27 救出してしまいましょう(2)
あまり眠れない内に陽が顔を出し、私とリドはまだ夜が明けきる前に馬車に乗って、港町ラグへと出発した。
私の格好は前と同様、下男のような上下に、髪はしっかりと纏めてキャスケットの中にしまっている。
まさか髪の色で人バレするとは思わなかったからね。念入りにね。
「ブルース復活だな」
馬車の中、向かい合わせに座ったリドが、私の格好を見て開口一番そう言って笑った。
「ええ。リドもちゃんと“伝説の剣”を帯剣してますわね。私もここに……七千万ゼニー持ってきましたから……怖い……大金過ぎて武者震いしますわ……」
私は両腕で自分の体を抱きしめると、ぶるりと一つ身震いした。
「……お嬢のことは、俺が命に代えても必ず護る。心配すんな」
震える私を見て、リドが優しげな瞳で呟いた。右眼には、ちゃんと猫の眼帯を着けてくれている。
不思議なことに、美少女っぷりは変わらないのに、私は昨日からリドのことを女の子のようだとは思わなくなっていた。もう私の目には、リドは男の子にしか見えない。
私、どうしちゃったんだろう……。
窓の方をぼんやり眺めていると、目に乱反射する波の煌めきが飛び込んできて、思わず身を乗り出して外を見る。
すると、潮の香りが漂ってきそうな程、眼前に海の蒼が広がっていて、私は「わぁ……」と感嘆の声を上げた。
「海だぁ……ッ! リド! ほら、海ですわ!」
興奮に声を荒げる私を見て、リドもフッと表情を和らげた。
「随分はしゃいでんなぁ。落ちるなよ」
呆れたような物言いだが、言葉の端からは優しさを感じる。私もリドに優しく笑いかけた。
「少し緊張が和らぎましたわ」
暫くすると、遠くの方に見えていた街並みが大きくなり、馬車がゆっくりと街の中に入って行った。
港町ラグは、他領や他国との貿易を行っていることもあり、シャーリン領の中でも割と豊かな方で賑わっている。
街行く人達の顔も明るい。
そんな中、影では人身売買や麻薬の取引などが行われているという、信じられない実態がある。
前世、ゲームで見聞きしただけでは、この広いラグの街の何処に奴隷市場があるのかわからなかったが、ジャンヌに聞いていたお陰で迷うことなくその場所に辿り着いた。
そこは外壁に囲まれ、重厚な鉄製の飾り門には数名の見張りが立ち、広い庭の向こうに大きなお屋敷が見えた。
その重厚な門を、豪奢な馬車が何台も入っていく。
表向きには貴族のお屋敷で舞踏会でも催されているような雰囲気だ。
門番へ馭者が招待状のような物を見せると、重々しく扉が開く。
私達は門から少し離れた所に馬車を停め、その様子を馬車の窓からこっそり眺めていた。
「……大変ですわ、リド。中に入るには、どうやら招待状のような許可証が必要みたい」
「……お嬢が名前明かしたら入れてくれんじゃねぇか? ……いや、その格好じゃ無理だな。信じてもらえるわけがねぇ」
私とリドがそんなやり取りをしていると、突然、窓の外にヒラヒラと招待状がはためいた。
「ほんと、無計画で無謀な事に人のこと巻き込まないでくれる? そんなこったろうと思って手に入れといたわよ。招待状」
「ジャンヌ!」
馬車の外には、光沢のある赤い生地に黒いレースで飾った精緻なドレスを纏い、毛皮のケープを羽織ったジャンヌが立っていた。黒い手袋をはめた手は、人差し指と中指に招待状を挟んで、それをヒラヒラと私達にチラつかせた。
私達は慌てて馬車を降りて、ジャンヌの前に立った。
真っ赤なドレスに輝く金髪が映えて、最高に似合ってますわ。ゴージャス美女ですわね、ジャンヌ。
「来てくれたのね! ジャンヌ」
「ハーイ。アリスちゃん。ご機嫌いかが?」
ジャンヌがニヤニヤしてそう聞いてきたので、私はすぐにそれがガマ蛙店主の事を言っていると気付き、気分が悪くなる。ジト目でジャンヌを見据えて、私は呪いの言葉のようにボソボソ呟いた。
「……本来ならば、その美しい二の腕にグーパンチをお見舞いしてあげるところですが、招待状に免じて不問に付しましょう……それと、今日の私もブルースと呼んで下さい」
心の師匠……今日も御名お借りします!
「わかったわ。それじゃ、行きますか」
私達はジャンヌの乗ってきた馬車の方に乗り込んだ。
ジャンヌが持ってきた招待状は本物のようで、疑われることもなく易々と中に入ることができた。
馬車はゆっくり庭の煉瓦作りの道をかけて屋敷へと近づいていく。庭の所々に趣味の悪い怪物の石像が置かれていて、それらは馬車の窓に現れては消えて行った。
屋敷の前で止まった馬車を降り、私はその豪奢な屋敷を見上げた。そこはまるでオペラの劇場のような外観だった。
「立ち止まってないで行くわよ」
「あ、ハイ!」
私は、カツカツとヒールを響かせて歩くジャンヌの後ろをヒョコヒョコとついて行った。
入った時に感じた印象は間違っておらず、玄関ホールを抜けて奥の意匠を凝らした扉を潜ると、そこにはダンスホールではなく、正に劇場が広がっていた。
そこは後ろの客席が高くなっていて、中央にある半円をした舞台を見下ろすような造りになっている。一番後ろの席から舞台までは、百メートル位あるだろうか。
舞台の後ろは巨大なカーテンがかかっているが、その後ろに舞台のセットでも隠されていて、本当にこれから芝居でも始まるのではないかという感じだ。
「酔狂なもの作るわよねぇ……金持ち貴族って」
「本当ですわね。……こんなもの作るなら、孤児院を建てたり寄付したりして欲しいものですわ」
特に席の指定はなく、私達は全てが見渡せる真ん中辺りの一番後ろの席に腰を下ろした。
会場を見渡すと、私達のような女性(実際は女性ではありませんが)や子どもの姿はほとんど無く、大体が仕立ての良さそうな格好をした中年のオジさんばかりだった。
「やはり今回の目玉は元王女ですかねぇ。元王子は今回は出品されないんですかねぇ」
「おや? 知らないんですか? どうやら行方不明になったとか何とか……」
「へぇ~それは残念だ。セットで欲しかったのに……ブフッ」
「またまたぁ。男には興味がないでしょう、貴方は」
「そうなんですけどね。今日は絶対新しい性奴隷を何人か買って帰るつもりなんですよ。清純な感じのを痛めつけながら犯るのがいいんですよねぇ。処女とかね。グヒヒ……王女で清純なら最高ですな……ブフッ」
私達の少し前の方に座った男性二人が、大きな声で下衆な話をしているのが嫌でも耳に入ってきた。
「……チッ……」
舌打ちをしたリドが、汚物を見るような目でその二人を見下ろしています。
本当に、クソですわ。クソ。
特に左の方。ブヒブヒ言って、外見も豚のよう。というか、もう豚にしか見えません。豚決定。
「ねぇジャンヌ。あの左側の豚……じゃなかった男性はお金持ちですの?」
私は隣に座っているジャンヌにコソコソと耳打ちした。
あんな豚野郎に、ヴィヴィちゃんは渡せませんわ。
「ああ、あの成金豚ね。あいつは金で男爵の地位を買った成り上がり野郎よ」
「……勝てるかしら……あの豚男爵だけには負けたくないんですの」
「アタシもよ。今夜は間違いなく元王女様がメインで最後に出てくるわ。パッと見たところ、あの豚野郎が一番金持ってるわね。悔しいけど。でも“何人か欲しい”って言ってたから、王女様の前に誰かを落札してくれたら勝てるわね。……あの豚野郎に買われる女の子は気の毒だけど」
本当に。女の敵……否、人類の敵ですわね。一応、敵の事も知っておかねばかしら?
「あの男爵のお名前は何とおっしゃるの?」
「あれの名前? セヴァーン男爵よ。……嫌だ、ファーストネーム忘れちゃった」
ふむふむ。セヴァーン男爵ですわね。……セヴァーン男爵……。何となく何処かで聞いたことがあるような。……気のせいかな?
その時、会場が一瞬静まり返り、舞台上に主催者が出てきたことを知る。
主催者は仮面舞踏会でつけるような怪しげな仮面をつけていて、表情すらわからない。
私は緊張に、ぎゅっと拳を握りしめた。




