1 どうやら転生してしまいました (1)
ふと、気が付けば、私は右手に銀のスプーンを握りしめたまま天蓋付きのベッドに仰向けで寝ておりました。
大変見覚えのあるベッドである筈なのに、なんとなく違和感を覚えるのは何故でしょうか。
えーと……あれ?
私の名前は……和泉玲奈……。
もうすぐ二十歳。
……じゃないですわー!
私はシャーリン公爵家の一人娘、アリス・ローズ・シャーリン、八歳!
何故右手に銀のスプーンを握っていたかと言えば、それはこのスプーンで人の目玉をくり抜いてやろうとしていたから!
……え?
スプーンで目玉……?
なんで?
自分の置かれている状況を頭で理解しようとすればする程、混乱してしまう。
……そう、私は、和泉玲奈でもあり、アリス・ローズ・シャーリンでもあるのだ。
つまり、これは、多分……。
「私どうやら……転生してしまったのかも」
一人呟いてみて、やっとこの状況がストンと自分の中に落ちた。
そうだ。
私は日本の何処にでもいる普通の女子大生だった。
だが今私が居るのは、私がプレイしていた18禁乙女ゲーム【恋の迷宮、愛の鳥籠】の世界で間違いないだろう。
しかも、驚くべきことに、私はそのゲームの主人公の前にことごとく立ち塞がる悪役令嬢に転生してしまったようだ。
そう思い出すと、私は背中に嫌な汗をかいてヒヤリとする。
よりによってアリス?
なんでアリスに転生しちゃったの、私ー!
私は和泉玲奈最後の日を思い出してみた。
その日は確か大雪が降っていて、夜中のバイトの帰り道。
まさに【恋の迷宮、愛の鳥籠】の続編がダウンロードできるようになるという日で、帰宅してプレイするのを楽しみに、速足で帰路を急いでいたら、突然スリップしたバイクがこちらに突っ込んできて……。
『和泉玲奈』の人生はそこで終わってしまったけれど、『アリス』としての人生はそこから始まったのね。
……始まった途端に詰んだわ……。
未来なんてないじゃない……このキャラクター……!
【恋の迷宮、愛の鳥籠】は、なんちゃって中世ヨーロッパ風の世界感で、貴族やら魔法やらが出てくるファンタジー要素たっぷりの乙女ゲーム。
主人公『クラリス』は、身分の低い男爵令嬢だが、守ってあげたくなっちゃうような赤毛の可愛いらしい女の子。
そんな女の子にイケメンの攻略対象者達が次々に現れては無体なことをしてしまうという、18禁らしいとんでもゲームだ。
私ことアリス・ローズ・シャーリンは、ピンクがかった流れるような真っ直ぐの薄桃色金髪に、垂れ目がちな大きくパッチリした碧い瞳。
真っ白な陶磁器のような滑らかな肌。薔薇色の頬。ふっくらとした瑞々しい唇。
八歳の今はまだお子様体型だが、物語が始まる十六歳では、すでに出るとこ出て締まるとこは締まった魅惑のボディをしていた。
そんな外見完璧なめっちゃ美少女のアリスの中身は、とにかく酷い。かなり猟奇的。
とにかくホラー。
蝶よ華よと育てられたせいか、自分と父親以外は、人を人とも思っていない。
自分より身分の低い者を殺しても何とも思わない残虐性を持っていて、嫉妬に狂っては主人公のクラリスの命を何度も狙うのだ。
アリスの父親のシャーリン公爵もまた、とんでもなく酷い。
父親のオズワルド・ガイル・シャーリン公爵は、広大な領地を治める有力貴族で我がアーネルリスト王国の宰相でもあるが、国王を裏で操り、文字通り国を裏で牛耳っている。
麻薬、人身売買……など、諸々の大抵の悪いことには手を染めている、人格破壊者。
そして、かなりの変態。
物凄く変態。
私のお母様である妻のサーシャが、私が三歳の時に病で亡くなると、更に手がつけられない程変態に磨きがかかる。
一見金髪の優男風で、外面がかなり良いので騙されがちだが、私アリスの猟奇的なところは、間違いなく親譲り。
この男……美少年愛好家なのである。
美しい少年を奴隷市場で買ってきては、いつの間にか壊してしまう。
そう、私が玲奈の記憶を取り戻す直前も、オズワルドが美少年を買ってきたのだ……。
お父様は珍しく、私に性奴隷を紹介してきた。
きっとその少年がとんでもなく美しく、珍しかったから、見せびらかしたかったのだろう。
『この子はね、この間滅ぼされたログワーズ王国の王族の生き残りなんだよ。凄いだろう。父様くらいの地位がなければ、なかなか手に入らない代物だよ』
嬉々として饒舌に喋るお父様を余所に、私はその少年に釘付けだった。
少年は、褐色の肌に赤い髪をしていた。
そして、今まで見たことのある人間の中で、一番整った顔立ちをしていた。
でも、それだけだったらあんなにも興味を惹かれなかっただろう。
何より瞳が……。
見る者全てを敵視しているような鋭い眼光が、私を捉えて離さなかった。
彼の瞳は左右異なる虹彩をしていて、右眼が金色、左眼が深い朱色だった。
そのオッドアイは、どんな宝石よりも美しく、私のありとあらゆる欲と名の付くモノを渇望させてしまった。
そして私はその少年の美貌に理不尽にも嫉妬し、何を思ったかお父様に『その奴隷が欲しい』と強請った。