33 告白(2) ※リド目線
アリスはちょっと頬を膨らませて「ふざけてないもん……」と小声で呟いた。
くっそ、可愛いじゃねぇかよ。
だが、俺は態と低い声を出して言ってやった。
「お嬢、てめえはどんだけ周りに心配かけてるのか、わかってんのか?」
「うっ! ……それは……ごめんなさい……」
消え入りそうな声でそう言うと、シュンと項垂れてしまったアリスに、スッと近付く背の高い男の影。
その男は優しくアリスの頭を撫でた。
「取りあえず“元王女は公爵家で快適に過ごしている”くらいの噂を流して貰うのはどうですか? もうこれ以上、私の大事な脚が傷つくのは見たくありませんからね」
「私の脚は私のものですから。変なこと言わないでアルフレッド」
「変なのはアリス様です。私に黙ってこっそり踵に錘を入れるなんて! こんなに美しい脚が腫れてしまって! ああ! おいたわしい!」
ゴッ!!
「お触り禁止ですわ。アルフレッド」
跪いてアリスの右足首を掴んで撫でたアルフレッドの頭に、アリスは左足で踵落としをくらわせた。
危ねえ。
アリスがやらなかったら、俺が危うくアルの脳天に魔剣ぶっ放しちまうとこだった。
……とは言え、実は今のところ俺の腕もアリスの脚同様使いもんにならねえ。
魔剣撃ったあと、利き腕が持ってかれた。どうやら脱臼しちまったようで、今もまだ少し違和感がある。
……鍛えねえとダメだな……。
「変な噂が流れてしまうのは、私の力量不足ですわね……。ごめんなさい。クラリスちゃんは早めに、どこか身元のしっかりした貴族の養子に出してあげたいと思っているの」
「えっ!? わたしずっとアリス様のお傍に居たいです!」
「ダメよ。クラリスちゃんは王太子妃になるお人なのだから。……できれば侯爵家以上が良いのよね。ムダ筋の家って、確か侯爵家だったわよね」
「はあ!?」
今度はトーリが素っ頓狂な声を上げて立ち上がった。
「貴様は何を頓珍漢な事を言い出してるんだ!? 王太子妃はお前だろう!?」
「ふふ、トーリ。殿下とクラリスちゃんには運命の出逢いが待っているのよ。殿下とクラリスちゃんは出逢ったとたん、お互いに一目惚れするの」
「一目惚れだと!?」
「アリス様! わたしがお慕いしているのはアリス様で、殿下に一目惚れなんて絶対にしません!」
「まあまあ。今はそう言っていても恋っていうものはするものじゃなく“落ちる”ものだから」
ふふふ……とアリスが可愛らしく笑った。
おいおい。
一目惚れも何も、その当人らが恋に落ちるどころか、お前の言葉に気落ちしてるぞ。特に男の方が。
アリスは優雅に紅茶を飲み、それからゆっくりとカップをテーブルに置いた。するとアリスからフッと笑みが消え、急に真剣な顔つきに変わった。
「……さっきのクラリスちゃんの質問なのだけど……言っていいかしら? 実は私気づいてしまったの。ジークフリート殿下にそっくりなトーリがいったい何者なのか……」
アリスが項垂れているトーリに目を向けると、トーリも顔を上げアリスを見つめる。その目の奥がギラリと光った。
……アリスもようやく気付いたのかよ。
そうだ。気付かない方がどうかしてる。顔といいあの偉そうな態度といい、最初からバレバレだったけどな。
「……アリスお前……俺が誰なのか……わかっていたのか」
「ええ。これは私の憶測ですけれど。トーリ貴方は…………ジークフリート殿下の生き別れた双子の兄弟ではなくって?」
……わかってなかったか。
思考がかなり斜め上を行き過ぎて、頭が追いつかねえ。双子だと? ほら、トーリも開いた口が塞がってねえぞ。
「…………………なんだと?」
「よくありますでしょ? “双子は禁忌”とかって。生まれてすぐに里子に出されて、今は殿下の影武者として動いている……とか。どう? 当たった?」
この見事なドヤ顔……。
アリスの残念脳が俺のせいだと思うと、本当に申し訳ない。責任を感じずにはいられない。
「当たっていません。確かに、大昔はその様な因習もあったようですが、この現代で双子だから不吉などというのはナンセンスですよ。トーリは殿下と双子ではありません」
絶句しているトーリの代わりに、アルが丁寧に答えた。
「影武者……?」
「ではありません」
「それでは、やっぱりただの他人の空似なのですね。……まあ、私は実際ジークフリート殿下にお会いしたことはないのですけれど」
「え? アリス様、ジークフリート殿下にお会いしたことないのですか? 婚約者なのに?」
クラリスが食いつき気味に身を乗り出す。アリスに問いかけながらも、チラリとトーリを横目で見ながら。
それは俺も気になるところだ。
つまりアリスに名を隠したままにして、未来の妃を吟味してるってことか?
「ええ。私、名ばかりの婚約者ですし……。たぶんこのままお会いすることなく婚約破棄されると思います」
「そんなことはない!!」
今の今まで呆然としていたトーリが、急にダンッとテーブルに両手をついて立ち上がった。
「アリスに殿下から招待状を預かってきた。誕生日の茶会だが、正式なものだ。殿下はそこでお前との婚約を正式に発表するだろう」
「誕生日の……茶会の招待状……? こんな時に……?」
アリスは絶望したような顔つきで立ち上がり、よろめいてテーブルに手をついた。何やら様子がおかしい。
「おい、お嬢? どうした?」
「トーリ……アルフレッド……もしかして殿下は、私のこの髪のことを……ご存知なのかしら?」
トーリとアルが、ハッとした表情になり青褪める。
「……ご存知です」
「…………やっぱり……」
アリスは片手で顔を覆うと、ハァーと重い溜息を吐き出した。
「殿下はこんな頭の私を表舞台に出して皆で私を笑い者にするつもりなのだわ」
……おお。そうきたか。
「なッ……!? 違うぞアリス! 俺……殿下はそんなことは考えていない! たまたまだ!」
「こんなにタイミング良く誕生日の茶会にお呼ばれするなんて、そうとしか考えられませんわ! 今まで一度もお誕生会に呼ばれたことがない私が、このタイミングで呼ばれるなんて! はっ!? もしやそこで正式に婚約破棄を言い渡されるんじゃ……!?」
アリスは頭を抱えながら、その場をウロウロと回りだした。
「婚約破棄は良いとしても、それがお父様にバレたら、私の自我の危機ですわ……まずい……非常にまずい……」
回りながらブツブツ言う様は、結構猟奇的だ。
クラリスとヴィヴィが、アリスを落ち着かせる為に椅子に座らせ、背中をゆっくり撫でた。
「殿下の誕生会にお呼ばれされるのは初めてなのですか?」
クラリスが優しく問い掛けるが、それはまた逆効果になったようだった。
アリスの息が荒くなる。
「そうなの……毎年呼ばれず、昨年などは態と一日遅れの日付の間違った招待状が届いたり……殿下は私にお会いしたくないのだと理解したけど……」
……そりゃ完全に殿下が悪いな。
こんなに怯えて可哀想な程だ。
「茶会なんて行くことねえよ。具合悪いとか理由つけて断っちまえ。そんな最低男の茶会なんてな」
態と強調して言ってやる。
トーリの方をチラリと見ると、グッと拳を握り締めて苦しげな表情をしていた。
どうせあれだろ?
噂だけで避けていたアリスが、実際会ってみたら魅力的な女だった……いや、すでに惚れちまったんだろ? 俺みたいに。
誰かに盗られる前に、自分のモノだと知らしめておきたかったから焦ったんだ。
俺みたいな不安要素も居るしな。
だが、残念だったな。俺はもう、アリスを誰かに譲るつもりはねえ。
……アリスは俺の女だ。
俺はアリスの隣りに座ると、アリスの肩に手を置いてその瞳を覗き込んだ。
綺麗だな……と思う。
こんな綺麗なものを、俺は知らない。
「どうしようリド。行きたくないけど、行かなくちゃ」
「……じゃあ、その髪をなんとかするしかねえな。……ジャンヌにでも聞きに行くか?」
落ち着きを取り戻したアリスが、コクンと頷く。素直なコイツも妙だが……可愛いな。
「あ、でも、今日は午後一でガイが剣の稽古つけてくれるって。リドも一緒に行こう」
俺の手を取り、アリスがにこりと微笑む。
あー……やべえな。くそ。
俺が幸せを噛み締めていると、目の端に悔しそうに唇を噛んでワナワナと震えているトーリとアルと、何故かクラリスの姿が入ってきた。
俺はあえて見えない振りをして、アリスの髪の先端を摘んだ。
「……俺は短いのも可愛いと思うけどな」
そう言ってやると、アリスは照れたようにはにかんだ。




