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悪役令嬢は魔王様の花嫁希望  作者: 星 くらら
第一章 嫁ぎ先は魔王(仮)に決めました
15/88

14 いろいろ思い出しました(4)

 声のする方へ足を向けると、薔薇の生垣の向こう側に人の気配があった。

 私は息を潜めて小さな声に聞き耳を立てる。どうやらその声の主は、リドである事がわかった。それもなにやら、仔猫に話しかけているようだ。リドが仔猫に話しかけている! リドが仔猫に話しかけている! 大事な事なので二回言いました。


「お前こんなとこでどうしたんだ? この屋敷に迷いこんじまったのか?」


 気付かれないようにチラリと生垣の向こう側を伺うと、そこには小首を傾げて黒い仔猫に語りかける美少年が……! か……可愛い過ぎる! ごっつぁんです!


「お前俺と一緒だな。俺もこの屋敷に迷いこんじまったんだ……お前、俺のとこ来るか? それとも……逃げ出すか?」


 リドが跪き、掌を上にして指でおいでおいですると、仔猫は誘われるようにリドの手の中におさまった。


「お前……警戒心ねぇなあ。そんなんじゃ生き残れねぇぞー」


 優しく仔猫を拾い上げ、腕の中に抱きしめたリドは、柔らかく笑って仔猫の喉元を指先でくすぐった。

 その笑顔に応えるように、仔猫はか細く『ニャー』と嬉しそうに鳴いた。

 月明かりに照らされて、とても幻想的な光景に見える。

 私が生垣の隙間からぼんやりとその光景を眺めていると、ふとリドが憂いを帯びた表情で、小さく溜め息を吐いた。


「……実は俺も拾われたんだぜ? ここのお嬢様に」


 なぬ!? お嬢様?

 それはもしや、私のことかしら?

 突然自分の話をされ、ドキリ……と私の心臓が跳ねた。


「……ここのお嬢様は、よくわかんねぇ奴でな。最初はすげぇ嫌な奴だと思ったんだけど……どうも違って……調子狂う」


 思わぬリドの本音に、私は固唾を呑む。盗み聞きになっちゃってるよー! どうしよう……。


「王子だった頃もそうだったが、王子でなくなった四年間は特に……何度も何度も人に裏切られて……他人は信用できねぇってわかってんのに……アイツを信用したいと思っちまう自分が居て……」


 リド……仔猫と自分を重ね合わせてるの? 私との距離を測りかねていたのね……。


「……(こえ)ぇんだマジで……信用してまた裏切られんのが……」


『大丈夫だニャー!』


「……え?」


 し、しまったぁー! つい猫芝居してしまったぁー!

 私は1オクターブ高い声音を出して、ついリドに返答してしまった。

 あーもう、こうなったら仔猫になりきるしかないわ!


『ここのお嬢様は馬鹿だから、リドを騙そうとか、そんなことまで頭が回ってないニャー! リドのことが大好きだから力を貸したいだけだニャー!』


「え? え?……まさか……お前が喋ってんのか?」


 リドが焦ったような顔で仔猫に話しかける。よし! どうやら猫芝居成功した模様です!

 私は生垣の前の草の上に四つん這いになって、生垣に口を寄せて猫芝居を続けた。


『そのまさかだニャ。僕は喋れる魔法の猫なんだニャ』


「……なんでお前がお嬢のこと知ってんだよ……」


『それは僕がこの屋敷に前から居て、ここの人達を見てきたからだニャー』


 リドは息を飲んで仔猫を見つめた。まだ信じられないという風だ。


「だがお前に……お嬢の気持ちまではわかんねぇだろ?」


『わかるニャ。魔法の猫だから。まだ会って間もないけど、お嬢様はリドのことを信用してるニャ。助けたいと思ってるニャ!』


「……へぇー……」


 お! ちょっと信じてきたみたい? ふふ……私の猫芝居もなかなかだわ。


『大丈夫。リドも思い切ってお嬢様に心を開いてみるニャ! さすれば道は開かれん! だニャ』


「これはこれは()()()。こんな所で何をなさってるんですか?」


『ニャにって…………え?」


 リドの声が、生垣越しではなく、背後の頭上から聞こえてきた。

 私は四つん這いのままギギギ……と恐る恐る振り返る。すると目の前に黒いブーツが見えた。そして、その足を上に登るように目線を上げていくと、ニッコリと微笑んでいるリドと目が合った。


()()()してんだ? てめぇはー!!」


「ひいーー!! ごめんなさいーー!!」


 猫芝居バレてましたぁー!!

 私はリドに、渾身の頭グリグリをくらって脚をバタつかせて身悶える。


「痛い痛いー! ごめんなさい! 許してってぇ!」


「……人のことからかって面白かったかよ……」


 リドの手がピタリと止まり、向き合って目をジッと見つめられた。

 恐ろしい程真剣な金褐色と緋色の眼差しが、まるで私の心の中まで覗き込もうとしているかのようだ。


「……ごめんねリド。勝手に想い聞いちゃって。でも、からかったわけじゃないよ。あれは、私の本心」


「本心……だと?」


「うん。……私、小さい頃から魅了(チャーム)の魔法が使えたでしょ?だから、大抵の人は、本当は心の中で私のことどんな風に思ってるかわからないのに、私に従っちゃうのよ。とても従順に」


 リドが目を見開いて私を見る。アリスがずっと不安に思っていたこと。まだ誰にも言ったことがないこと。


「いくら口で私のこと好きって言っても、いつもどこかで“本当かな?”って疑っちゃってたの。本当の意味で、他人を信用したことなんてなかった」


 私は思い出したようにクスリと笑うと、リドは怪訝な顔をした。


「……なんだよ?」


「ふふ……だって、リドったら魔法が全く効かないっていうんだもん。今も眉間に皺寄せちゃって……ふふ……私が公爵令嬢だってお構いなしだし。思ったことぜーんぶ顔に出てるし」


 私は両手でリドの意外と固い頬を摘むと、ムニッと両側に引っ張った。リドは私のされるがままになってくれている。


「……おい……何すんだ……」


「だから、私はリドのことを信用してるのよ。可愛いくって、大好きなの」


 私の言葉に目を瞠ると、再びムッとしたリドは、同じ様に私の頬を摘んで両側に引っ張った。


「い、いひゃい!」

「うるせぇー。そりゃ全部こっちの台詞(セリフ)だっつーの」


「え?」


「……なんでもねぇ」


 リドの声が小さくて良く聞こえなかったけど、悪戯っ子みたいな顔で微笑んだリドを見て、私もつられて笑った。


 よし。なんとなく決心がついたわ。

 虎穴に入らずんば虎子を得ず。

 もう一人、知ってる大人に頼ってみる。それでもダメなら、私たちだけでなんとかするしかない。

 

「リド。アルフレッドの部屋に行きたいの。付き合ってくれる?」


 上目遣いでリドを覗き込む。リドは少し息を飲んで、フッと溜め息を吐いた。


「ほんと、人遣い(あれ)ぇなあ」


 リドが、ニッと白い歯を出して笑ったから、私は嬉しくなってしまって、ふにゃり……と、表情筋をめちゃくちゃ緩めてしまった。



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