3話 冷たい瞳
縁視点です。
真っ暗闇の中、巨大なスクリーンが映っている。それは多分リリアさんの視界を
そのまま現した物だろう。慣れない丸い体、いや霊体をふわふわと浮かせながらス
クリーンを眺める。
「カイルだが、入ってもいいか」
「えぇ、どうぞ」
ドアを開けて入ってきたのは何かパッと見、「イケメンな外国人」にしか見えな
い。可笑しいなぁ、確かに液晶越しで見てた時はああああああマジかっこいいわ好
きっ‼︎ って思ってたのに、いざ目の前にすると気持ちが急激に冷めていく。
あの乙女ゲーム、〇〇君に相談しようとか、そんな生易しい選択技なんか無かっ
た。自分の選ぶ行動と発言で攻略対象の好感度を上げるのだが、これがかなり難し
い。何回やってもノーマルエンドで終わる、つまり友達の関係で終わる。
前世での姉さんは得意らしく、他の乙女ゲームでもサクサク攻略対象を落として
行ってたな。
あぁもう悔しい。うちだってもう少しイケボとか聞きたかったし乙女心くすぐら
れる感じのスチル見たかった。姉さんに頼んで見せて貰えば良かったんだけど、そ
れはうちのプライドが許さなかったので頼まなかった。
……最終的にはネットで調べて全キャラ攻略したけどな、泣いたわ最後。テスト
でケアレスミスを見つけたのと同じ感じだったよ。「あの時こっちの選択技を選ん
どけばこのルートに入ったのか」って。
そんなうちに姉さんは「相手の事を考えて選択技を選べば良いんだよ」って言っ
たけど考えた末がコレですよ? おん? 83回もノーマルエンドを見ちゃってパ
ソコンに走っちゃったよ、実況動画じゃ「わー、この乙女ゲーム初めてですー」と
か言いながら攻略対象落としていったの見てまた泣いたわ。
そんな事を考えていたら、どうやら話が進んでいたようだ。
「今日は体調が優れないようだな、家まで送る馬車を用意した」
「お気遣いどうもありがとうございます」
……なに、この男。
目の前にいる男はリリアさんと目を合わせないで喋っている、てか、合わせよう
ともしない。少し腹が立った。うちも中学1年の時は目を合わせないで喋ってた時
があるし、そんなに強く言えないが、うちは怖い先生に注意されて、それから人と
目を合わせて喋るようにしたんだ。この男にはそんな人がいないのだろうか。
それによくよく考えてみたら、あの修羅場、確かヒロインに対しての好感度が4
以上じゃなきゃ発生しないイベントだったよな? それと今言った好感度は1〜5
まであって、4まで行ったら恋心が完全に芽生えてるもんじゃねぇか!
リリアさんが立ち上がり、ドアノブに手をかける。
「待て、大事な話があるんだ」
「……何でしょう?」
リリアさんの視界をスクリーンに映してるから、リリアさんの顔が見えない。だ
けど、きっと嬉しそうな顔してんやろなぁ。
乙女ゲームじゃカイル様と仲良くする時には必ずと言って良いほど邪魔して来た
し、顔も嫌そうに歪んでた。それに仲を邪魔する時は高らかに笑ってたり、その笑
顔はそれはそれはもう爽やかな笑顔でして……リリアさん、顔に出やすい人なのか
も……。
「貴様の婚約を破棄する事にした」
「……は」
……あ、そういえば思い出した。うちがリリアさんに入る時って断罪イベントで
それと同時に婚約破棄される時やったわ。その時の台詞とまんまやなー……え、え
っ? まさか、うちが憑依した事によってリリアさん倒れちゃったから、婚約破棄
が今になったんか。
「あ、の……それは、どういう……」
「そのままの意味だ」
スクリーンの景色が傾く。
(リリアさん!)
大きな声で呼んでしまった。だが、叫んだ瞬間に景色が止まり、元に戻る。
「黙って……!」
「黙れと言われても俺は何度でも言う、婚約を破棄したんだ。既に親からは了解
を得ている」
「ち、違います! 今のは……」
「結局、貴様が欲しかったのは地位なのだろう?」
「そんな!」
(ちょっ⁉︎ おいカイル! リリアさんが答えたのはお前じゃねぇわ、うちじゃボ
ケェッ!)
その後は、リリアさんが否定すればカイルも否定しの繰り返しだった。カイルは
完全にリリアさんの事を信じてない。耳を傾けようともしない。
乙女ゲームでのカイルは、俺様で強引だけど、人の言葉に真正面から向き合う人
やったんに……ゲームの裏じゃこんなんだったんか……。
少しだけショックを受けていると、リリアさんの言葉が次第に小さくっていき、
最後には俯いた。スクリーンに映る景色が滲む。
「最後に言っておく。またサクラに手を出したら、次はないと思え」
「っ……はい」
リリアさんは聞こえないくらい小さな声で答え、部屋を出た。
.
(大丈夫?)
(……慰めなら、いらないわ)
初めての馬車、テンションが上がってる筈なのに、乗っ取ってる人の事情を思う
と何故かテンションが下がってしまいます。もう何もかも考えずにひたすら笑って
傷を抉って塩でもかけてやろうか。
だが、それをしないのがチキンであり小心者のうちである。
スクリーンの端を見つめ、移り変わる景色を眺めていると止まった。
「リリアお嬢様、家に着きました」
「えぇ……」
馬車から降りると目の前には大きな家、いや、豪邸が建っている。
(うへぇ……でっか、この家いくらかかったん?)
(デイビス家は王族の次に権力があるのでしてよ? これくらい何ともありません
わ)
そうやった。確か姉さんが買ってた乙女ゲームの攻略ブックの設定にそんな事が
書いてあった……気がする。結構前に全員、攻略したら飽きちゃって、ここ1ヶ月
何もやってなかったからイベントとかストーリーが頭からほとんど抜け落ちちゃっ
てるわ。
「旦那様がお呼びしておりました。書斎で待っているとの事です」
「えぇ、直ぐに向かいますわ」
しばらく豪邸の中を観察していると、とある部屋に着く。その部屋には大量の本
があり、奥には厳しそうな男の人がこっちを睨んでいた。
銀色の髪に薄い緑が混ざってる感じの水色の目、顔は整っていて歳を取ってるの
が分かる、とても優しそうな顔だ……こっちを睨んでなければね。睨む目はカイル
のあの目と負けず劣らず冷たい。
(え、え、あの人こっち睨んでるんですけどぉっ⁉︎ こっわ! こっわっ⁉︎ あの人
誰なん⁉︎)
(あの人は……)
その先は男の人の低く、威圧するような声で遮られた。
「どうして此処に呼んだのか、分かっているか?」
「はい、お父様」
(お父様ぁっ⁉︎)
全然似てない。悪役顔……いや、少しキツい印象を与えるリリアさんに、こっち
を睨むのさえやめれば優しそうな顔つきのリリアさんのパピー。対極だ、磁石で例
えるとSとNが此処におるぞ。
「リリア、お前にはこの国の未来の王妃となる為に必要な教育をしてきた筈だ、そ
の為に金や時間を費やしてきたが……恩を仇で返したな」
「分かっております」
「お前はデイビス家の恥さらしだ」
(んのクソジジイ……!)
ない歯を食いしばりスクリーンに映る怖い顔をした人を睨む。これは酷い。せめ
て娘に1つくらい優しい言葉をかけてやれや。
そう念じても、リリアさんを映す目は非難の色が浮かんでいた。
「1ヶ月間、自分の部屋で反省しておけ、学校にはもう言ってある」
「はい」
「もう用は済んだ、部屋へ行け」
リリアさんは頭を下げ、部屋を出て行った。
.
(うへぇ……でっか)
「貴方、その言葉しか話せなくって?」
(あ、すみません……って、心の中で話さなくて良いん?)
今いるのは隅っこの部屋だけど、とても広い。しかも1人部屋だそう、クソ、羨
ましい。うち持ってなかったんに。
「この部屋に来る人は使用人しかいませんわ」
(でも使用人に聞かれたら……)
「食事を運ぶくらいしか来ませんので」
(え? あ、うん……)
こうして、部屋に着いてからの会話は終わった。どうしよう。ってか、この沈黙
辛い。何か、何か話題になる話……あ。
(ねぇ、暇なら、うちの話の聞いてみん?)
「……えぇ」
うちはその返事を聞くと口を開いた。