1話 変な物との出会い
「たかが召喚されただけの小娘が! 身の程を弁えなさい!」
ぱんっ、と心地いい音が耳に聞こえる。右手は痺れるように痛い。目の前にいる
憎い女は何をされたのかまだ分からないようで叩かれた方を向いていた。左頬がほ
んのりと赤い。
平手打ちを喰らわせたが、それでも私の怒りは収まらなかった。
「何をしている!」
「あら、カイル様」
カイル様は、あの女を私の視界から隠すように前に出る、私を映す瞳には暖かみ
何て1つも感じられない。冷たい目が、底の底まで暗い瞳が、私を見る。
昔から、カイル様が私を優しげな目で見た事なんてない。冷たく、まるで空気で
も見てるような目でこちらを見るばかりだった。
それでも、いつかは暖かく、優しい瞳で私を映してくれるのではないかと、ずっ
と思っていた。そう、例えば、あのカイル様の後ろにいる女を映している瞳のよう
な。あの瞳で私を映して貰う為にどれだけ努力した事か……!
握っている手を更に硬く握る、目は熱く、少しでも気を抜けば悔しくて涙が溢れ
そうだ。
「俺は何をしていると聞いたんだ」
「何って、私はそこの女に身の程というものを教えてあげただけですわ」
どうしてあの女ばかり愛されるの? どうして小さい頃から欲しかった瞳が、努
力もしてない貴方なんかに向けられるの?
悔しくて憎らしくて堪らない。
カイル様はこの国の第一王子であり私の婚約者、この婚約は政略結婚だと分かっ
てる。だけど、私は初めて会った瞬間から恋をしてしまった。まるで最初から決め
られていたみたいに。
陽の光を受けると宝石のように輝く金色の髪、深い色で落ち着つきのある緑色の
瞳。モノトーンだった私の世界に色味を与えてくれた愛しいカイル様。
「教育のなってない女に教えてあげたのですわ、逆に私の何が悪くって?」
カイル様の瞳が更に冷たくなる、怖くて逃げたいけど、相手を前に逃げるなんて
それは私のプライドが許さない。
「その言い方はないだろう、サクラに謝れ」
「嫌ですわ、悪くないと思ってますのに何故謝らなければいけないんですの?」
貴方は良いわね、誰からも愛されて。
カイル様の後ろにいる女を見れば、周りにいる人達からの視線が更に強まる。そ
の視線の中には今さっきまで一緒にいた令嬢も混じっていた。何処にも私の味方な
んて居ない。
家にも味方が居ない。母親は父親の他に男を作って私を産んだ、その男は何処ぞ
の元貴族で平民落ちした没落貴族、しかも魔法が使えない私は家族の中では浮いて
いる、デイビス公爵家の名ばかりな令嬢。
味方である筈の母親は私を毛嫌いしている、父親は自分の血が混じってない私を
居ない存在のように扱う、異父妹のシェリーは必要最低限しか話した事がない。そ
んな私にとってカイル様こそが全てだった。カイル様を思えば王妃になる為の厳し
い教育も耐えられた。
「カイル……私は大丈夫だから」
「貴方、カイル様はこの国の第一王子で私の婚約者でもあってよ? それなのに呼
び捨てだなんて、どんな頭をお持ちなのかしら」
「別に呼び捨てくらい良いだろう」
「まぁ酷い。まるで私が小さな事で怒るような器の小さい人に聞こえるではありま
せんか」
貴方が「召喚されし者」でさえなければカイル様に近づく事すら出来なかった癖
に……!
「そんな事は言っていない!」
「人によってはそんな風に聞こえると言ったまでですわ、それに口は災いの元と聞
いた事がありましてよ」
あぁ、周りがうるさい。見てるだけなら何処かへ散ってくれないかしら。
耳に入るのは「彼奴だって没落貴族との子供」、「嫉妬なんて見苦しい」など私
が悪いという内容ばかり。
「カイル……」
「大丈夫だ、安心しろサクラ、俺が守ってやる」
寄り添う2人は正に本物の恋人のように見えた。私の怒りがまた沸き上がる。
「私の婚約者に触れないで下さいましっ‼︎」
また、あの女に平手打ちをしようとして手を振り上げる……が、誰かによってそ
れは邪魔された。
「嫉妬は見苦しいですよ」
「……アーノルドですわね、その手を離しなさい」
生徒会副会長のアーノルドが私の右手首を掴んでいる。
「サクラにもう手をあげないなら良いでしょう」
更に強く握られる右手首、余りにも痛くて顔を歪めるもアーノルドが力を緩める
気配は無い。早くその痛みから逃れたくて、右腕を勢いよく振った。
「触らないで頂戴! きゃあっ⁉︎」
余りにも勢いよく振りすぎて、右手首をアーノルドが放したは良いが、そのまま
床に倒れ込む。
くすくすと笑いを抑えるような声が聞こえる、公爵家の令嬢として恥ずかしく、
顔が真っ赤になっているのが分かった。悔しくて涙が溢れそうになるが意地で堪え
る。
床に倒れこんだまま俯いていると、誰かの足先が視界に入った。もしかしてカイ
ル様が……と思い顔を上げると、そこには思ってもなかった人物が心配そうな顔で
立っていた。
「リリア様、大丈夫ですか?」
「っ……!」
悔しい。なんで私がこんな思いばかりしなければいけないの? 何故、貴方の周
りには味方がいて、愛してくれる人がいるの? 何故、私の周りには直ぐに裏切る
人と愛してくれる人がいないの……!
羨ましい。
危うく口から出かけた言葉を飲み込む。
「リリア様?」
「うるさいわね! 私に近づかないで……くだ、さ……る……」
この女の後ろに白く光っている玉のような物が浮いている、いきなりの事で目が
見開き、その玉を凝視した。
(おー、見事な修羅場ですなー)
そんな呑気な声が頭に響く。ふわふわと浮くそれは私に近づいて来た。
(まさか乙女ゲームのこのシーンが見れるとはねぇ……)
乙女ゲーム? そう思った次の瞬間、白く光っている玉は勢いよく私の方にぶつ
かった……いや、私の体へ入った。
「かはっ……!」
痛い。苦しい。体中の血が逆流でもしてるかのように熱い。左胸を抑え、蹲る。
「大丈夫ですか⁉︎ 誰か! リリア様が!」
段々と暗くなっていく視界。意識を手放す直前に、またあの声が頭に響いた。
(え、ちょっ、か、神様ぁ! こんなんなるって、うち聞いてないんすけどぉっ⁉︎
なんかリリアさんが倒れちゃったんですけどぉっ!)
方言が入ってる台詞があるので、分からなそうな方言を取り除いた台詞を書いておきます。
「え、ちょっ、か、神様ぁ! こんなんなるって、うち聞いてないんすけどぉっ⁉︎ なんかリリアさんが倒れちゃったんですけどぉっ!」
↓
「え、ちょっ、か、神様ぁ! こんな事になるって、私聞いてないんですけどぉっ⁉︎ なんかリリアさんが倒れちゃったんですけどぉっ⁉︎」