13 いろいろ思い出しました(3)
「それを早くおっしゃっていただきたかったですわ。わたくしの婚約なんて、どーでもいいお話などしていないで」
「!?……“どーでもいい”? どーでもいい……そうか、どーでもいいか……フッ……なるほどな……どーでもいいときたか……」
隣りでトーリが俯き加減で何やらブツブツ言っている。……大丈夫かしら、この人。ちょっと不気味。顔は物凄く整ってるのに……残念イケメンね。この先一緒にやっていけるか少々不安だわ。
「で!? リドの妹さんはどちらにいらっしゃるんですの?」
私はアルフレッドに詰め寄った。下からアルフレッドの瞳を見上げると、彼は目を逸らし顎に拳を当ててコホンとひとつ咳払いをした。
「泳がせていた奴隷商人からの情報ですが。三日後の夜、オークションの目玉として“元ログワーズ王国王女”が出品されるらしいです」
「三日後……」
「ええ。買い手がついてしまってからでは、また探し出すのが困難になってしまっていたところです。不幸中の幸いと言うべきか……」
そう言ったアルフレッドの表情が曇る。何か問題があるのだろうか。
「どうしたの? 何か問題が?」
「はい。残念ながら……オークションの会場が不明なままなのです……末端の者には知らされもしていないようでして」
「場所が不明って……それはもしかして……権力者が関わっているということ?」
「鋭いですね。そこでは、定期的に奴隷の売買がなされているようなのですが……割と身分の高い者が買い付けに行くようで……」
表向きは、国を挙げて奴隷売買は禁止されてはいるが、まだまだ奴隷制度は根強く残っていて、特にシャーリン領では暗黙の了解として、富裕層を中心に頻繁に奴隷売買が行われているのだ。
前世の記憶が顔を出す。シャーリン領には確かに、奴隷などを扱う闇市場があった。まさに、アリスがクラリスちゃんを売ろうとしていた、あの場所だ。
つまり……今回の黒幕は……。
「……お父様が関わっているのですね? だからあまり深層まで探ることができない……ということかしら?」
アルフレッドは息を飲み、コクリと頷いた。
「その通りです。これ以上探ると公爵様に知られてしまう可能性があり、手が出せません。私達が探れるのはここまでです。後は……申し訳ありませんが、手を引かせていただきます」
「……十分です。私などのために、危ない橋を渡る必要はないですわ。……ここまで調べていただけていれば、あとは私とリドでなんとかします」
「ああん!? 俺たちだけ!?」
リドが物凄く不安な顔をしてこっちを見ている。……いつもナニモノにも動じないという感じのリドなのに。そっか、そうよね。私たち、まだ子どもだった。私なんかまだ八歳だった。
リドの不安を感じ取り、私は考えを改める。
よし、頼れるものは大人に頼ろう。
「ごめんなさい、リド。そうよね。まだ子どもの貴方には怖かったわよね」
「は、はぁ!? ち、ちがッ……俺ひとりなら、どーってことねぇけど、お嬢のお守りしながらじゃキツイって思っただけだ!」
そんなにムキになって否定しなくても良いのに。やっぱりまだまだ子どもね。可愛いわー。
私はニコニコと微笑んで頷いた。
「うん。うん。そうよね。私も無謀だったなって思う。ごめんね、不安にさせて」
「だから、そーじゃねぇ!!!」
仕方がない。大変不本意だけど、蛇の道は蛇。ここはお父様にお願いしてみよう。死ぬほど嫌だけど仕方がない。黒幕かもしれないけど仕方ない。
「私はこれからお父様に掛け合ってみます。皆さんはこれで解散して下さい。トーリさんも、ご足労様でした。お気をつけてお帰り下さい」
私が礼をすると、皆、何か思うところがあるような顔で一瞬踏み止まったが、渋々と部屋を出て行った。
お父様の部屋を出て、私は屋敷の中庭に面した廊下を自室に向かって歩いていた。
庭師の手によって美しく手入れされている中庭は、月明かりに照らされて幻想的に浮かび上がり、心の弱った私を惹きつけた。
私は誘われるようにフラフラと中庭に出る。
見事な薄桃色の薔薇のアーチをくぐると、奥まった所に小さな池があった。その手前の少し小高くなった場所に四阿があり、私はボンヤリと月を眺めながら石造りの椅子に腰掛けた。
シャーリン家の中庭。別名ローズガーデン。私が生まれた時に、薔薇が大好きだったお母様と生まれたばかりの私の為に、お父様が薔薇をメインに造ってくださったものだ。
私はお父様に愛されているの? わからない。アリスだけであった時は、そんなこと考えたこともなかった。
私はお父様に助けを求めた。リドの妹さんをこの屋敷に連れて来たいと。それにお父様の手を貸して欲しいと。
お父様の答えは『ノー』だった。
いや、正確には、傍観することを約束してくれたのだが。
最初は『嫌だよー。女の子なんかいらないし』なんて、はぐらかすような口調だったのが、突然ジッと私を見つめて『じゃあさ、やってみれば?』と言い出した。『姫のお手並み拝見だね』と。
手助けはしない。だが、やってみればいい……と、彼は蠱惑的な微笑みを浮かべた。目は全く笑っていなかったけど。
どうやら、最近コソコソやっていたことは全て把握されていたらしい。把握した上で泳がされていたわけね。
きっと私が以前と変わってしまったことにも気付いている。まるでそれを面白がっているようにも見える。
わからない……。わからないわ、お父様。貴方は敵なの? 味方なの?
でもこれで、頼れる大人が居なくなったことは確かだ。自分達でやるしかない。
私が頭を抱え込んでいると、遠くの薔薇の生垣の方から、『ニャー……』と弱々しい猫のような鳴き声と、何やらボソボソと喋る人の声が聞こえてきた。




