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 翌日の早朝、シュテルンベルクは王都を流れるシューヴェル川を走る遊覧船の上にいた。

 川の周辺地域では朝靄が発生し、視界を悪化させている。

 船は途中の埠頭で、一人の客を乗せた。内務大臣のユルゲン・パルマーだった。


「やあ、おはよう」シュテルンベルクは友人に対するような口調で声をかけた。「朝早くから悪いね」


 パルマーはおずおずとした足取りでシュテルンベルクに近づいた。片手は衣囊(ポケット)の中に忍ばせてある短銃を握っている。

 やがて船は埠頭から離れた。


「船は貸し切りだ」シュテルンベルクが言った。「君とゆっくり話すためにね」


 彼は船尾へと向かった。パルマーがそれに続く。


「それで、話とは?」


 明らかに警戒した口調でパルマーが言った。シュテルンベルクは持っていた鞄を彼の目の前に掲げる。


「昨夜、〈ジャッカル〉君がノールシュタット城から持ち出してきたとある冊子が入っている」


 彼は鞄から冊子を取り出し、それをパルマーに見せるとまた鞄に戻した。


「ザイデルマン公爵が他の貴族たちと結んだ密約書だよ。密約の結んだ相手の名簿も載っている。君の名前はなかったが、お父上の名前は二十一頁目に華々しく載っていたよ」


「頼む、シュテルンベルク」パルマーは懇願した。「私は一族の名誉を守りたいんだ。政府内での地位も。父が反乱に加わろうとしたのは、私の所為じゃない」


「ふむ、かなり身勝手な言い分だが、理解出来ないこともない」シュテルンベルクは頷いた。「確かにお父上が反乱に加担しようとしたのは、君の所為ではないな」


 一瞬、パルマーの顔に安堵するような表情が浮かんだ。


「だが、私が許せないと思っているのは、君が最初から公爵の飼い犬として振舞い、情報を流していたことだ。君は陛下を売り、〈ジャッカル〉を売り、私の部下を殺した」


「君の部下を殺したのは、私の意思じゃない。それに、証拠がない」


「確かにそうだ。だが、推測は出来る。さらに言えば、王宮勤めの者たちにも死者が出ている」


「それも私の所為ではない」


「だが間接的には関わっている。〈ジャッカル〉が陛下の傍から離れたことを公爵に伝えなければ、彼らは死なずに済んだ」


「どれも証明出来ない。君が証明出来るのは、その冊子に私の父の名が載っているということだけだ」パルマーは自信を取り戻したようだった。「そうだ、君は何も証明出来ない」


 シュテルンベルクは軽く息をつき、くるりと体の向きを変えた。船は次の埠頭へと着岸しようとしているところだった。


「さようなら、パルマー卿」


 そう言って彼は歩み去った。

 パルマーは全身が石化してしまったかのようにその場に立ち尽くしていた。体はかすかに震えている。短銃の事はすっかり忘れていた。シュテルンベルクから冊子を奪うには、もう遅過ぎた。彼は船から降りてしまった。

 パルマーは落ち着こうとして、煙草を取り出した。口にくわえ、燐寸(マッチ)を探す。見当たらない。


「火ならここにあるぜ」


 不意に、火の付いた燐寸が差し出された。ぎょっとしてパルマーはそちらに目を遣る。目が恐怖に見開かれた。


「〈ジャッカル〉、何の用だ?」


「あんたに質問したいことがあってね」レオンは左手でパルマーの肩を押さえ、手すりに押し付けた。「あんた、泳ぎが苦手だそうが、本当か?」


「あ……、ああ」


 反射的にそう答え、パルマーははっとして目を剥いた。短銃を取り出したが、レオンがその手を払う。短銃が川の中に落ちていった。


「やめてくれ!」


 パルマーが懇願した。

 レオンは彼の肩を掴んでくるり体を回し、背中を強く押し出した。パルマーの上体が手すりの向こうに出る。レオンは彼の足首を掴んで川へと放り込んだ。

 悲鳴と共にパルマーは川へと転落する。彼は必死にもがいて水面から顔を出そうとしたが、やがて完全に水中に没した。

 靄がすべてを覆い隠していた。


  ◇◇◇


 国防情報部に帰ったシュテルンベルクは、書類に万年筆を走らせていた。

 不意に扉が叩かれ、部下の一人が入ってくる。


「たったいま、水上警察から連絡が入りました」


 シュテルンベルクは頷き、報告者に続きを促した。


「少し前に、シューヴェル川から内務大臣のユルゲン・パルマー卿の遺体が上がったとのことです」


 シュテルンベルクはさして驚いた様子も見せずに頷き、報告者を退出させた。

 彼は予定通りに片を付けた、という訳か……

 シュテルンベルクはそう判断する。彼は窓から外を覗いた。すでに朝靄は大部分が消えている。


「……可哀想なレオン」彼は低く呟いた。「彼に少しでも幸いがあらんことを」


  ◇◇◇


「まったく、これからのことを考えると頭痛いわよ」


 シエルは王宮の自室でレオン相手に愚痴をこぼしていた。

 あのような事件があった後であるので、今日一日はゆっくりと静養するように、とレメルゼンを始めとする一部の人間から言われたので、シエルは仕方なくそうしている。自分はもうじいやを必要としない年齢なのだが、と内心では反発していた。

 シエルは拗ねた子供のような態度で、ココアを飲んだ。疲れには甘いものがいい、とレオンが淹れてきたのだ。

 長く癖のない金髪を指に絡め、くるくると弄ぶ。


「大臣が一人消えるし、まだ不平貴族を完全に抑えられた訳でもない。問題は山積みよ」


「ああ、もう黙れ」


 レオンは倒れ込むような勢いで、シエルの座る長椅子に腰を下ろした。


「俺はあっちこっち駆けずり回ってくたくたなんだよ。少し静かにしてくれ」


 レオンは疲れたように深い息をついた。

 流石に悪いような気がしたので、シエルは口を閉じることにする。いつまで彼はこうして自分のために働いてくれるのだろうか、と思う。自分はまだ何一つ、この少年との約束を果たしていない。

 報われないまま、血の荒野に独りで立つ少年……

 いつか彼には、心から笑って欲しいと思う。

 不意に、こてん、とレオンがシエルの肩に頭を預けてきた。びっくりしてシエルは彼を見る。

 レオンはすうすうと小さな寝息を立てていた。いつもの彼からは想像も出来ないような穏やかな顔をしていたので、シエルは彼の頭を肩からどかすのが惜しくなった。

 そのまま、肩を貸してやることにする。

 シエルは優しく微笑んで、慈しむようにレオンの黒髪を梳いた。


「―――お疲れ様、レオン」

 これにて、拙作「獣の牙が喰らい尽くすのは」は完結となります。

 短い間でしたが、ここまでのお付き合い、ありがとうございました。

 中編で終わらせるために、かなり物語を切り詰めた部分があり、物語構成について今後に課題を残した作品であったかと思います。

 また、今回は魔法が存在しない世界を描いため、次回は魔法のある異世界での主従関係を描いた作品を創りたいと思っております。

 まだまだ未熟な面が目立つ作品であったかと思いますが、今後のためにも皆さまからのご意見・ご感想等をいただければと思います。

 どうも、ありがとうございました。

 拙作「東京テンペスト」も併せてよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言]  とっても面白く読ませて戴きました❗  痛快な展開にワクワクのしどおしでしたよ。  シエルとレオンが初めて歪めない笑みをこぼしたシーンが印象的でした。  凄く深い絆を感じます。  ラストシー…
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