16 魔剣はあります!(1)
翌日、私達は馬車に乗ってガイ・ライオネル・カーライルが滞在するというミストラスへ向かった。
とても治安が悪い街だそうなので、お嬢様丸出しの格好では危ないのではと判断した私は、茶色の麻のジャケットに半ズボン、キャスケットという下町の少年の格好に変装している。
前世の記憶が戻ってから初めて乗る馬車は、酷く揺れて物凄く乗り心地が悪い。シャーリン家所有の馬車の中でも、一番質素なものを選んだ為か、馬車が初めての為か、まだ数十分しか乗っていないのにすでにお尻が痺れて痛くなってきた。
やっぱり車で出かけるのとは、わけが違うのね。
そんなことを考えながら、ぼんやりと四角い窓の外を眺める。
日除けのカーテンを開けた窓から見える景色は、さながら四角い額縁の中の絵画のようで、長閑な海外の田舎の風景が、現れては流れて消えていく。鮮やかな新緑が眩しくて、私は目を細めた。
「アリス様。眩しいようでしたら、カーテンを閉めましょうか?」
カーテンに手を掛けながら私にそう話しかけたのは、私の向かいに座っているアルフレッドだ。その隣には顰めっ面のトーリが座っている。何故かこの二人が同行したいと言ってきたので許したが、トーリなんてさっきから一言も発していなくて、物凄く気まずい。嫌なら来なければ良かったじゃない!
「大丈夫。ちょっと昨日夜なべしちゃったから、目がショボショボしてるだけ。それと、今の私……いや、ぼくのことは“ブルース”って呼んで欲しいとさっきも言ったはずです」
「失礼。ブルース様」
「様も結構です。わた…ぼくは、旦那様のお遣いで街に繰り出した、ただの小間使いのブルースですわ……じゃなくて、だぜよ」
私の言葉に、隣に座っていたリドがプッと吹き出した。
「おいおい、大丈夫かブルース。それどこの方言だ? 設定ブレブレじゃねぇかよ」
チラリと横目でリドを見ると、白い歯を見せてくつくつと笑っている。もー! 人の気もしらないで可愛いく笑ってくれちゃって。私はつい頬を膨らませて恨みがましくジトリと彼を睨んでしまった。
「……昨日は貴方の為に夜なべした所為で、今日の計画をあまり練られなかったのよ……じゃなくて、だよ」
「俺の為?」
「そう、これを作ってて……」
そう言って私は、昨日の夜コツコツと作った物を、ジャケットの内ポケットから取り出した。
「ジャーン!」
「……何だこれ? 猫?」
「そう! 可愛いでしょ!」
私は、ニッコリ笑ってそれをリドに手渡す。可愛いディフォルメした黒猫のアップリケを縫い付けた、それ。
「眼帯を作ってみたの。リドの瞳は凄く綺麗で隠しちゃうの勿体無いけど、金色は珍しいし、オッドアイとなるとかなり目立つから……屋敷の中では必要無いけど、外では着けておいた方が良いかなって…………嫌?」
リドが、ムッとした顔で眼帯を見つめたまま動かないので、余計なことをしてしまったかな? と、少し不安になってしまう。
ややあって、リドは小さく首を振った。
「……嫌じゃねぇ…………むしろありがてぇ……」
「ほんと!?」
「…………ああ」
「そう。良かったぁ……夜なべした甲斐あったかな?」
「…………眼帯は有難いが……まさかこの黒猫は……」
リドが苦虫を噛み潰したみたいな顔で私を見たので、私は満面の笑みで答えた。
「そう! 昨日リドがお話ししてたあの……ッイタタタタァーーー!? 痛ぁーー! ちょっ……!?」
「てめぇ……ぶっ殺されてぇみたいだな……」
無表情で私のこめかみを全力でグリグリしてくるリドに、私は涙目で訴える。
「ぼ、暴力反対! だってめちゃくちゃ可愛かったんですもの! 目に焼き付いて離れませんでしたからッ……ふぉわッ!?」
「ああん? この口か? 余計なこと言いやがる口は? 塞いでやろうか?」
今度は指で挟むように顎と口をガッと押さえつけられてしまった。私は涙目でフルフルと首を横に振る。
すると突然、ずっと黙っていたトーリが、私の顎を掴むリドの腕を掴んだ。
「……これ以上、人のものに不用意に触れるのは止めてもらおうか」
「ほえ?」
私は驚いてトーリの方に顔を向けた。他の二人もやはり同じように彼に顔を向けている。
「人のもの? てめぇ何言ってやがる……」
リドのその言葉に、トーリはハッとしたような顔をして、リドから手を離した。
私も首を傾げてトーリを見る。“人のもの”って言ったの、やっぱり私の聞き間違いじゃなかったみたい。
その時、アルフレッドが態とらしくコホンと一つ咳払いをした。
「あー……まぁそうですね。アリス様は未来の王妃様ですから、そのように気軽に手を触れるのは如何なものかと。王太子と婚約したばかりですし」
「そ、そうだ。アリスは殿下のものなのだから、そう気安く触るものじゃない」
アルフレッドの言葉に合わせるようにトーリがそう言うと、リドは「チッ」と舌打ちをした後、口角を上げて笑った。そして、グイッと私の肩を抱いて自分の方に抱き寄せたので、私は体勢を崩してリドに倒れ込んでしまった。
「な、何するの!? リド!」
「コレか? コレは俺の女だからいいんだよ。王妃になるっつっても、この国の王妃じゃねぇ。ログワーズ王国の王妃だ」
まるでトーリを挑発するように笑顔を歪ませながら、リドは掌で私の肩を撫で下ろした。
「ちょっ……リド!?」
「なんだと貴様!! ……今すぐその薄汚い手をアリスから離せ……」
「嫌だね」
「……こっちに来いアリス」
すると今度は腕をトーリに引っ張られる。……ちょっと……ちょっとちょっとちょっとぉー!!! どうしちゃったの!? 二人とも!!
「誰がてめぇなんかに渡すかよ」
「こんな下品な男に触られては、お前が汚れる」
ちょっとー! もぉーー!!
「いい加減にしなさーーい!!!」
私は思いっきり二人の手を振り払って、馬車の中だというのも忘れてその場に立ち上がった。
「さっきから聞いてれば、人をものだとかコレだとか! 失礼にも程があります! 私は私! 誰のものでもありません!!」
鼻息荒く二人を怒鳴りつけると、二人ともポカンと口を開けて呆然と私を見上げていた。
「ゴメンナサイは?」
私が鋭く睨みつけると、二人は項垂れて小さく「ご……ごめんなさい……」と呟いた。
「わかればよし!」
私はフーッと一つ息を吐いてまた椅子に座ると、こちらを見て笑いを噛み殺しているアルフレッドと目が合った。
「……何か?」
「……いえいえ、何も?」
はー……初っ端からこんなチームワーク滅茶苦茶で大丈夫かしら? と不安を抱えつつ、昨日の夜なべが効いているのか、どっと眠気が襲ってきて、目蓋の重さに耐え切れず、私はそのまま目を閉じて眠ってしまった。




