35 告白(4)※リド目線
それは、度々晒されたことのある狂気を宿した目。
俺を玩具や虫ケラとしか認識していない視線で、シャーリン公爵令嬢はスプーン片手に俺に迫って来た。
彼女が黙って立っていた時は、人形のような無機質な美しさを感じていたが、俺に向かってくる狂気を帯びた表情は、逆に人間らしく生き生きとしてさえ見えた。
魔法を使うまでも無かった。
俺は彼女を殺す気で、鳩尾辺りを思い切り蹴り飛ばしてやった。
彼女がチェストの角に後頭部を強打して倒れた時に確かな手応えがあり、俺は彼女を『殺った』と思った。
あの時ーーーーアリスが死んでしまっていたらと思うと……俺がこの手で彼女を殺してしまっていたかもしれないと思うと…………ゾッとする。
あの時、彼女が消えてしまっていてーーーー俺の隣で笑ってくれることがなかったかもしれないと思うと、気が狂いそうだ。
俺はとんでもないことを仕出かしちまうとこだった。
あの時の俺は、本気でアリスを殺す気だった。
今あの時に戻れるなら、俺は過去の俺を殴ってやりたい程後悔している。
それからは、確実にアリスはまた違う方向におかしくなった。
俺を『命の恩人』と呼び、あの小さい身体で俺を地下牢から救出した。
ギュッと握り込んでやった彼女の手首の細さに、折れてしまうんじゃねえかと内心酷く驚かされた程だ。
アリスは着ていたドレスが血塗れになるのも構わずに、俺を担いで回廊を登った。
治癒の魔法が効かない俺を、アリスは親身になって看病してくれた。
そして俺の瞳を覗き込んでこう言った。“綺麗な瞳”と。
この世に魔王の目の事を知らない奴がいるとは思わなかった。俺はいつもアリスには驚かされてばかりだ。
アリスは言った。
この俺の瞳があまりにも綺麗で、つい欲しくなってしまったのだと。
今なら言える。
お前に請われるのなら、俺はお前に両眼を抉られても構わない。
最後に見るのがお前の笑顔なら、お前が俺の隣で笑ってくれているのなら、俺はたとえ両の眼を失ったとしても……本望だ。
アリスの残念脳は、数々の奇行にも現れていた。
俺も、猫に話しかけるという人生最大のミスを犯してしまったが、あのバカアリスはその猫のモノマネをするという奇行に出た。
にゃーにゃー言うアリスは、バカみてえに可愛かった……。クソ。
俺がバカにされたのかと思ったが、本人は至って真面目にモノマネしていたようだ。
俺に「自分を信じろ」と言ったアリス。
あの時の俺は、自分のことを信じろと言う奴程信じられなかった。何度も裏切られたからだ。
公爵令嬢様が、おエライ血筋の貴族様が、俺に普通に話しかけてくるのも……いや、大抵の奴は俺のこの目の色を怖がって勝手に化け物扱いしてくるから、俺は人と対等に話すことすら滅多にねえ。だからあの大きな宝石みてえな眼で覗き込まれると、心ん中まで覗かれてるようで落ち着かなかった。
ドキドキとやけに鼓動が早くなっちまう。
それとアリスは……バカの一つ覚えみてえに「魔剣」「魔剣」うるせえ。
あんなにウットリした顔で「魔剣カッコイイのになぁ」とか「魔剣見たかったなぁ」とか言われたら、見せてやりたくなるだろうがよ……男としては。
しかも俺に、無責任にも「リド、大丈夫。魔剣撃てます」なんて言いやがって。
俺は、誰かに期待されたことなんて、生まれてこの方一度もねえんだよ!
娼館に泊まった時、俺についた女が『ジャンヌは男よ』なんてバラしやがるから、隣の部屋が気になって一晩中寝られやしなかった。
壁にコップつけて隣の物音を必死に拾ってみたりもした……が、何も聞こえず……。クソッ。あのオカマも全く信用ならねえ。
こっちは気が気じゃねえってのに、呑気に『有意義に過ごせた』なんて言いやがるしよ。全面的に気を許し過ぎだろ。
アリスがトーリと二人きりで出掛けちまった時は、その警戒心のなさにほとほと呆れたね。
俺はそのモヤモヤと鬱憤を魔剣の特訓にぶつけまくってやった。
剣の腕前はアルよりも俺の方が微かに上だった。
魔法に関しては、俺は魔法の訓練を何もしてこなかったし、禁魔石の手枷を嵌めていたということもあるが…………正直コントロールには全く自信がない。
俺はクソアルに辛辣にけなされまくったが、とにかく炎の具現による攻撃魔法が俺の唯一得意……いや、なんとか会得している魔法で、それを魔剣に応用する練習を何度も繰り返した。
“魔剣なんかできるわけねえ”って想いが強いせいで、その時は効果なんて全く現れなかったけどな。
アリスの魔法の先生とやらからは、素質はズバ抜けているから訓練を続けろと言われた。
今はアリスが魔法の訓練を受ける日に、おまけで俺の魔法も見てもらっている。
俺が居ると魔法が無力化しちまうから、アリスが訓練受けてる時は専ら俺は街に買い出しだ。
俺が来る前、アリスは魔法の練習をサボりまくっていたらしい。今は俺に訓練を受けさせる為からか真面目にやっているようで、何故か俺が魔法の先生に感謝された。……その点に関しては、なんとシャーリン公爵も俺に感謝しているとか……。なんか怖えな。素直に喜べねえ。
魔法の先生曰く、アリスも闇の魔力を持っているから、俺の闇の魔力に共鳴して魔法の感度が爆上げされているんだそうだ。ただし、今は髪が短いせいで自分ではその力の変化が分かり辛いらしい。
相乗効果があるらしく、俺にも何らかの作用が出るだろうと言われた。
確かに……親父以外で闇の魔力の持ち主に出会ったのは初めてだ。
……同じ魔力とか……なんかちょっと照れるけどな。
今ではすっかりアリスに骨抜きにされている俺の妹、ヴィヴィ。あいつがあんなに他人に懐いているのは初めて見た。
ヴィヴィにしても、あのクラリスとかいう女にしても、初めて見たアリスを美少年だと思ったらしく、助けてもらった時に一瞬で恋に落ちたらしい。
だがすぐに女だと分かり落胆したそうだが、二人曰く『同性だということは障害にはならない』だそうで、マジでやめてくれと思う。
これ以上、増えてくれるなよ……頼むから。
そう、あの時ーーーー。ヴィヴィを助ける為に一人壇上に上がり、自ら髪を切ったアリス。
溢れた髪が宙に舞い上がり、煌めいた。
神々しいまでの彼女に、俺は見惚れた。
ーーーー天使。
俺の目の前に“天使”が舞い降りたと思った。
キラキラと舞い散る髪は、まるで天使の羽の瞬きのようだった。
そんな女、いるわけねえって思ってたのにな。
目の当たりにして、その存在を強く感じた。
アリスは間違いなく、俺の天使だ。
そう思った瞬間、俺の身体は勝手に動いていた。アリスを護る為に。
俺のこれからの人生は、アリスを護る為に使うと決めた。
アリスの為なら死ねる。
それが、アイツを一瞬でも疑っちまった俺のせめてもの贖罪だ……。否、それもいい訳か。
そうだ、俺は完全にイカレちまった。
ただ単純に、俺の心は全部アリスに持ってかれちまったんだ。
……これは恋か?
こんな感情、生まれて初めてだからよくわかんねえが、これが恋だというなら、恋するっつうのも悪くねえもんなんだなと思う。
いや、相手がアリスなら、俺の人生は……最高だな……と、思う。




