36 告白(5) ※リド目線
問題は、このお嬢様は激鈍だということだ。
どうやらアリスは人助けが趣味なんじゃねえか? というくらい、最近は特に人の為に動き回ることが多い。
あのアップルパイも最初は孤児院への慰問の手土産の為に焼いたのが始まりだ。
俺やヴィヴィを助けたのも、ボランティアの一環じゃねえだろうな……と思わされる。
何でそんなに他人に干渉するのか? と、アリスに軽く聞いてみたら「生きている証が欲しいの。全部自分の為」と、また訳わかんねえ返事が返ってきた。
アリスの行動には、謎が多い。
俺の嫁になりてえっていうのも、俺に惚れて言い出したわけじゃねえみたいだしな。…………チッ……言ってて虚しくなってきちまった……。
今は少しは俺を異性として意識し始めているようだが、最初の頃は『可愛い』連発で異性として見られていないことは丸分かりだった。
イラつく。
俺は成長期だから背はこれからまだまだ伸びるし、今は魔剣撃つ為にも、アリスに相応しい男になる為にも、ひたすら筋肉つける為に頑張っている。
……アリスのお陰だが、飯も食えてるしな。
今、俺とアリスはガイ・ライオネル・カーライルに剣術の稽古をつけてもらっている。
なんとここでもアリスの鈍さが炸裂しちまった。
アリスはガイのことを本人を前にして「ムダ筋さん」と隠しもせず呼んでいる。魔剣を撃てるようになるまでは、奴をそう呼び続けるんだそうだ。余程魔剣での一件が尾を引いてると思われる。
……それが、奴の嗜虐嗜好を擽っちまったとも知らずに。
無邪気にガイに懐いているアリスを見ると、余りの無防備さに逆に腹が立ってくる。なんで気付かねえかな……。
今日も結構なスパルタの剣術修行が終わり、手拭いで汗を拭きながらガイがにこやかに喋り出した。
「じゃあ、今日の稽古はここまでにしよう。来週まで素振り忘れるなよ」
「はい! あ、ムダ筋さんもお茶して行く? アップルパイ沢山作ったから」
「あー……俺は甘いもんより飯がいいなぁ」
「そっか。それならおにぎりでも握ってきてあげようか?」
なにっ!? おにぎり!? このクソムダ筋の為にアレを振る舞うっつーのかよ!?
「“おにぎり”? なんだそりゃ? 旨いのか?」
「美味しいよ! 特に運動して小腹が空いた時には最高! 待っててね。作ってくるから」
「おい! おじょ……じゃねえブルース! ちょっと待て……ッ!」
俺の制止も聞かず、アリスは厨房へと走って行ってしまった。
……こんな奴の為にまたアレを作るのかよ。
可憐なあの白い手に軽く火傷して作るアレ。
初めて食った時は、感激の余り不覚にも泣きそうになった。勿論俺だけじゃなく、他の連中も泣きそうになっていた。いや、トーリは若干泣いてたな。
アリスがシャーリン領の物流を調べていた時に、岩塩の購入が非常に高いことに驚いていて『なんで他領からこんなに岩塩を買ってるのかしら? シャーリン領には海があるのに……』と言い出した。こっちこそ『?』だった。
『海と塩とどういう関係が?』と聞き返すと、アリスは益々驚いた顔になった。
塩は海水で作れるのだと。ミネラルというやつが豊富で美味いのだとアリスは俺たちに教えた。アイツはどこでそんな知識を得てくるのか。
塩を作っていく過程で『あ、にがりでお豆腐も作れるかも!』という、アリスの謎な呟きも聞いた。
そして……暫くしてから海水で作った塩で、“おにぎり”を自ら作ってくれたアリス。
あの可愛らしい白くて小さな手で握られた“おにぎり”は格別だった。物凄く美味かった。……こんなオッサンに食わせるなんて勿体ねぇ。
小さくなっていくアリスの背中を見つめながら、ガイは表情を曇らせて掌で顔を覆うと、態とらしく「ハァァァーー」と重い溜め息を吐いた。
「…………可愛い……ッ……! 可愛い過ぎるぞ、ブルース……ッ!」
……チッ……始まった……。
変態の発作が。
「なあ、リディア。……ブルースから、彼はこのシャーリン家のアリス嬢と双子で生まれたが、先に生まれたブルースは忌み子だから存在しない子として育てられ、今では影武者として身を置いていると聞いたんだが……」
「………………………はあ?」
アリスの奴、また妙な有りもしない双子話でっちあげたのか。
さてはなんか変な本を読んだな。なんだよ影武者ってのはよ。
「それにしては真っ直ぐに育っていい子だよなあ……可愛いし……いや! 俺にはソッチのけはないが、男にしておくのは惜しい程可愛いよなあ……いや! あくまで一般的な見解としての意見だが」
このクソロリコンが。
しかもアリスの妄想信じやがって。さすが脳ミソまで筋肉なだけあるな。
「ミストラスの酒場でブルースにガツンと罵倒されたのが……忘れられなくてな……寝ても覚めてもブルースの顔が目に浮かぶんだよなあ……」
アリスは頑なにガイの前では“ブルース”でいようとする。決して“アリス”であることを明かさない。何か思惑があるのだろうか?わからない。
だが、俺はむしろそれで良いと思っているのでアリスのその三文芝居に付き合ってやっている。
ブルースが実は女だなんて、死んでもガイにバレてたまるか。
俺は大きな溜め息を吐いてガイを睨みつける。
ここは強めに牽制してやるか。
「あのなオッサン。ブルースは純粋にアンタを慕ってんだ。そんな邪な目で見るんじゃねえよ。ブルースの叱咤激励と情報のお陰で王太子の近衛騎士団に所属できるようになったんだろ?」
俺の言葉に、ガイはハッとした顔をして項垂れた。
「……そうなんだよな。あの奴隷市場検挙の一件が評価されて“蒼龍の騎士団”に入れたんだよな。これで実家からも見直されたしな。……ほんとに、何もかもブルースのお陰だ。そうだ、そんな恩人を……しかも男を、邪な目で見ちゃいかんよな」
ガイは腕を組んで、ウンウンと何か一人で納得したように頷いている。
ほんとにわかったんだろうな? オッサン。否、わかってねえな、こりゃ。
……案の定、アリスがおにぎりを持って現れると、オッサンは双眸を崩しまくりでアリスにデレッデレだった。
クソッ。
俺は絶対に、クソムダ筋よりもデカくなって奴を見下ろしてやる。筋肉だってつけやる。アリスに決して手を出させねえように牽制できるくらい、誰からも認められるような男になってやるからな!




