37 告白(6) ※リド目線
俺たちはジャンヌに会う為に、再びミストラスの娼館へと向かった。朝早くから出発したが、やはり到着が夕方になってしまった。
馬車の中から太陽が少しずつ傾くのを見つめながら、アリスが「ふぅ……」と物憂げな溜め息を吐いた。
……うーん。八歳女子の吐く溜め息じゃねえな。夕焼けに照らされた横顔が朱く染まる。
「やっぱり道の整備が必要ね。港町から都市にかけて安全な一本道が欲しいわ。盗賊に怯えて流通が滞っては、商業の発展の妨げになりますもの。整備に人を雇えば雇用問題の解決にもなるし、整備した道は通行料を取ってもよいわね」
会話も八歳女子のするような話じゃねえな。まあ、そこがアリスらしいが。
なかなか興味深い話だな。面白え。
「その通行料ってのは誰が集めんだ? そいつを狙って盗賊やら山賊やらが来るんじゃねえか?」
アリスは人差し指を立てて、待ってましたというような顔を俺に向けた。
アリスの瞳の碧がより深い色に変わり火が灯ったようにキラキラと輝いて見える。
「そこよ! 道の所々に関所みたいな料金所みたいな施設を作って、そこに表向きは屈強な用心棒を雇うと見せかけ、元ログワーズの生き残りの戦士とか志願兵とか武器を集めるの! 急に兵を集め出すと怪しいけど、役職につけて少しずつ増やしていけば簡単には気付かれないでしょ? どう?」
「成る程な。……生き残りがいるって話はヴィヴィに聞いたか?」
アリスはコクリと頷いた。
……女子のお喋りはどんなことまで話されてんだ?
「ヴィヴィには忠誠を誓ってくれた騎士がいたけど、逃亡の時に途中で離れ離れになってしまったのでしょう? 他にも味方になってくれそうな兵士が散り散りになっているって」
「……そうだな。捕まって捕虜や奴隷にされてる奴もいるが、逃げのびた奴も多い。俺もその一人だけどな。新王に不満を持っていつか反乱を起こしてやろうと考えてる奴らがあちこちに分散されてる。そいつらを集めれば、結構な戦力になると思うぜ」
「……そうですわよね」
アリスは一層物憂げな顔で夕陽を見つめて溜め息を吐いた。
「どうした? なんか不満か?」
「んー……できれば争いは避けたいのよね。平和の国から来た身としては」
「は?」
「……こっちの話。できればね、無血開城が理想。一応兵は集めるけど、それは最終手段というかね」
「……無血開城……?」
「無血開城とは、その字の通り血を流すことなく戦争無しの話し合いで政権を降ろさせることだ。机上の空論で未だ成し遂げた国はないがな。城を明け渡さねばならない状況を作り出すことなど、余程のことがなければ無理だからな」
「アリス様。兵士を集めると言いますが、無法者達をまとめ上げるのはなかなか難しいと思いますがね。リドはまだまだチビですし」
「ガイ様を使ったらいかがですか? 大変不本意ながらアリス様の演じているブルース様のことが大好きなご様子ですから、頼めばなんでもやってくれそう」
「わたくしの騎士はシャーリン領に入る前に別れてしまいましたの。わたくしがシャーリン邸に居ることを何処かで聞けば、向こうから接触してくると思いますわ」
「てめえら……こんなに大勢で馬車に乗って、馬が可哀想だとは思わねえのかよ?」
……二人きりでジャンヌのとこ行こうとしたら、全員ついてきた。マジで馬車が狭くなってうぜえ。
「そう思うなら、貴方が屋敷に残れば良かったのでは? チビリドくん」
「あ? んだと? やんのかクソアル」
「仕方ないのよリド。トーリとアルフレッドはどぉ~しても娼館に泊まりたいのでしょうから」
アリスが険のある声音と思い切り軽蔑したような眼差しで、二人を見た。
「は!? お、俺は別に娼館になど興味なんてないぞ!」
アリスの言葉にトーリが慌てて首を振って全否定したが、怪しさ全開だ。
「……隠さなくてもいいわよトーリ。聞きたくもないのに、この間の夜のことジャンヌが全部教えてくれたから」
「な、な、なんだと……ッ!? ぜ、全部だと!?」
青ざめたトーリが馬車の中だというのに立ち上がり、揺られて体勢を崩してまた直ぐに座った。
「……そうですか。全部ですか……あの脚の使い方……とか?」
「ええ。全部。ほんと、どうでもいいですけど」
「い、いや、待てアリス! あの時の俺と今の俺は、女に対する気持ちが全く違うんだ! 今の俺は娼館で娼婦を……いや、娼館でなくても気安く女を抱いたりしない! 絶対に!」
必死過ぎる言い訳が痛々しいトーリに、女三人が白い目を向けている。
娼館で一晩過ごした朝、一人涼しい顔してやがったトーリが、ここで一番慌てるとはな。
……恋は人を変えるってことか。
まあ……かく言う俺が一番変わったんだけどな。
しかし、ジャンヌの奴……全部話したって……まさか俺がコップに耳付けて必死に隣の音拾ってたことも言っちまったのか? クソッ。
そうこうしている内に馬車はミストラスの街に到着し、俺たちはジャンヌの娼館の扉をくぐった。
物凄く大柄な女が奥の部屋から飛び出して来てアリスの目の前に立つと、その勢いのまま突然アリスを抱え上げるように抱きしめた。
「アリスちゃ~~ん! いらっしゃい! すっごく会いたかったわ!」
「く、苦しいジャンヌ……はなして……ッ」
アリスはジャンヌの背中をバンバン叩いて逃れようとする。すると、ヴィヴィとクラリスが慌ててアリスを引っぺがしにかかった。
「ジャンヌ様。お放しになって。姉様に穢れがうつりますわ」
「アリス様嫌がってますから! 離れてくださいジャンヌさん!」
「んもーなんなのこの小娘たち! アタシにも敬意を払いなさいよね」
ジャンヌがシッシッと掌を払って動物でも追い払うような仕草をした。
「久しぶりジャンヌ。貴女に相談したいことがあって来たの」
アリスが王太子からの招待の話をすると、ジャンヌはチラリとトーリの方を見遣ってから、軽い溜息をついた。
「オーケー。わかったわ。魔法以外の方法でその髪を何とかできないかってことね。そうね……心当たりがあるから、明日朝一で出かけましょう。今日は娼館に泊まっていきなさい」
「え? また!?」
クソッ。ジャンヌめ……。女達の軽蔑の視線が痛いだろーが。特にアリスの目が……気まずくて見られねえ……。
結局、男は娼館に、女達は隣の宿屋に用心棒をつけて泊まることになった。
女達は先に宿屋に案内され、残った男三人は娼館のロビーのソファでくつろいでいた。
トーリは項垂れてるけどな。
女達を送って行ったジャンヌが帰って来て、腰に手を当てながら「ふふん」と少し顎を上げて偉そうに喋り出した。
「待たせたわね。さて、男共にはウチの可愛い娘達をつけてあげるから、たっぷり楽しみなさい」
「……俺はいい」
俺が軽く頭を振ると、ジャンヌは「えーー?」とニヤニヤしながら近寄って来た。
「ウチのナンバーツーをつけたげる。あ、因みにナンバーワンはアタシだから」
「誰だろうといらねぇよ。俺はソファでもいいから適当な部屋を用意してくれ」
「そんなこと言うと、ナンバーツーはそこの王太子につけるわよ」
「……俺も女はいらない。適当な部屋でいい」
……おいおい。トーリの野郎、ショック受け過ぎた所為か『王太子』って呼ばれてんのにも気付いてねぇ。




