28 救出してしまいましょう(3)
オークションが始まり、舞台上に次々と“商品”という名の奴隷達が上がって来ては、値を付けられ、連れられていく。
商品は老若男女様々で、中には人ではなく、魔獣と呼ばれるこの世のモノとは思えない生き物まで出てきて、私を驚かせた。
皆、一様に裸にされて首輪をつけられ、鎖や縄で体を拘束されて引き摺られている。
嬉々として値段を付けてオークションに参加している人達を見ているうちに、酷く気分が悪くなってきてしまった。
「……醜悪な空間ですわね…………これから、これに混じらなければならないなんて」
「……胸糞悪ぃよな……」
だが、周りの人間だけじゃない。
目の前で、自分くらいの子どもが醜悪な大人に買われていく様を黙って見ていなければいけないだけの無力な自分に、吐き気がした。
私は両膝に置いた拳を握りしめる。
すると、その手にスッとジャンヌが自分の手を重ねた。
「我慢よ。アリスちゃん。全部救う事なんて出来ないんだから。まずは、目の前の王女様の事だけ考えて」
「……わかってます……わかってますけど……我がシャーリン領内の事なのに、黙って見てるだけしか出来ないなんて……」
「……それが嫌なら、力つけるしかないでしょ? でも今はまだその力は無い。おわかり?」
私は下唇を噛んで頷いた。
悔しさに、鼻の奥がツーンと痛くなる。
「それにしても、酷いわね。魔獣なんて、居住区域には絶対に連れてきちゃダメな代物よ。違法よ違法」
「……魔獣なんて、初めて見ましたわ」
魔獣と言っても、秋田犬くらいの大きさなので怖いという感じではないのだが、自然界では聞いたことが無いような鳴き声と異形な姿に、不気味さを感じる。
【迷鳥】にも、“魔物”の話はよく出てきたのを思い出す。“魔”に属するモノの総称を“魔物”というのかな。獣の形をしているから“魔獣”?
古文書でも魔王が魔獣を率いて人間を襲ったと記されていましたっけ。
「あら。アリスちゃんのお父様なら、魔獣の一匹や二匹、屋敷の中で飼ってそうだけどねぇ」
「……やめて、ジャンヌ。あり得そうな話で笑えませんわ」
ーーーー突然。
舞台上から「いやーー!」という女性の叫び声が聞こえ、ハッとして舞台を見た。
そこには成人女性の髪を引っ張って引き摺り「お前は買われたんだ! 大人しくしろ!」などと罵声を浴びせながら舞台を降りていく男の姿があった。
「……最低ですわ……もう……我慢の……限界……ッ……!」
私は拳を握り締め、俯いてワナワナと体を震わせた。
「ダメよ! アリスちゃん。もう少しだから! ほら、司会があと残り二つって言ってるわ。あと一人我慢したら、いよいよ王女様とご対面よ。耐えて!」
あと……一人……。
私はグッと身体と心を引き締めて、前を見据えた。
司会者が興奮したように、次の商品の紹介を始める。
「次は、庶民でありながら、王族にしか現れない“光”の属性の魔力を持つ、珍しい少女をご紹介します!」
…………え?
ドクンッ……と、急激に心臓が早鐘を打ち始める。
まるで、ドクドクと血液が逆流しているようだ。
「年齢は八歳。もちろん生娘です!」
……う、うそ…………。
首輪についた鎖を引っ張られ、前につんのめりながら舞台上に現れた少女に、私の目が釘付けになる。
赤みがかった茶色の髪に、焦茶色の瞳。不安に歪められた表情は、確かに見覚えがあった。
「…………嘘でしょう……?」
間違いない……ッ! 私の知っている姿よりずっと幼いけど、彼女は……ッ!!
「名はクラリス・リリー。さあ、最初は一万ゼニーから!」
ク、クラリスちゃんーーッ!?
なんで奴隷市場にいるのーーッ!?
私は思わず立ち上がって、舞台を食い入る様に見つめた。
ガタリッと座っていた椅子が倒れ、私のただならぬ様子に、両側に座っていたリドとジャンヌが何事かと目を瞠る。
「ど、どうしたの? アリスちゃん」
「? お嬢?」
なんでですの?
だって、クラリスちゃんは男爵令嬢で、庶民ではなかったはず……。
そう、確かクラリスちゃんの名前は、“クラリス・リリー・セヴァーン”……。
………………ん?
………………んん!?
セ、セ、セヴァーン……ッ!?
嫌な汗が背中を伝って落ちていくのを感じた時、前の席に座っていた豚男爵が「ブヒーーッ!!」と豚声を上げた。
「清純そうな処女きたぁーっ! 欲しい! ブフッ! 一万五千ゼニー!」
豚ぁーーッ! お前かぁーーーーッ!!
「二十万! ブフッ」
「二十五万!」
「三十万! ブッヒ」
クラリスちゃんの値は、どんどん上がっていく。
主に上げていくのは、あの豚男爵だ。
つまり、【迷鳥】でゲーム開始以前のクラリスちゃんは、奴隷市場であの豚男爵に買われて、セヴァーン男爵令嬢になったってこと?
でも絶対、あんな豚に買われて、幸せになれるとは思えない。
ゲーム開始の十六歳まで、地獄だよ……。
…………嫌だ。クラリスちゃんがあんな豚に買われちゃうなんて…………絶対、嫌ッ!!
「一千万ゼニー! ブヒッ!」
「一千万ゼニー! 一千万ゼニー出ました! 他にいませんか? ……では、一千万ゼニーで……」
「二千万ゼニー!!」
私は大きく手を上げて、叫んでいた。
「「えっ!?」」
私の両隣りで、驚きの声が上がる。
「な、何言ってんだ? お嬢!? 冗談ならやめろよ!?」
「どうしちゃったの? アリスちゃん! あの娘は王女様じゃないわよ?」
私は左右の二人を交互に見て、謝った。
「ごめんなさい。勝手な事して……。でも私、どうしても彼女を助けたいの。豚男爵に渡したくないの」
「……ッ!? なッ!?」
「ダメよ! ここでお金使い果したら、王女様落札できないわよ!?」
二人の突き刺さるような視線が痛い。
でも、どうしても、クラリスちゃんを助けたい。
彼女は、もう一人の私だから。
「に、二千五百万ゼニー! ブフッ!」
「三千万ゼニー!」
「さ!?…………三千五百万……ブッ」
「四千万ゼニー」
私のコールを最後に、豚が大人しくなった。
勝った……。
目の端に、信じられないものを見る様な目で私を見るリドの姿が入ってきていた。
「……なんでだよ…………」
その声は、絶望の色を帯びていた。




