14 いろいろ思い出しました(4)
声のする方へ足を向けると、薔薇の生垣の向こう側に人の気配があった。
私は息を潜めて小さな声に聞き耳を立てる。どうやらその声の主は、リドである事がわかった。それもなにやら、仔猫に話しかけているようだ。リドが仔猫に話しかけている! リドが仔猫に話しかけている! 大事な事なので二回言いました。
「お前こんなとこでどうしたんだ? この屋敷に迷いこんじまったのか?」
気付かれないようにチラリと生垣の向こう側を伺うと、そこには小首を傾げて黒い仔猫に語りかける美少年が……! か……可愛い過ぎる! ごっつぁんです!
「お前俺と一緒だな。俺もこの屋敷に迷いこんじまったんだ……お前、俺のとこ来るか? それとも……逃げ出すか?」
リドが跪き、掌を上にして指でおいでおいですると、仔猫は誘われるようにリドの手の中におさまった。
「お前……警戒心ねぇなあ。そんなんじゃ生き残れねぇぞー」
優しく仔猫を拾い上げ、腕の中に抱きしめたリドは、柔らかく笑って仔猫の喉元を指先でくすぐった。
その笑顔に応えるように、仔猫はか細く『ニャー』と嬉しそうに鳴いた。
月明かりに照らされて、とても幻想的な光景に見える。
私が生垣の隙間からぼんやりとその光景を眺めていると、ふとリドが憂いを帯びた表情で、小さく溜め息を吐いた。
「……実は俺も拾われたんだぜ? ここのお嬢様に」
なぬ!? お嬢様?
それはもしや、私のことかしら?
突然自分の話をされ、ドキリ……と私の心臓が跳ねた。
「……ここのお嬢様は、よくわかんねぇ奴でな。最初はすげぇ嫌な奴だと思ったんだけど……どうも違って……調子狂う」
思わぬリドの本音に、私は固唾を呑む。盗み聞きになっちゃってるよー! どうしよう……。
「王子だった頃もそうだったが、王子でなくなった四年間は特に……何度も何度も人に裏切られて……他人は信用できねぇってわかってんのに……アイツを信用したいと思っちまう自分が居て……」
リド……仔猫と自分を重ね合わせてるの? 私との距離を測りかねていたのね……。
「……怖ぇんだマジで……信用してまた裏切られんのが……」
『大丈夫だニャー!』
「……え?」
し、しまったぁー! つい猫芝居してしまったぁー!
私は1オクターブ高い声音を出して、ついリドに返答してしまった。
あーもう、こうなったら仔猫になりきるしかないわ!
『ここのお嬢様は馬鹿だから、リドを騙そうとか、そんなことまで頭が回ってないニャー! リドのことが大好きだから力を貸したいだけだニャー!』
「え? え?……まさか……お前が喋ってんのか?」
リドが焦ったような顔で仔猫に話しかける。よし! どうやら猫芝居成功した模様です!
私は生垣の前の草の上に四つん這いになって、生垣に口を寄せて猫芝居を続けた。
『そのまさかだニャ。僕は喋れる魔法の猫なんだニャ』
「……なんでお前がお嬢のこと知ってんだよ……」
『それは僕がこの屋敷に前から居て、ここの人達を見てきたからだニャー』
リドは息を飲んで仔猫を見つめた。まだ信じられないという風だ。
「だがお前に……お嬢の気持ちまではわかんねぇだろ?」
『わかるニャ。魔法の猫だから。まだ会って間もないけど、お嬢様はリドのことを信用してるニャ。助けたいと思ってるニャ!』
「……へぇー……」
お! ちょっと信じてきたみたい? ふふ……私の猫芝居もなかなかだわ。
『大丈夫。リドも思い切ってお嬢様に心を開いてみるニャ! さすれば道は開かれん! だニャ』
「これはこれはお嬢様。こんな所で何をなさってるんですか?」
『ニャにって…………え?」
リドの声が、生垣越しではなく、背後の頭上から聞こえてきた。
私は四つん這いのままギギギ……と恐る恐る振り返る。すると目の前に黒いブーツが見えた。そして、その足を上に登るように目線を上げていくと、ニッコリと微笑んでいるリドと目が合った。
「ナ・二・をしてんだ? てめぇはー!!」
「ひいーー!! ごめんなさいーー!!」
猫芝居バレてましたぁー!!
私はリドに、渾身の頭グリグリをくらって脚をバタつかせて身悶える。
「痛い痛いー! ごめんなさい! 許してってぇ!」
「……人のことからかって面白かったかよ……」
リドの手がピタリと止まり、向き合って目をジッと見つめられた。
恐ろしい程真剣な金褐色と緋色の眼差しが、まるで私の心の中まで覗き込もうとしているかのようだ。
「……ごめんねリド。勝手に想い聞いちゃって。でも、からかったわけじゃないよ。あれは、私の本心」
「本心……だと?」
「うん。……私、小さい頃から魅了の魔法が使えたでしょ?だから、大抵の人は、本当は心の中で私のことどんな風に思ってるかわからないのに、私に従っちゃうのよ。とても従順に」
リドが目を見開いて私を見る。アリスがずっと不安に思っていたこと。まだ誰にも言ったことがないこと。
「いくら口で私のこと好きって言っても、いつもどこかで“本当かな?”って疑っちゃってたの。本当の意味で、他人を信用したことなんてなかった」
私は思い出したようにクスリと笑うと、リドは怪訝な顔をした。
「……なんだよ?」
「ふふ……だって、リドったら魔法が全く効かないっていうんだもん。今も眉間に皺寄せちゃって……ふふ……私が公爵令嬢だってお構いなしだし。思ったことぜーんぶ顔に出てるし」
私は両手でリドの意外と固い頬を摘むと、ムニッと両側に引っ張った。リドは私のされるがままになってくれている。
「……おい……何すんだ……」
「だから、私はリドのことを信用してるのよ。可愛いくって、大好きなの」
私の言葉に目を瞠ると、再びムッとしたリドは、同じ様に私の頬を摘んで両側に引っ張った。
「い、いひゃい!」
「うるせぇー。そりゃ全部こっちの台詞だっつーの」
「え?」
「……なんでもねぇ」
リドの声が小さくて良く聞こえなかったけど、悪戯っ子みたいな顔で微笑んだリドを見て、私もつられて笑った。
よし。なんとなく決心がついたわ。
虎穴に入らずんば虎子を得ず。
もう一人、知ってる大人に頼ってみる。それでもダメなら、私たちだけでなんとかするしかない。
「リド。アルフレッドの部屋に行きたいの。付き合ってくれる?」
上目遣いでリドを覗き込む。リドは少し息を飲んで、フッと溜め息を吐いた。
「ほんと、人遣い荒ぇなあ」
リドが、ニッと白い歯を出して笑ったから、私は嬉しくなってしまって、ふにゃり……と、表情筋をめちゃくちゃ緩めてしまった。




