30 救出してしまいましょう(5)
流石にメインの王女様だ。
どんどんと値がつり上がっていく。
私が一度もコールしないまま、ヴィヴィの値段は六千万ゼニーまで上がってしまった。
私の所持金は三千万ゼニー。ジャンヌから借りたお金が六千万ゼニー。
「さあ、六千万ゼニーが出ました! 他にいませんか?」
「七千万ゼニー!」
私の初めてのコール。
初めてのコールが、すでに元々持ってた所持金全てなんて。トーリの言ってた通りだったわね。三千五百万じゃ、クラリスちゃんすら落札できなかった。
「八千万ゼニー! ブヒッ!」
豚が更に高値をつけた。
「きゅ……九千万ゼニー!」
私は、全財産をコールする。
どうしよう。ここまで値が上がるなんて。もう、これ以上は無理だわ。……お願い! もう誰も入札しないで!
私は祈るような気持ちで辺りを見渡すと、前方の豚男爵が項垂れている姿が目に入ってきた。
か、勝った!?
「九千万ゼニー出ました! さあ、もういませんか? いなければ九千万ゼニーで……」
司会者が私の勝利を告げようとした瞬間、私の目の端に黒いマントを羽織った男が手を上げているのが映った。
「二億」
その男は静かにそう告げた。
「に、二億……? 嘘でしょう……」
もし、クラリスちゃんを見捨てて手元に四千万ゼニーあったとしても、とても手が届かない金額だ。
私は愕然としてジャンヌを見た。
「彼は誰ですの? やはり貴族? 二億なんて、そんな」
ジャンヌが、私たちとは離れた場所に座るその黒いマントを羽織った男を見て驚愕に目を見開いた。
「ヤバイわ……アイツは貴族より、もっと厄介よ。裏社会のボスみたいな奴。隣国の王族とも繋がってるって噂があるわ。あんな奴に落札されたら……」
私はその男を見た。
短めの黒髪を後ろに流し、黒マントを纏う、まるで悪魔のような姿。
確かに、堅気とは思えない凄味のようなものを感じる。それは、顔の左半分に走る抉られたような傷痕のせいかもしれないが。
ずっと前を向いていたその男が、ゆっくりとこちらの方に顔を向けた。
遠目に、彼が笑っているように見えるのは気のせいだろうか。それはまるで、私を挑発しているかのようでーーーー。
「二億! 二億が出ました! さあ、もう出ませんか? それでは、二億で……」
私は立ち上がり、手を高々と掲げながら言い放った。
「十億ゼニー」
会場内がざわつく。
司会者も唖然として言葉を失った。
隣に座るリドとジャンヌ、クラリスちゃんまでがポカンと私を見る。
「は、はぁーー!? 十億!?」
リドも立ち上がって私を見た。目線が同じ高さになる。真っ赤なルビーのような大きな左目が、驚きと困惑に揺れているのがわかった。
「じゅ、十億出ました! 十億以上出ますか?」
司会者が周りを見渡す。黒尽くめの男の方を見ると、男は静かに首を横に振った。
勝った!!!
「では! ログワーズ王国元王女、ヴィヴィアン・スカーレット・シュナイダーは十億で落札されました! 落札された方! 十億を持って壇上へ」
「どうすんだよ!? 十億なんてないだろ!?」
「ちょっとアリスちゃん!?」
「ジャンヌ、ちょっとこれ貸してね」
私はジャンヌから毛皮のケープを借り、それを持って再び壇上へと颯爽と歩いて行った。
壇上へ上がると、司会者は不審の目を私に向けてきた。
「おや? 坊や。お金を持っていないようだけど……?」
「慌てないで」
私は一言そう言ってヴィヴィの方に近づくと、彼女の肩にフワリと毛皮のケープを掛けた。
「はじめまして、ヴィヴィ。貴女を助けに来たわ」
「え……?」
驚きに揺れるルビーの瞳は、まさしくリドと同じだった。私は思わずフフ……と微笑む。
そして、ヴィヴィを隠すように一歩前に出て、舞台から客席を見渡した。
覚悟は決めたはずよ。私。
大丈夫。やれる……ッ!
私は被っていたキャスケットを脱いで、軽く頭を振った。
押し込んでいた薄桃色金髪が緩やかに滑り落ちる。それは扇のように広がって腰の辺りにフワリと落ちた。
客席から、おおっ……と、感嘆の声が上がった。
「私はシャーリン公爵家令嬢、アリス・ローズ・シャーリン。この髪と、この瞳の色がその証拠になるはず」
声を張って、挑むようにそう言った。
そして、懐に隠し持っていたナイフを取り出して右手に持ち、左手で流れるような髪を束ねて持った。
「この世に二人といないこの薄桃色金髪。生まれてから一度も刃を入れていない、この髪。ある者は一房で二億ゼニー出すと言いました」
私は髪を持ち上げると、耳横から髪に向かって思い切りナイフを入れた。
ザクッ…………
左手を高々と掲げると、何本かの髪がハラハラと宙に舞い上がり、灯りを反射してキラキラ輝いた。
さようなら……私の八年間の髪……。
私は髪の束を握った左手を目前に突き出した。
「これだけあれば、十億ゼニーにはなるでしょう」
そう言って、私は司会者の方を向く。司会者はポカンと惚けたようにこちらを見ていたが、ハッと我に返って私に駆け寄り、髪を受け取った。
「も、勿論! 勿論です! こんな貴重な品、十億以上の価値がありますよ! た、確かに十億ゼニーいただきました! 落札おめでとうございます」
よ……よかったぁ……ッ!
現金じゃなきゃダメとか言われなくてー!
私はほうっと安堵のため息を吐いてヴィヴィに駆け寄った。
ヴィヴィは驚きに目を見開いたままだ。小さく震えている。
「……貴女……いいの? わたくしの為に……そんな頭……貴女、公爵令嬢なのでしょう?」
私は彼女を安心させるように何でもないことのように笑って見せた。
「私は大丈夫なの。髪はまた伸びるしね。さあ、行きましょう。リディアが待ってるわ」
「え? 兄様が!?」
私はコクリと頷いてヴィヴィの手を取った。
その時ーーーー。
客席から貴族然とした初老の男がふらりと壇上へと上がってきた。そして徐ろに床に這い蹲る。どうやらその男は、床に落ちた私の髪を探しているようだ。だが見つからなかったのか、こちらに向かってきたかと思うと、いきなり私の足元にしがみついた。
「きゃっ!! ちょっ!? え? 貴方なに!?」
「う、美しい……なんて美しい髪だ! 頼む! 一房……いや、一本でもいい! 前髪でもいい! わしに売ってくれ!!」
「い、嫌ですわ!!」
私が狼狽えていると、客席が急にザワザワと騒がしくなった。
「本当に美しい……シャーリン公爵令嬢といえば、闇の魔力が宿る髪だ」
「欲しい……ッ!」
「主催者側は貰いすぎじゃないかね。十億ゼニー以上のものは、この場で売るべきだ」
「わしも、床に落ちたものでもいい! 欲しい!」
「なんて美しいんだ!!」
会場中の人達の視線が私へと集まる。
最初の初老の男同様、舞台の方へ歩いて来る者もいる。
えっ? なんか、ちょっと……ヤバくない?
さっきは全然怖いなんて思わなかったのに、今は凄く……怖いッ!!
慌てて司会者の方を見ると、私の髪を持って、そろりそろりと舞台袖にはけようとしていた。
「ちょっと、待って! 事態を収拾してから帰って頂戴!」
私が司会者を追おうとした時、足元にしがみついていた男の手が這い上がり、私の横腹を撫でた。
「ひ……っ!?」
「……要は……シャーリン公爵にバレなければ君を拉致してもかまわないんだよね……」
「い、嫌ぁーーーーッ!! 助けてッ! リドーー!!!」
私は咄嗟にそう叫びながら、右脚を高々と振り上げる。
今こそ、特訓の成果を見せる時!!
ーーーーというか、私の靴の踵には特注で鉄が入っているのだ。
そんな踵をーーーー私は男の脳天に叩き落とした。
「ぐぎゃっ!!」
男は、蛙が潰れたような変な声を上げて床にうつ伏せでぶっ倒れた。
やった。
やってやったわ。
……殺ってたらどうしよう……。
必殺の踵落としは見事に決まったが、それを皮切りに、客席にいた人達が舞台の方に押し寄せてきた。




