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幻想徒然絵巻  作者: 日生
晩秋
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襲来2

 ひどく長かった一週間が終わり、土曜日になると、本当に私は少し具合が悪くなっていた。


 熱が出たりしたわけじゃないけれど、なんとなく体がだるく、起き上がる気力も湧かない。


 これまではなんでもいいから絵を描けば、どんなに落ちこんだ時も救われていたのだけれど、今回は私の中でかつてないほどに深刻みたいだ。


 今日は休みたい。

 また明日からちゃんと考えるから、聞き込みもがんばるから、今だけは何も考えずに眠っていたい。


「ユキー? 大丈夫?」


 朝ご飯も食べずにベッドで寝続けていると、お母さんが部屋にやって来た。

 いい加減起きろという催促かと思ったら、


「あのね、お友達が来てるんだけど、どうする?」


「・・・ともだち?」


 起き上がった私の額に、お母さんは手を当てて熱をはかる。


「ほら、先週も来た美人な子。帰ってもらおうか?」


 ――莉子さんだ。


 すぐにわかって、私はベッドから飛び出した。


 慌てて着替え、玄関まで降りると先週とまったく同じ様子で、莉子さんが「おはよう佐久間さん!」と元気に手を挙げた。


「お、おはようございます。どう、したんですか?」


「遊びに来たんだよっ。この前は結局あんまり遊べなかったでしょ?」


 また遊ぼうとは、確かに約束したけれど、まさかこんな近い日になるとは。


 莉子さんの不安は先週だけでは拭いきれなかったのかな。

 体調はあんまりよくないものの、わざわざ来てくれた人を追い返すことなんてできないし、莉子さんが満足するまで付き合うのが私の義務である気がした。


「あ、携帯は置いてって」


 すると出がけに、莉子さんに言われた。


「莉子、一緒にいる時に携帯鳴るのキライなの」


「は、はい」


 ポシェットから携帯を出して、玄関の棚に置くと莉子さんはにっこり笑う。


「じゃ、行こっ」


 手を取られ、私は駅まで引っ張られて行った。


「今日はねー、この前見れなかったアクセサリー見るでしょー? あとはー、佐久間さんカラオケ好き?」


「あっ、と、行ったことはないです」


「えっ、ないの? 学校の友達と行ったりしない?」


「そういうのにはあまり誘われなくて・・・歌も全然知らないですし」


「佐久間さんって友達いないの?」


 莉子さんにはためらいも遠慮もなく、なんならいっそ気持ちがいい。


「いなくは、ないですけど、そう、ですね。あんまりは、いないです」


「妖怪の友達はいっぱいいるのにね。あ、人間の友達が少ないから逆に?」


「・・・かも、しれないです」


「じゃあ行ってみようよっ。あとゲーセンとかー・・」


 そんなこんなで隣町へ着いたら、まずは莉子さん希望のアクセサリーショップへ。


 ネックレスやイヤリングなど、服を選んだ時のように莉子さんに何が似合うか相談されながら、まあでも結局、莉子さんが自分で選んで買っていた。

 ちなみに、私はやっぱり持ち合わせがなかったのと、アクセサリーなんて付ける機会がないからやめておいた。


 お昼を食べたら、莉子さんに初めてのカラオケに連れて行ってもらった。なんだか難しそうな機械を使って曲を入力し、すごく上手な莉子さんの歌を聞く。


 なんというか、天宮くんのお家は色々と浮世離れしているから、流行とかそういうのには疎いんじゃないかと思っていたのだけれど、案外、そうでもなかったみたい。

 天宮くんも莉子さんと普通にカラオケデートとかしてるのかも。


「佐久間さん歌わないの?」


「わ、私は大丈夫です」


 途中、マイクを向けられたけど、遠慮しておいた。

 人前で歌うのは恥ずかしいし、莉子さんの上手な歌を聞いてからではなおさらだ。あと、ちゃんと知ってる曲が童謡くらいしかない。


「莉子さんの歌を聞いてるだけで楽しいです。ほんとにお上手ですね」


「そう? ありがとっ。こういう芸事も、覚えておくと役に立つのっ。人に取り入る方法の一つや二つは持ってなきゃね。じゃないと、莉子たちって浮いちゃうでしょ?」


「・・・」


 莉子さんは変わらず笑顔でいるけれど、その言い方には切ないものを感じた。


 普通の人が見えないものが、見える私たちの生活は、常にごまかしを伴う。


 みんなは風が木の葉を揺らしたと思っていても、本当は異形の者がその枝に座っていたりする。

 何もない空間を見て怯えたり、逃げたりしていた小中学校の頃の私を、友達は不審がっていた。


 おかしな奴だとレッテルを貼られると、もうわかってもらえない。そうして周りと、関わるのが怖くなる。感覚が違うというのは、何よりも人との距離をあけてしまう。


 莉子さんは家庭環境もやや特殊だから、周囲との感覚の差は私のそれよりも大きいのかもしれない。


 だから人に合わせる方法を知ってなきゃいけない。

 もしかしたら、天宮くんがずっと教室で眠っているのは、疲れているからだけじゃなく、人に合わせて関わるのが面倒だからという理由もあるのかもしれない。


 だとすれば、こんなふうにあけすけな話を聞かせてもらえる私は、少しでも、莉子さんたちの近くにいると思ってもいいのかな。


 もちろん、これ以上近くへは行けないのだろうけれど。

 同じものが見えても、きっと私はすべてを共感できるわけではないから、友達とか、ましてや恋人なんてものには、すべてをわかり合える人どうししかなれないものなんだろう。


「佐久間さんの周りには、莉子たち以外に見える人っているの?」


 ちょっと休憩、とマイクを置いた莉子さんに訊かれた。


「家族のうちでは、亡くなった祖父が見える人でした。他だと、あとは古御堂家の方くらいしか」


「あー、それ聞いたよ。古御堂に目ぇつけられちゃったんだってね? あの家って昔から乱暴な人ばっかりだってゆーから、大変だったでしょ?」


「いえ、確かに怖い時もありましたが、皆さん優しい方です」


「・・・なの?」


「はい。お兄さんの龍之介さんは椿さんが大好きですし、弟の拓実さんには何度も助けてもらいました。あとご当主の正宗さんは祖父の友達だったみたいで」


「古御堂の当主と会ったの?」


「あ、はい。ついこの間、たまたま」


「・・・ふうん。無事ならよかったけど、古御堂は油断ならないから気をつけてね?」


「はい、大丈夫です」


 お互いの家からお互いを警戒するように言われるけれど、やっぱり私にはどちらもそうすべきとは思えない。


「祓い屋以外では、妖怪が見える知り合いはいないのね?」


「はい」


「じゃあ、なかなか恋人とかもできないよね」


 何気なく、莉子さんにそんなことを言われた。


「特に佐久間さんには妖怪がたくさん寄って来るんだもん、普通の人と結婚してずっとごまかすのは難しいよね」


 ・・・そういえば、大して深く考えてこなかったけれど、この生活が一生続くんだとすれば、ハルおばあちゃんくらい包容力があって理解を示してくれる相手でも現れない限り、確実に結婚は無理だろう。


 いや待って。


 妖怪のことがなくたって、そもそも私にそんな相手ができるわけがない。

 どうせ私は一生独り者で終わるんだ。


「心配しなくても、私は結婚できないですよ」


「なんで?」


「私を好きになってくれる人なんているわけないですから」


「えー、そんなことないと思うけどなあ」


「無理です、無理です。私は、ほんとだめな人間なので・・・」


「暗いよー佐久間さん。そんなんだから妖怪が寄って来るんじゃない?」


「す、すみません」


 謝ると、莉子さんのほうはくすくす笑っていた。

 

 そういう莉子さんは、天宮くんと結婚するのだろうか。


 高校生の時点で考えるのは早過ぎるように思うけれど、拓実さんはよくあることだと言っていたし、今の二人の仲なら、いずれそうなってもおかしくないとは思う。


「――莉子さんはいつから天宮くんが好きだったんですか?」


 私からも訊いてみた。

 はっきりと莉子さんの口から天宮くんが好きだと聞いていたわけではなかったけれど、莉子さんは変に隠そうとする素振りすらなく、普通に教えてくれた。


「一緒に修行してた時には、もう好きだったよ。いつ、ってわけじゃなくて、気がついたらって感じだったかなあ」


「そういうものですか」


「そういうものだよ。よく言うでしょ? 恋は気づいたら落ちてるものなんだって」


 つまり理屈とか、状況とか、そういうのは関係なくて、お家の存続のためとかじゃなく、ただ好きだから、莉子さんは天宮くんと一緒になりたいってこと。


 それはごくごく普通の、なんの変哲もない、素敵な恋愛だ。


 どこからも文句を付ける点がない。何も残念がることなんかない。本人たちが無理やり結婚させられるんじゃないんだから、祝福すべきことだ。


 その後、私はずっと歌わなかったので、莉子さんもそのうち飽き、せいぜい二時間ほどで外に出た。


 次に行ったのは、隣のゲームセンター。


 これまた初めて入った場所で、店内はじゃかじゃかと大きな音が混ざり合い、ゲームの機械がちかちか光って、目が回りそうになる。


 うぅ、私って田舎者だ。

 仮に将来、恋人ができることが万が一あったとしても、デートには行けそうもないな。


「あ、これ、この前煉に取ってもらったんだあ」


 莉子さんはピンクの可愛いウサギのぬいぐるみがたくさん入っているクレーンゲームを指す。

 今、莉子さんの鞄にまったく同じものが付いている。


「煉は器用だからゲーム系得意なんだよねっ」


 そういえば夏祭りでも、射的でばんばん当てていたっけ。

 その時に私も狐のストラップをもらったとは、口が裂けても莉子さんには言えなかった。


 あれはそもそも、天宮くんがたくさん得た景品の中から一つを分けてくれただけで、しかも本人はお詫びのつもりでくれたもので、莉子さんのもらったプレゼントとはまったく意味合いが異なる。


「煉はね、最初は文句言ったりするけど、いつもちゃあんと莉子のお願いを叶えてくれるの。頼まれると断れないタイプなのねっ。とっても優しいのっ」


「・・・そうですね。天宮くんは優しい人です」


 一通りぐるっと周り、少し遊んでから出ると、もう日が傾いていた。


 明るいゲームセンター内にいたから、すっかり時間の感覚を失っていたのだ。


「あ、うっかり遅くなっちゃったね。ごめんね、佐久間さん」


 薄く赤みがかってきた西の空を見上げて、莉子さんが口元に手を当てた。


「いえ、莉子さんのせいではないです。私もうっかりしてました。すぐ帰ります」


「でも今から帰ったら途中で夜になっちゃうよ? ――そうだ佐久間さん、うちに泊まっていきなよっ」


「え?」


 勢いよく莉子さんに両手を取られた。


「送ってあげられたらいいんだけど、夜だと莉子も手に負えない妖怪が出てくるかもしれないんだよね。ほら、莉子は神を宿してないから煉ほどは強くないの。でも佐久間さん一人で帰すわけにいかないでしょ?」


「そんな、ご迷惑ですから」


「うちは平気っ。そもそも莉子のせいだもん。明日は日曜日だし、泊まりでも大丈夫でしょ?」


「わ、私は問題ありませんけど、急にお邪魔するの悪いですよっ。なんの用意もありませんし・・・」


「全部莉子のを貸したげるっ。うちのことはほんとに気にしないでっ。佐久間さんの家には莉子んちの電話から連絡すればいいし、ね? 迷惑になるなんて言わないで? 莉子、友達が家に来るの初めてなのっ。だから楽しみなのっ」


 いつの間に、私は莉子さんに友達認定されていたんだろう。てっきり、お邪魔虫としか思われていないかと・・・。


「ね、お願いっ」


 私のほうがお世話になるはずなのに、なぜか莉子さんが私に頼み込んでいる。


 立場上、莉子さんは絶対に私を一人では帰せないのかな。

 もし、ここで無理やり帰って、莉子さんの手に負えない妖怪と遭遇してしまったら大変だ。


 彼女にまで怪我をさせてしまったら、いよいよ天宮くんに合わせる顔がなくなる。


「・・・では、すみませんが、お世話になります」


「うん! お世話になられる! じゃあ、あともうちょっとだけ遊べるよね?」


「え? あ、はい」


 もしかして、まだ遊び足りなかったから泊まってと言ったわけじゃ・・・ないですよね、当然。

 私と遊んで楽しいわけないものね。

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