31 救出してしまいましょう(6)
パニック映画の主人公になったような気分だ。
正体を無くした男達が、亡者のようにユラユラと舞台の方にやって来る……。
私の髪の毛を求めて!!
怖ぁーーい!!
舞台に上がってきた奴をもう一度撃退しようと、私は再び脚を上げようとしたーーーーが。
あ、上がらない……ッ!?
脚を上げようとしたけれど、足首の辺りに激痛が走り、歩くのはおろか立っているのも辛い程だ。
やってしまった……。
流石、全然鍛えてない私の脚……。弱っ!!
「ごめんなさい。ヴィヴィ。助けに来たつもりが、変なことに巻き込んでしまって。私は足手纏いになりそうだから、貴女だけでもリディアのところに逃げてちょうだい……」
そうヴィヴィに告げた時ーーーーヒュッという風を切るような音がした。
ーーーー瞬間。
ダンッ!!!
ーーーーと、壇上に物が落ちたような、物凄く大きな音がして、私は足元に落としていた視線を上げる。
すると目の前で私を守るように立つリドが、視界に入った。
「リ、リド!?」
嘘!? 今、一番後ろの席から壇上まで跳んで来たよね!? かなりの距離と高さがあるのに!?
するとリドは錆び錆びの伝説の剣を抜き、舞台に上がって来ようとする男達に牽制するかのように剣先を向けた。
「これは俺の女だ。汚え手で気安く触んじゃねえ!」
「リ、リド!!」
助けに来てくれたの? 私が呼んだから?
私は少しの心強さを覚え、同時に不安に襲われる。
「リド、ヴィヴィを連れて逃げなさい! 早く!」
案の定、リドの登場に一瞬怯んだ男達も、その姿を見て再びこちらに向かって来た。
「これはこれは。美少女の登場かと思いきや美少年でしたか」
「そんな錆びた剣で人が切れると思うかね?」
「坊や、アリス嬢をこちらに渡した方が身の為だ」
「ブッ殺すぞクソジジィ共」
そんな彼らに、リドは侮蔑の視線を向け、私に背を向けたまま話し出した。
「聞け! アリス!」
「は、はい!?」
急に名前を呼ばれ、私は驚いて背筋を伸ばしてリドの背中を見つめた。
「……俺は、お前を信じると言ったくせに、お前を信じきれずに疑っちまった。お前は“信じていい”、“絶対に裏切らない”と言ってくれたのに」
リドの声に後悔の色が混じる。
「いいのよ。ちゃんと話さなかった私も悪いし! 急にクラリスちゃんを落札しちゃって不安にさせたわよね」
「いや! それでも俺は、お前を信じるべきだった。何もできず、全てをお前に委ねていながら、手を離されることを恐れてた。俺はどうしようもねえクソ野郎だ」
リドは“伝説の剣”を構え、決意を込めた声で叫んだ。
「俺は、もう二度とアリスを疑わねえ! どんなことがあってもお前を信じると決めた!」
伝説の剣が、リドの叫びに呼応するように淡く光り始め、私は息を飲む。
まさか……まさか……ッ!!
「お前が信じるなら、俺も信じる! 俺は撃つ! 俺は撃てる!! お前の期待に応えてみせる!!」
リドの背中が、ゆらりと蜃気楼のようなものに包まれ歪んだ。
リドの背中から熱気が……ッ!? 熱い!!
「だからこれは、俺の決意の証だ!! アリス!!」
そうリドが叫んだ瞬間ーーーー。
錆びていた筈の剣が眩いほどに輝き、そして真っ黒い炎に包まれた。
「うおおおおおーーー!!!」
気合いの入った力強い咆哮と共に、リドは構えた剣を振り上げる。
リドの持つ剣に渦巻いていた黒炎は、その姿を巨大な竜に変えて、まるで天に昇る黒竜の如く頭上へと解き放たれた。
ーーーー熱いッ!!
熱風が吹き上がり、私は立っていられず尻餅をつきリドを見上げる。
巨大な黒竜は一本の火柱のようになり、屋敷の天井を突き破って屋根を消滅させると、雲を割って空の彼方へ消えていった。
リドは剣を振り翳したまま、舞台の真ん中に立っていた。
「リ……リド……ッ!!」
リドの足元は黒く焦げていて、プスプスと火が燻っているような音がする。
リドは無事なの!?
私はリドに駆け寄りたかったけれど、驚きで腰が抜けてしまったかのように身体が動かなかった。
じっとリドの背中を見つめる。その背中は浅い息を繰り返して上下していた。うっすらと湯気のようなものが立ち上っている。
「リド……?」
私の不安な声が聞こえたのか、リドはゆっくり私の方に振り返った。
あ……。
笑顔……。
清々しいほどのリドの笑顔に、私の心臓が突然早鐘を鳴らし始める。
「魔剣撃ったぞ、アリス。お前の為に」
き、きゃああーーーー!!
どうしよう! 顔が熱い! どうしよう!
絶対に顔が赤くなっているのを意識しながら、私も満面の笑みを浮かべてみせた。
「すごく、すごく、すごーーくカッコよかった!」
興奮の為か、リドの頬も上気して赤くなっている。
リドは私に手を差し伸べてくれ、私はその手を取って立ち上がった。
「痛ッ!」
しまった!
そういえば私、足首負傷してたんだ!
私は足首の痛みに顔を歪め、よろけてリドの胸の中に倒れ込んでしまった。
そんな私をリドはガッチリと抱きとめて肩を抱いてくれた。
私の心臓の音……聞こえちゃわないかな?
リドの心臓も、凄くドキドキしてるけど……。
リドの左目を覗き込むと、リドも私の瞳をじっと見つめていて、パチリと視線が交わった。
すると、リドは慌てたように目線を外した。そして私の髪を求めていた男達の方に向き直ると、再び彼等に“伝説の剣”の剣先を突きつけた。
男達は、魔剣の威力に慄いて、私と同じように尻餅をついている。
「……てめえら、俺の魔剣を土手っ腹にぶっ放されたくなかったら、アリスの事は諦めて、とっとと此処から失せろ」
「ひ、ひぃぃぃーー!!」
男達は腰を抜かしたまま、あわあわと後ずさって行った。
その時ーーーーバンッと乱暴にホールの扉が開け放たれたかと思うと、外から蒼い鎧を身に付けた屈強な騎士達がわらわらとホール内に進入してきた。
「我らはジークフリート殿下の近衛騎士団【蒼竜の騎士団】だ! 此処で奴隷取り引きが行われているという情報を得て来たが、怪しい竜の火柱が立つのが見えて突入してきた!」
先頭の騎士が名乗りを上げると、後ろの騎士達が「おおおー!!」と鬨の声を上げた。雄叫びは地響きのように屋敷中に響き渡る。そして騎士達は逃げ回る貴族を次々と捕まえ拘束していった。
私が唖然としてその光景を見ていると、一人の騎士がこちらに向かってきた。その騎士は私達の前に立つと、兜を取って脇に抱えた。その兜の下から現れたのは、なんとガイ・ライオネル・カーライルだった。
「おう坊主! 無事でよかった! 隣りにいるのが友達の妹さんか? べっぴんさんだなぁ」
「ム、ムダ筋!! じゃなかった……ガイ!?」
「なんでアンタがここに……?」
リドが怪訝な声で話しかけると、ガイは私のざんばら髪の頭を片手で掴んでわしわしと撫でた。
「ブルースに喝入れられてな。ハッとしてよ。お前の話を思い出して王都に行って騎士団に掛け合ってみたら、ジークフリート王子があっさりと騎士団ごと手を貸してくれたんだ」
「触んな」
リドが不機嫌な声を出して私をガイから引き離した。
そんなリドを見て、ガイはニッと白い歯を見せて笑いながらリドの背中をバンバンと叩いた。
「見たぞ! お前か? あれ撃ったのは。凄いなお前、魔剣だろ? あれ。今度撃ち方教えてくれよ!」
リドはチラリと私を見た後、はにかんで呟いた。
「教えることなんてねぇよ……ただ、“考えるな”」
「“感じろ”!」
私が間髪入れずに答える。そうして、私達は見つめ合いながら笑った。
私達は無事に保護され、クラリスちゃんとヴィヴィちゃんが我が家にやってきた。
めでたしめでたし! ……といきたいところだが、問題は山積みのまま。
今回の事件をきっかけに、港町ラグの奴隷市場は閉鎖され、あの洋館は本当に演劇場となることに。
そして、ある噂がまことしやかに流れた。
シャーリン公爵令嬢アリスは、十億ゼニーで元ログワーズ王国王女を落札した……と。
またシャーリン家の黒歴史に、シャーリン公爵令嬢アリスここにあり! と、刻みつけ、悪名を轟かせてしまったのはーーーー言うまでもない。
真実はいつも闇の中……。
私は……というと、そんな噂が立っているとはつゆ知らず。
リドに対する気持ちが何なのかよくわからず、気持ちを持て余しては、モヤモヤとしている日々が続き……。
しかし、認めざるを得ないだろう。
この気持ちは……多分……。
「やっぱりそうかな。そうよね、多分。そうか私……リドのこと…………」
この気持ちに名前をつけるなら、それは多分……『恋』……であろうということを。




