34 告白(3) ※リド目線
小さい頃から俺は人の悪意に晒され続けていて、物心ついた時には、目の前に居るそいつが自分にとって敵か味方かを瞬時に判別できるようになっていた。
主に俺を蔑むのは正妃の息子……つまりは王太子……つまりは俺の腹違いの兄と、その弟。それとその取り巻き達。
ああ、俺と政治的な繋がりで婚約した女も何故か俺を罵った。もう、よく顔も名前も覚えていない女。
その女は俺より三つ歳上で、初めて会ったのは俺が五歳で向こうが八歳の時。……今のアリスと同じ歳だな。
“天使”と噂されていたその女は、その微笑みがまるで天使のように愛らしいと評判だった。
俺も実際にその“天使”に会うまでは、どんな女が来るのか想像しては、少し浮き足立っていたかもしれない。
だがその女は、いかにも貴族の女らしかった。そいつは瞬時に自分に益があるか否かを判別し、自分に益のない者の前では、その評判の笑顔一つ見せやしない奴だった。
当然俺のような者の前では、嫌悪を剥き出しにしてその顔を歪ませた。
『……私は生贄なのよ。本当なら第一王子の婚約者になる筈だった私が、お前みたいな下賎な女の腹から生まれた化け物に嫁がされるなんて……ッ!』
感情も露わに、その女は初対面の俺にそう言い放った。
『お前なんかに純潔を散らされるなんて絶対に嫌! 私は成人までにお前以外の男と必ず契りを交わすわ!』
その時は女の言っていることが分からず、気のふれた奴だとしか思わなかったが……。後々調べてみてわかったのは、俺が魔王として覚醒する為には、成人を過ぎた女の純潔が必要だということだった。
逆に言えば俺は、成人……つまり十六歳を過ぎても処女の女と性交っちまうと、魔王になってしまうということだ。
この世界、成人を過ぎて処女なんて女はほとんどいない。皆無だ。
あの女が言っていたことはだいたい当たっていた。
親父である国王が、俺を魔王にしてからも手駒として飼い慣らす為に、有難くも“天使”と名高い女を俺に充てがったというわけだ。
“天使”に堕ちて骨抜きにされれば、大人しく従うとでも思ったのか……。
国王の誤算は充てがった女が天使でもなんでもなくただのアバズレだったということと、自分の使命も役割も理解できず、計算や演技もできない、ただの我が儘なお子様だったということだ。
俺の母親は貴族ではなく、国民に人気の踊り子だった。
ログワーズ王国の国王には、正妃の他に側室が何人も居て、更に愛妾が何百人と居た。俺の母親もその愛妾の中の一人。
ログワーズの男……否、男も女も皆、性欲が非常に強く多情な性質で、一般的にも一夫多妻が殆どだ。
何故かと言えば、ログワーズの民は、性交してもなかなか子どもができにくい民族だからだろう。
国王の子どもも正妃に一人、側室に一人しかできず、愛妾が何百人も居たにもかかわらず、愛妾から生まれたのは俺と妹の二人だけだった。
俺は度々王太子や第二王子の虫の居所の悪い時に呼び出され、酷い蔑みと共に謂れのない暴力を受けた。
『この化け物! お前なんか生まれてこなければ良かったんだ!』
俺が逆らえば妹にそれが向くと脅されれば、俺は耐えるしかなかった。
剣術でも学問でも、俺があいつらに劣っているところなどない。ただ母親の身分が低いというだけ。
そして、この魔王の目。
どうして俺だけがこんな異形で生まれてしまったのか。
常に身体の中に渦巻く、自分でも持て余してしまう膨大で凶悪な魔力。
俺はいつか、間違いなくこの力に喰われるだろう。
それならそれでいい。
俺はいつか魔王になって、この虫ケラのような奴等を跡形も無く消し去ってやる。
だがある日ーーーー。
いつも通り王太子達の暴力に耐えていた時だった。
『化け物、そういえばこの間お前の母親の舞を見たぞ。父上がもう飽きたと言って、熱した鉄板の上で裸足で踊らせていてな。焼け死ぬまで狂ったように踊っていて愉快だった』
王太子のその言葉の後、俺は意識を失った。
全身の倦怠感で目覚めた俺が目にしたのは、王太子達を庇ったのであろう魔術師や騎士達の、身体がバラバラになった死体。辺り一面血の海だった。
自分の身体も血塗れで、指一本動かせなかった。
物心ついてからは初めての、魔力の暴走だった。
そうして俺はその日以来、危険人物として離宮とは名ばかりの牢獄に軟禁された。
だが人生、何が起こるかわからない。俺は王族でありながら、離宮に居た為に国を乗っ取られても生き永らえた。
俺は生きてやる。
生きて生きて、俺を嘲笑って死んでいった奴等を見返してやる。
国を追われてから四年。
生きる為になんでもやった。
身体も売った。
汚ねえことも、殺しも、なんでも。
俺は薄汚れた。
そんな俺だから、まるで惹き合うかのように、この世で最も薄汚ねえ場所に辿り着いた。
ーーーー俺の人生は詰んだ。
シャーリン公爵に買われて、初めてこの屋敷でその本人に会った時、俺はそう思った。
間違いなく敵だ。瞬時にそう理解した。それも最大級にヤバイ敵だ。
そして、その娘。
こいつも間違いなく敵だった。目がイッちまってやがる。
俺の目玉をスプーンでくり抜くとか言い出した。正気の沙汰じゃねえ。




