5話 この世界に来て1週間
縁視点です。
(リリアさーん、此処が分からんやけど)
「この文字はこれでしてよ」
(へー、あんがと)
「どうもありがとう、ですわ」
(ど、どうもありがとう……)
この世界に来てから、もう1週間経った。謹慎を言い渡されたリリアさんは大人
しく部屋に居る、しかも、隅っこの部屋。前に聞いてみたけど、ずっとこの部屋を
使っているらしい。
あと、何故か言葉遣いを強制してくる。
それさえなければ普通に良い人なんやけど……。
「ほら、次はこの文字を書いて下さいまし」
(あーい……あ、いや、はい)
この世界に来て1週間、この霊体の扱い方にも慣れてきた。
例えば、リリアさんの体から出れる。体が貰えるまでずっと憑依してるのかと思
っていたけど、風呂の時間になってリリアさんが離れられないかと聞いてきた。う
ち的には一緒でも……ふへへ、あっ、いやすいません。そんで何とかしてリリアさ
んと離れられた。
離れてもお互いの場所が何となく分かるのが分かった。あと最後に、あまりにも
離れ過ぎると、それ以上は離れなくなる。離れられる距離は半径100m以内。
声と姿はリリアさん以外に聞こえないし見えない。それと物が持てるので人前で
やると、その人からは正にポルターガイスト。1回、これで飯を運んでくるメイド
の前でやっちゃって2度と来なくなっちゃった。
その後、責任という言葉を身を以て知れとの事でご飯を作らされています。うち
が作ったご飯は栄養バランスが偏っているそうなので料理本をプレゼントされた、
うん、プレゼント自体は嬉しいけど素直に喜べない。
「中々上達していますわね」
(まぁ、日本語と同じ感じやし)
そして今、うちはこの世界に慣れる為に勉強を強制されている……!
何が悲しくて小1レベルで習うような異世界語を習わなけらばいけないんだ。習
ってる文字はルナミス王国、というより、この国を含めたアヴァラン大陸の共通語
である「ヴァラン語」。
英語みたいに単語で書くんじゃなくて、日本語みたいに発音ごとの文字がある。
それと漢字みたいな奴も、だから覚えてしまえばこっちの物。
(リリアさん、教えるの上手いから教師に向いてるんやない?)
「それはどうもありがとう。そんな事より、文字表と単語表があれば大丈夫そうで
すので、次は数学の問題を教えましょう」
(えー……)
教えるのは上手いけどスパルタ。何となく分かったは絶対に許さない。分かるま
で徹底的に何回も根気強く。
それがリリアさん。聞くだけだとどんな熱血教師だよ、と笑うが実際にやると全
然笑えない。てゆーか死ぬ。何となくで済ませてしまうと怖い事になる、説明を聞
くのが面倒くさくなってくると聞いてくるんだ。「分かったのなら、この問題を私
に説明してみなさい」って。
それで答えられたら良いんだけど、答えられなかったら叱られて、また1から教
え込まれる。異世界に来る前にも居たな、そんな先生。色々質問して来てさ、うち
馬鹿だから答えられなくて冷や汗ダラダラ出てた。
(いーやーだー! もう1時間も勉強したやん! 休もうよー!)
「1時間しか、勉強してません事よ?」
(……ちぇっ)
「舌打ちはしない」
物体が持てる霊体じゃなかったら、こうやって羽ペン片手に国語の問題やら数学
の問題やらと向き合う事もなかった筈だ、そもそも異世界語は読めたり言えたり出
来るのに、読み書きは出来ないってどういう事だよ神様と心の中で思う。
こういうのって異世界に行く時とかで自動的に付くもんじゃね? ゲームじゃ桜
さん「習ってもないのに何故ヴァラン語が読めるのでしょう」って言ってた。もし
かして忘れたのか、もしそうやったら許さん。
「手が止まってますけど……もしかして分からないんですの?」
(ううん、少し考え事してただけ)
また考え事をして手が止まると怒られそうなので、目の前の問題に集中した。
.
(これからスパルタなリリア、略してスパタリアとでも呼んでやろうか)
勉強が終わってようやく貰えた自由時間、ふわふわと浮きながら庭に出て散歩し
ている。だけどリリアさんは部屋にいて1人ぼっち、適当に花でも摘んで帰ろうと
思うので花を探している。
うちはぼっちでもそんなに気にしないが、他の女子がぼっち嫌がってたな。
小学1年生か2年生あたりまでは友達と遊んでたが、次第に面倒になって来て、
遊ばなくなったら自然とぼっちになった。中学生の時は頑張って友達を作ってみた
が、やっぱり面倒になった。理科とか保体とかで移動する時に待ってるのが嫌だ、
ぼっち時代は1人で行ってたのにと何度心の中で舌打ちしたか。
こう言ってるが、別に友達が嫌いな訳じゃない。面倒なだけ。
そんな事を考えながら、目の前にある白か紫の花、どっちを持って帰ろうか悩ん
でいた。そもそも持って帰って良いのか、いやダメだろ。
チキンなうちは、少しでも悪い事をしようとすると罪悪感と不安が沸き上がる。
(リリアさーん!)
もう色々と面倒になってきたので、部屋に戻る事にした。
「あら、貴方、散歩でもしてたんじゃなくて?」
(やっぱりこの部屋がいいや)
上品で落ち着いた感じのこの部屋に居ると、とても落ち着く。
(ところで、いつまでうちん事を貴方貴方呼ぶつもりなん? 縁なら呼び捨てで呼
ぶなり、さん付けで呼ぶなり何でもいいから名前で呼んでよ)
「……そういえばそうでしたわね」
ふわふわと宙を飛んで、リリアさんの頭に着地すると手で払われた。しょうがな
いので机の上に着地する。
(ひっで)
「人の頭に着地する貴方……縁様が悪いでしょう! それと「ひっで」などという
言い方ではなく「酷い」ですわ!」
(はいっ!)
こうやって叱られて身を小さくしてるけど、実は怒られすぎて、もうそんなに怖
くない。
(……ねぇ、やっぱり様付けはやめて、呼び捨てにして)
「はっ? 縁様は今さっき何でもいいから呼べと仰られておりましたが……」
(呼び捨て)
「……ゆ、縁」
赤く頰を染め、目を逸らしながら、うちの名前を言うリリアさん。何かが負けた
気がした。それと少しイラっとした。
(あぁ、うん、そだねー)
「な、何ですのその反応は!」
(はははー、ならうちも呼び捨てにするわー、リリア)
「ま、まぁ、良いとしましょう」
照れながらウロウロするリリア。本を片付けたり紅茶を淹れたりして、忙しなく
動く、そんなに嬉しかったのか。
遂にはクローゼット開けて洋服ブラシをかけ始めた。
(ん? ちょっとリリア、その制服って……)
「え、あぁ、ロベリス学園の制服ですわ」
(へー)
ブレザーにネクタイ。よく乙女ゲームで見てたけど、本物は初めて見た。何でも
、この中世の時代にブレザーとかが制服になったは桜さんよりも前に来た召喚され
し者が発案したらしい。
(えっ、ちょっとスカートの丈短すぎね?)
「そうかしら? でも、言われてみれば……確かに」
うちが来てた制服のスカート丈は膝下か膝辺り、対してこれは太ももの中間辺り
、絶対にコレ発案した人の趣味だろ。
軽く引いていたが、ある事が頭に浮かんだ。全員これくらいのスカート丈で学校
に行ってるのなら、そこはそう……天国だ。
(……リリア、うち学校行きたい)
「はい?」
(リリアの侍女とかでも良いから学校に行きたいっ!)
二次元の顔は大抵が美顔、そこの世界では可愛くなくても三次元の世界じゃ美人
だから。そんな奴らの生足が拝める、これは行くしかない!
(行きたい行きたい行きたいーーーっ!)
「な、何故そんなに行きたいのか分かりませんが……分かりました。学園長に手紙
をお送りましょう」
(いいん?)
「えぇ、最近、ロベリス学園は庶民を学校に入れる方針ですから。それに、私を誰
だとお思いで?」
美しく、背筋がゾクリとするような笑みは正に悪役令嬢そのものの顔。思わず見
惚れてしまったが、直ぐ我に帰り返事をする。
(デ、デイビス家の長女、リリアさまー)
椅子に座り、綺麗な字で手紙を書くリリア。書き終わると封筒に入れて封蝋をし
た。それが終わると部屋を出て行き、そこら辺のメイドに渡す。
「これで大丈夫ですわ」
(シャアッ‼︎)
「縁もこの制服を着て行くのでしてよ」
(……あ)
ちょっと待て、それじゃあ、うちはこんな生足を晒すような制服を着なければい
けないのか?
やってしまったと思ったら時すでに遅し、うちはこの日の絶望を一生忘れない。