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悪役令嬢は魔王様の花嫁希望  作者: 星 くらら
第一章 嫁ぎ先は魔王(仮)に決めました
24/88

23 先立つものは必要です(3)

 シャーリンの屋敷に着いてすぐ、私は令嬢らしいドレスに着替えるべく、自室に戻って侍女頭のオリビアを呼んだ。

 オリビアや他の侍女達も、もう以前のように(アリス)に対して必要以上に萎縮することなく接してくれるようになった。私からの威圧的な態度がなくなったからだろう。比較的友好な関係を築き始めていると思う。


「お忍びで王都に行くから、質素なドレスを選ぼうと思うの」


 私は笑顔でオリビアに語りかけながら、クローゼットの扉を開ける。


「質素なドレスでございますか!? アリス様、ドレスは私共が選びますので、お部屋でお待ち下さいませ」


「うん。でも急ぐから一緒に選ぶわ。…………あれ?」


 私はアルフレッドの部屋よりも遥かに広いクローゼットにズラリと掛けられているドレスを、端から端まで吟味して見ていく。

 だが…………………ない。ない、ない、ない! 質素なドレスなんて一枚もない……ッ!!


 私は愕然と立ち竦み、クローゼットの中心で「ない!」と叫んだ。

 どれもこれもド派手なドレスで、とてもお忍びには向かない。……ちょっと(アリス)よ……一枚もないってどういうことだ……。


「大変オリビア。質素なドレスがないわ」


「左様でございますか? こちらのドレスなどはいかがでしょう」


 オリビアが選んだのは、確かに色は落ち着いた濃紺だが、生地はかなり上等なものを使い、裾や襟元に幾重にもたっぷりとフリルをあしらった、これまたやはり派手なドレスだった。


「そうね……この中から選ぶならそれが一番質素かしら?」


 ……うん。私、質素がゲシュタルト崩壊してる。質素って何でしたっけ?

 折角オリビアが選んでくれたので、私はその濃紺のドレスを着ることにした。

 髪は半分結い上げてドレスと同じ色のリボンを飾り、残りの髪は流してもらう。

 鏡の中には、何処からどう見ても身分の高そうなお嬢様が映っていた。









「…………随分派手だな。お忍びじゃなかったのか?」


 支度を終え、王都に向かう馬車に乗り込んだ私を見て、向かいに座ったトーリは開口一番そう言ってきた。


「それについては、作戦変更です。シャーリン家の令嬢であることを前面に押し出していく方向でいくことにしました。リドも居ないことですし、魔法使いたい放題ですし、シャーリン家の悪名も使いたい放題なので、質屋を脅します! ふふふ……。なので、馬車も豪華なものにしました。もう質素な馬車でお尻痛くて辛いこともない!」


 私は片手でガッツポーズをしながら、口の端を上げて悪巧みの顔で笑った。だが、そんな私の顔を見てもトーリは引くことなく、寧ろ私よりも悪い顔で口の端を吊り上げてニヤリと笑った。


「ほほう。なるほど……シャーリン家令嬢の本領発揮というわけか。いや……本性か? ……お手並み拝見だな」


 そのトーリの顔がシャーリン家の悪役面に押し勝つ程の悪い顔で、逆に私の方が引いてしまった。私は、心の中で引き攣り笑いをしつつ、けれども表面的にはそれをおくびにも出さずに優しげに微笑んでみた。


「そんな顔をする所を見ると、どうやら何か私に思う所があるようですわね?」


「ああ。……何故リディアを置いていった? 俺と二人きりになったのは、何か思惑があるのか?」


 トーリは目を細め、鋭い疑いの眼差しを私に向けてくる。

 成る程……お疑いの眼差しを隠しもせずに……。ほんとに(アリス)信用ありませんわね。

 

「深い意味はありませんわ。……しいて言えば、リドは気にしないかもしれませんが、私がリドの妹さんを助ける為にお母様のネックレスを質に入れるのを、リドに知られたくなかったからです。負い目を感じて欲しくありませんから。あとは……質屋を脅す醜い私を見られたくなかったから? アルフレッドを置いてきたのは、あの屋敷にリドだけを置いておきたくないからです」


 お父様がどう動くかわかりませんからね。

 ……でも確かに、トーリに言われて考えてみましたが、私のこの思考って……我ながら謎ですわ。


「醜い姿を見られたくないだと? ……俺には見られてもいいのか?」


「ええ」


 私が即答すると、トーリはムッツリとして俯いて黙り込んでしまった。

 その拗ね具合は、何だかちょっと年相応という感じで、初めて少しだけトーリに対して好感が持てた気がする。


「…………トーリって謎よね……」


「……は? 何だ突然」


 私がトーリをしみじみと見つめると、トーリは少し戸惑った様子で腕を組んだ。


「トーリって、あんまり喋らないけど、喋ると毒舌で俺様だし。どっちかって言うと黒ですわよね」


「黒? 何がだ?」


「お腹の中が」


「…………そんな事、始めて言われたぞ」


 私の言葉が、さぞ心外だとでもいうように、トーリはむうっと眉間に皺を寄せた。

 ただ単に、トーリの周りに言ってくれる人が居ないだけでしょう。


「それを言うなら、お前の方が変わっているではないか。……王太子の婚約者になりたくないなどと。……それとも、王太子との縁談を蹴ってしまうほど、あのリディアとかいうのに惚れたのか? さっきから何かというと“リドが”とか“リドに”などと彼奴(あやつ)のことばかり……」


 なんだかまるで嫉妬してるような口振りに聞こえてしまうのは……気のせいよね。

 私じゃなくてジークフリート殿下の方が私を嫌いなんだって、前に言ったと思うけど。


「リドのことは好きだけど、それとジークフリート殿下とのことは関係ないわ。ジークフリート殿下には、私よりも相応しい運命のお相手がいらっしゃるから、その方とご結婚なさる時に婚約者(わたし)の存在が邪魔をしたら申し訳ないと思っているだけ」


「筆頭公爵令嬢のお前以上に相応しい相手などいるものか。……お前、本当は気付いているんだろう? ……俺に嫉妬させようと思っているのなら無駄だぞ」


 …………はい? 誰が? トーリが私に嫉妬? 何で?


「えーと……それはどういう……?」


 話が見えず、思わずポカンと口を開けてトーリを見つめてしまった。

 私のアホ面を見て目を瞠った後、トーリはコホンと一つ咳払いをした。


「王太子の肖像画を見たことがないのか?」


「え? ジークフリート殿下の肖像画? ……そういえば見たことないかも」


 嫌なことを思い出した。ジークフリート殿下の肖像画が欲しいとお父様に頼んで、後日届いた肖像画が、殿下の飼い犬のものだったのだ。今思えば、どんだけ殿下に嫌われてるのかって話だ。あの時の(アリス)は、『殿下ったらお茶目☆』くらいにしか思っていなかったが……。肖像画を見たこともなければ、殿下にも一度もお会いしたことがないので、現在のお顔は見たことがない。


「……殿下の飼い犬の肖像画なら拝見させていただいたことがありますけど。それが何か? 今、その話をする必要がありますの?」


 トーリが悪いわけではないけど、思い出したら何だかムカムカしてきてしまって、つい攻撃的で不機嫌な声を出してしまった。

 私は「あ…」と手で口もとを押さえて慌てて謝った。


「ごめんなさい。トーリが悪いわけじゃないのに。私、とてもジークフリート殿下に嫌われていて、私も……不敬かもしれないけど……少し苦手なの。婚約も解消するつもりだし今後お会いすることはないと思うわ。トーリは……殿下とお会いしたことある?」


 向かいに座ったトーリの顔を覗き込むように尋ねると、トーリはまた目を瞠って私を見た後、サッと視線を逸らした。


「……俺は……いや……俺はその……えーと…………あ、会ったことはない!」


「そう。……それにしてもトーリって、やけにジークフリート殿下の話で絡んでくるわよね。何故? それに殿下の肖像画の話って、トーリと何の関係があるの?」


 今後もトーリと話す度に殿下の話になったらたまらない。ここははっきりさせておいて二度と殿下の話を私に振らないようにしておかなくては。

 私は更にジーッとトーリの瞳を見つめた。


「……いや……俺は…………その……そうだな…………そう、実は……俺の顔は王太子に瓜二つなんだ」


「えっ!?」


 そう言われて私は思わずトーリの顔を食い入るように凝視してしまった。そういえば、トーリの瞳の色って王族の血を受け継ぐ者にしか現れない碧色をしている。


「トーリって王太子と血縁なの?」


「……ああ。…………俺の父が王の従兄弟の従姉妹の甥の嫁の父の知人の息子なんだ」


「え?」


 トーリのお父様が陛下の従兄弟の従姉妹の甥の嫁の父の知人の息子?

 ……それって……。



「それってつまり、……他人の空似ってこと?」


「まあ、そうとも言うな」


「!?」


 トーリが……真顔で……ジョークを言った……?

 トーリが真顔でジョークを言った!

 大事な事なので二回言いましたー!!


「ぷ……ッあははははっ!」


「……ッ!?」


 私は思わず大きな声で笑ってしまった。

 トーリがポカンと驚いた顔で私を見ているけど止められない。

 笑い過ぎて涙が出てきてしまい、私は指で拭いながら、なんとか言葉を紡ぐ。


「ご、ごめんなさい。ふふ……こんな大きな声ではしたないですわよね。ふふ……あはは! でも貴方のジョークをはじめて聞いたから……ふふふッ」


「………………俺こそ……お前の笑っている顔を初めて見たぞ……」


 ほんの少し話しただけで、トーリに感じていた取っつきにくさが払拭された気がする。

 もしかしたらそれは、トーリも感じているんじゃないのかな……と、思った。





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