22 先立つものは必要です(2)
早朝に走らせた帰りの馬車の中、私はこれからどう動くべきかなどを三人に提案してみた。
「ガイがムダ骨ならぬムダ筋で終わってしまいましたので、次の策を考えました。正攻法でいくことにします。リドの妹さん……名前は……えーと……なんでしたっけ?」
「ヴィヴィアンだ。ヴィヴィアン・スカーレット・シュナイダー。親しい者はヴィヴィと呼んでる。歳はお嬢と同じだ」
「まぁヴィヴィアン……美しい名前ですわね。ヴィヴィ……と私が呼んでもいいのかしら?」
私が少し肩をすくめると、リドはフッと小さく笑って頷いた。
「問題ねぇだろ。俺のことも“リド”って呼んでるしな」
「そうですよねぇ。リドだけアリス様に愛称で呼ばれていて狡いと思っていました。アリス様、羨ましいので私のことも“アル”と愛称で呼んでいただいてもよろしいですか?」
「え?」
突然アルフレッドが横槍を入れてきて、会話の流れが変わり、私は驚いてアルフレッドを見る。するとバチッと目が合って、彼は笑って頷いた。
そんな様子を見たリドが「チッ」と、顔に似合わぬ下品な舌打ちをかまし、忌々しげに言い放つ。
「じゃー俺も遠慮なく呼ばせてもらうぜ。おいクソアル、調子乗んな」
「貴様に許可した覚えはありませんがね。チビリドくん」
「なんだとコラッ!」
「やめなさい」
会話が不穏になってきたので、私はピシャリと言い放って言い争いをやめさせた。
「無駄話の時間はありません。話の続きをしますわ。……ヴィヴィをオークションで競り落とすことにしました。これから私とトーリは王都に向かってその資金の調達をします。リドとアルフレッドは、屋敷に戻って下さい。別行動にします」
「あ? なんでだよ!?」
「リドには、私の魔法の家庭教師を付けるから、魔力の暴発を抑える練習をして欲しいの」
「……え?」
「リドの魔法がちゃんと使えたら、これ程頼もしいものはないわ。周りは貴方の瞳の力で魔法が使えなくなっている中、貴方だけ魔法が使えるなんて、まさに無敵だもの」
「……俺は魔法が使えないんじゃねぇ。コントロールが効かねぇだけだ。周りも何もかも吹っ飛ばしちまう。ログワーズにいた頃、怒りに任せて魔法をブッ放して周囲に居た奴らを殺した……俺自身も大怪我して動けなくなった…………」
リドは膨大とも言える魔力をその身に秘めているのに、いざ魔法を使おうとすると、コントロールが効かず暴発してしまう。
それは、リドが左右の眼の色だけではなく、魔力さえも、魔王として覚醒できるということを示していた。
そのエピソード一つでも、リドの祖国が彼を危険視していたのが伺える。リドが、ちゃんとした魔法の先生を付けて貰えなかったのも、魔王としての覚醒を畏れていたからだろう。
「でも、ちゃんとした師の元で訓練すれば、コントロールできるようになると思うの」
リドは、何か言いたげな複雑な顔で俯くと、ボソリと「無理だ……」と呟いた。リドの小さな呟きを私は拾い上げる。
「無理じゃないわ」
「……お嬢にはわかんねぇよ」
「……周りを傷付けてしまうかもしれないのが怖いのはわかる。だから魔法に長けている人に教えてもらうの。言っとくけど、今の貴方にできることは凄く限られていて、その中でもこれが一番役に立つ可能性があるから言ってるのよ」
「……てめぇ……何が言いたい」
リドが非常に言いにくいことを私に言わせようとしている……言っちゃっていい? いいの?
「足手纏いだと言いたいんですよ。チビリドくん」
「……ッ!?」
私が言わんとしていることを、横のアルフレッドがサラリと言ってのけた。
あー……言っちゃった。
「今の貴方は、ただアリス様にくっついて行動しているだけで足手纏いでしかない。それどころか、逆に皆の魔法を封じてしまうというオマケ付だ。自分の妹を救出する……否、してもらうというのに」
「……ッ誰も頼んじゃいねぇ。その女が勝手にやってるだけだ」
「本当にそう思っているなら、私は貴方を軽蔑しますね」
「アルフレッド。言い過ぎです」
「…………これは失礼しました」
魔法の発動は意外と難しいのだ。特に、魔力量が多ければ多い程コントロールが効かないこともあるとか。魔法には魔力量とは別にセンスも問われる。
魔力量が小さい者でも、発動の仕方がわからずに、発動出来ないまま生涯を終えてしまう者も多いと聞く。
私は生まれた時から、まるで息をするかのように当たり前に魔法が使えていたから今ひとつわからなかったけど、和泉玲奈の感覚で言えば、リドにも伝わるかしら?
「えっと……アレよ、アレ。……そう! 針に糸を通すような感じかな?」
「はぁ!? 針に糸!? 何だそりゃ?」
例えば、リドの魔力が出雲大社の大綱級だとしたら、それを小さな小さな針の穴にねじ込むようなものだろう。
大量の魔力をイメージ通りの形に縒って縒って一気に放出する。
リドは右眼の力で魔力を抑えていても尚、余りある大量の魔力を有しているのだから、右眼の力が無くなったらどうなってしまうんだろうか? 海の水を針穴に流すような感じ? ……考えると末恐ろしいわね……。
……あれ? 針穴に糸?
そこで私は、ピンッときてしまいました。
思い出したのです。ガイに会うまで、シャーリン家の書庫に缶詰状態で読み漁ったあの文献のことを。
あれにも確か、同じ様なことが書いてあったような……。
「…………そうですわ……魔剣ですわ……リド……」
「……あ?」
リドがポカンと呆けた顔をしています。そうですわよね。突然何言い出すの? って感じですわよね。
でも、そう! 普通は魔法を他の媒介に乗せるのは、ほぼ不可能。だが魔剣は、剣に己の魔力を乗せ、更に剣に乗せることによって魔力を倍増させて爆発的に解き放つことができるという。野球のホームランみたいな?
かなりのコントロール力を要求されるけど、剣という媒体があるお陰でイメージが付けやすいし、魔力の出口も“針穴”から“水道の蛇口”くらいには広がるのではないかしら。
こんな文献が残っているくらいですから、本当に魔剣は存在したに違いない! ……と、私は確信している。じゃなかったら、この文献を残した人はただの厨二病だとしか思えない。
「魔剣を練習しましょう! リド!」
「…………お嬢……まだ諦めてなかったのかよ」
私は、半ば呆れ顔のリドの腕をガシッと掴んで、掌でサワサワとその筋肉を確かめる。……うん。思った通り腕もかなり筋肉質だわ。筋肉バカ程ではないとしても!
「なっ……おまっ……離せッ!!」
リドは何故か真っ赤になって私の腕を振り払った。……お触り厳禁ですか!?
「そんな真っ赤になって怒らなくてもいいじゃない。これはセクハラではなく、確認です!」
「…………別に……怒ったわけじゃねぇけど……」
「筋肉もしっかりついていますし、腕が吹っ飛ぶことはないでしょう。リド、大丈夫。魔剣撃てます!」
私は満面の笑みでグッと親指を立てた拳をリドの前に突き出す。するとリドの顔がますますウンザリとしたものに変わった。
「そんな笑顔で太鼓判押されてもな、撃てるわけねぇだろ。バカか。……クソッ……あの無駄筋の所為でこっちに飛び火してきやがった」
「火? そう! そうですわ! リドの魔力は火の属性でしたわよね? 剣は炎の中から生まれてくるから、剣と火はとても相性が良くて、伝説でも魔剣の使い手は火の属性だったと記されてます。大丈夫、素質は十分あります!」
そういえば、ムダ筋ガイも確かに火の属性だった。
ああ……彼の魔剣を生で見ることは、もうないのかな……。
残念だなぁ……。
「……魔剣……カッコイイのにな……」
「あ?」
私の呟きに、リドの眉がピクリと上がったように見えた。
私はなんだかちょっぴり悲しくなってきてしまい、俯いて、フッと小さく息を吐いた。
「……魔剣撃つところ……見たかったな……」
「……………」
その私の呟きを最後に、馬車の中はしんと静まり返ってしまい、私も視線を窓の方に移して外の景色を眺めた。
昔見た、ガイ様の魔剣スチルに想いを馳せながらーーーー。




