待”なんて言葉はとうの昔に忘れちまったはずなのに、こいつはいつも俺の一番奥底に眠らせた感情を引き摺り出す。
俺の胸は“期待”で、早鐘を打った。
「…………好きだから」
「……ッ!?」
水鏡のようなアリスの瞳に俺が映っている。
部屋の空気が凪いで、まるでこの世に俺とアリスしか居ねえような錯覚を起こした。
「好きだから! リドのことが好きだから! 嫌なの。他の女の子と……え、エッチなことしたりとか、嫉妬しちゃうの!」
「は、はあぁーーーー!?」
何言い出すんだ、このお嬢様は!? いつも予想の斜め上いきやがって……。
俺の心臓潰す気かッ?
なんなんだよ……嫉妬って! クソッ! 可愛い……ッ!!
俺の身体中の血が一気に沸騰したみてえに熱く滾った。
「ちょっと待ってくれ……てめえマジでッ……」
勘弁してくれ。またかよ……。また先越されちまった。
……どこまで男前なんだ。このお嬢様は……。
俺が片手で顔を覆って盛大に溜め息をつくと、アリスが心配そうに俺の顔を上目遣いで覗いてきた。
クソッ。可愛い過ぎるだろーが!
「……迷惑……?」
「迷惑なんかじゃねえ」
「でも……怒ってる……」
「……先に言われちまったからな」
「えっ?」
クソが。俺だって自覚したばっかだっつーの!
どうしてこのお嬢様は、俺が欲しくて欲しくて仕方ないものを、あっさり俺に与えてくるのだろう。
一番欲しい時に、一番欲しい言葉を……。
俺は再び深く息を吐き出した後、覚悟を決めてアリスの両肩を掴んだ。
アリスの綺麗な碧い瞳が潤んで揺れている。
「俺もだ」
アリスが俺を見つめて、息を飲むのがわかった。
「俺もアリスが好きだ。お前以外の女なんて、抱きてえとも思わねえよ」




