2 どうやら転生してしまいました(2)
『えー。ダメだよ。こんな子滅多に手に入らないのに。それにね、滅茶苦茶暴れて大変だったんだから。禁魔石の手枷を嵌めてやっと大人しくさせたんだよ。姫には危険だな』
お父様は私を『姫』と呼ぶのよね。
『あら、大丈夫よ。私には魅了の魔法がありますもの。魔法をかけて言いなりにさせますわ』
この世界には、“魔法”が存在していて、魔力を持つ者ならば、最低でも一人に一つは、何かしらの魔法が使えるという設定になっている。
魔法は光、闇、火、風、土、水の六大要素からなり、その内のどれか一つに所属している。
因みに私の所属は闇。短い時間だけど人の心を惹きつけて操ることができるという魔法を持っている! ……けど、おかしいな……。
私がプレイしていた乙女ゲーム【恋の迷宮、愛の鳥籠】では、アリスは魔法が使えなかった。
その代わりに、他のどんな魔法も打ち消してしまうチートのようなものを持っていた筈だ……。
ふと、王太子ルートの悪役令嬢断罪イベントを思い出す。
アリスが攻略対象の王太子に剣で背中をぶった切られた時、光の要素を持つクラリスちゃんが癒しの魔法をかけてくれるも、どんな魔法も打ち消しちゃうアリスは癒しの魔法すらも跳ね除け、結局死んでしまう……というね!
ああ……。アリスの壮絶な死に様の一つを思い出して悲しくなってきた……。
辛い……。
アリスでいる事が辛い……。
しかし……敵に情けをかけてくれるなんて、クラリスちゃんホント天使だな……。
アリスとクラリス。名前はとても似ているのに、性格が真逆。
自信満々で言い放った私に、お父様は口の端を歪めて言った。
『姫、残念だけどそれも難しいな。この子ね、どんな魔法も跳ね返しちゃう能力があるみたいなんだよ。でもこの子自身は魔力が半端なく強くて抑えきれないみたいで魔法使えるんだよね。デタラメだよねぇ』
おかしいですわね。その能力とやらは、本来なら私が持っているものだった筈なのに……。
転生して状況が少し変わってしまったのか……はたまた、私がまだプレイしていない続編で設定が変更されたのか……。
何はともあれ、そんなかなり危険極まりない話をされても、危機管理能力が全くなっていなかった前世の記憶を取り戻す前の私は、『この子が欲しい!』と、ごねにごねたのだ。
禁魔石の手枷を嵌められてしまうなんて、そうとうヤバイ魔力の持ち主というのは確定済みなのに!
『お父様、一週間前に連れて来た奴隷の子はどうなさいましたの? その子で遊ばれたらよろしいのに』
『ああ……あの子はもうすでに処分しちゃったよ。新しい毒を試したらアッサリね』
『ずるいですわ! お父様ばっかり! 私だって新しいオモチャが欲しい!』
『んーもー……しょーがないなぁ姫は……』
そんなような物騒な話を横で聞かされていた男の子の顔色は、どんどん青褪めていっていた。
……およそ人間のする会話ではないよね。
外道だ外道。
ごねにごねた結果、手枷を外さないという約束で、アリスはその奴隷の男の子をゲットしたのだった。
こうやって我が儘が全部通っちゃうからアリスの性格がひん曲がっちゃったのよ。
男の子は私の部屋に連れて行かれ、密室に二人きり。
そうして私は、しげしげと彼の観察を始めた。
本当に美しい男の子だった。
いや、男の子というより女の子のような顔立ち。
特に金色の瞳が綺麗で、私はあろう事かアクセサリーのように持ち歩きたいなどと考えたのだ。
『ねぇお前。ずっと黙ってるけどお前は喋れるの?』
そう尋ねた私を、彼は黙ったまま睨んだ。
手負いの獣の様な眼で。
『まぁ、喋らないならそれでもいいわ。私、いいこと思いついたから。さっきね、メイドにこれを持ってこさせたのよ』
そう言って私は、よく磨かれて銀色に光るスプーンを彼の眼前に翳した。
『これで、お前の目玉をくり抜くの! シャーベットみたいにね』
ほんとマジ、頭オカシイよアリス。
何言い出してんの?
私の歪んだ笑顔は、さぞ恐ろしかったに違いない。
そんな私を睨みつけながら、ボソリと彼は呟いた。
『……最悪だ。てめぇ糞だな。死ね……』
可憐な彼の唇から紡ぎ出されたとは思えない悪態が飛び出し、私は暫し呆然とした。
『え……? お前今……私に向かって“糞”と言ったの?』
そんな暴言を未だかつて吐かれたことのなかった私は、たったの一言だけで完全に頭に血が上ってしまった。
『許さない……許さないわ! お前の目玉だけじゃなく顔もグチャグチャにしてやる!』
私はスプーンを振り上げて、彼の顔めがけてそれを振り下ろす。
その瞬間ーーーー。
鳩尾辺りに急激な痛みを感じたと思ったら、私の身体は後方に吹っ飛んだ。
そしてチェストの角に後頭部を強打し、そのまま意識を失ってしまい……今に至る。
多分……私は彼に鳩尾を思いっきり蹴っ飛ばされたのだろう。
そして頭を強く打ち、気絶して、前世の記憶を取り戻したのだ。
彼は間違いなく、私の命の恩人だ。救世主だ。神だ。
このままシャーリン家もろとも没落していき、どのルートでも壮絶な死亡や陵辱エンドしか待っていない、この私を救ってくれた。
八歳……微妙に取り返しつかない事もあるけど、物語り開始の十六歳まではまだまだ時間ある!
何とか今から死亡や陵辱エンドを避けられる道を探せる筈!
そして私は、ベッドから起き上がった。
……はてさて。
私はどの位こうして眠っていたのかしら。
誰がベッドに寝かせてくれたの?
……私の命の恩人の男の子は何処?
私は嫌な予感がして、慌ててベッドから這い出した。
頭の後ろがまだズキズキと痛いから、あれからそんなに時間は経っていなさそうだ。
……早くあの子を探さなくちゃ。