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幻想徒然絵巻  作者: 日生
晩秋
95/150

古御堂家の当主

 スーツの男性は、一八〇センチはありそうな拓実さんと並ぶほどに背が高かった。


 見た感じ五十代か、そのくらいだろうか。

 髭を生やし、ほりの深い特徴的な顔立ちで、かなり貫禄がある。


 蔵から出た瞬間に、その男性の鋭い眼光に射抜かれた。


「・・・誰だ?」


 声がまた腰に響く重低音で、つい怯んでしまうプレッシャーが放たれまくってる。


 でも近くにいる拓実さんは平然と男性の問いに答えていた。


「学校の後輩」


「名は」


「佐久間ユキ」


「さくま!?」


 端的なやり取りの最後に、男性のほうが大きな声を出した。


 そして拓実さんを押しのけ、私に迫る。

 貫禄のある顔がぐっと間近に寄って、怖いくらい見開かれている目がまるで仁王像のようで、私はもう少しで腰を抜かすところだった。


「冬吉郎さんの孫か!」


「え・・・」


 まさかの名前が飛び出し、ぽかんと男性を見上げてしまう。


「・・・祖父を、ご存知なんですか?」


 それに男性は答えてくれず、後ろの拓実さんを見る。


「なぜ連れて来た」


「蔵守り妖怪を見せてやっただけだ」


「お前はこの子について何を知っている」


「今のところは、天宮が監視してる妖怪絵師ってことだけだ。逆にそっちはどんだけ知ってんだ」


 男性は拓実さんの問いにも答えず、再び私のほうを向いた。


「君も妖怪が見えるのか」


「は、い・・・あの、失礼ですが」


「ああ、私は古御堂正宗。古御堂の当主だ。アレの親でもある」


 と、顎で拓実さんのほうを示す。


 言われてみれば眼光や威圧感が拓実さんと、ほりの深い顔立ちはお兄さんの龍之介さんとよく似ている。

 スーツ姿なのはお仕事の帰りとかだろうか。


「なぜ黙っていた」


 私の横に移動してきた拓実さんに、正宗さんが再び尋ねた。

 なんだか、親子とは思えないぴりぴりした雰囲気が漂っている。


「前に妖怪どもが噂してる人間がいると報告しただろうが。だがあんたはほっとけと指示したんだ。後のことを報告する義務なんざねえ」


「孫ならば話は別だ。さらに天宮が関わっていると判明した時点ですでに報告すべき事項だ」


「なるほど? あんたは噂の人間をこいつのジジイのほうだと思ったわけか。つまり、俺が報告する前からあんたは佐久間を知っていた。そっちこそなんで言わねえんだ」


「必要がないからだ。五年も前に亡くなった人のことを、たとえ調べたところで何も出るはずがない。――この子は今どういう状況にある」


「同じクラスの、神憑きの三男坊に護衛だか監視だかされてる。あくまで奴の修行って名目でな」


 拓実さんの言い方からして、やっぱりまだ護衛の理由を疑われているみたい。


 正宗さんは険しい表情で、じっと見下ろしてきていたかと思うと、やがて細く息を吐いた。


「話がしたい。時間はあるか」


「あ・・・はい。大丈夫です」


 少し、怖くもあったけれど、私は私でどうして正宗さんがおじいちゃんを知っているのか気になっていた。


 畳の間に通され、向かいに正宗さん、後ろの少し離れた壁に拓実さんが寄りかかって座り、私は前後からの威圧感に押し潰されてしまいそうになりながら、がんばって顔を上げる。


 まずは正宗さんに、天宮くんに護衛してもらえるようになった経緯を尋ねられ、本当に偶然クラスが同じだったので知り合い、そういうふうになっただけだとお話しした。


 たぶん、怪しまれてはいたけど、嘘は一度ついたらつき通すしかない。


「祖父の縁で、今はたくさんの妖怪に名前を知られるようになってしまったので、いつも天宮くんに守ってもらっています」


 話の間は相槌も何もなく、正宗さんは黙って聞いてくれていた。


「・・・あ、あの、祖父とは、どういうご関係だったんですか?」


 私から話すことを終えて、沈黙が場を支配してしばらく、勇気を出して尋ねてみた。


 するとさらに沈黙が続いてから、


「――あの人には、まだ私が子供の頃から、何度も迷惑をかけられてきた」


 眉間に皺を寄せ、膝の上では拳を握り、正宗さんはそんなふうに切り出した。


「ちょろちょろ動き回っては、人の張った結界を壊す、術の途中に割り込む、挙句は妖怪を取り逃がす。・・・何度殺してやろうと思ったか知れない。邪魔することにかけては天性の才能を持つ人だった」


 ・・・ええっと。

 なんていうか、後ろからの視線がすごく痛い。


 ついこの間、似たようなことを私もしてしまったけれど、おじいちゃんは一度や二度のことではなかったようだ。


「非力なくせに、無茶をする人だった。人でも妖怪でも頼られればそれこそ見境なく、自ら危険に乗り込む馬鹿の極みだ。・・・だがその馬鹿に、神も妖怪も心を寄せ、あの人の周りではよく不思議なことが起きていた」


 すると、気のせいかもしれないけれど、正宗さんの眉間の皺が少しだけ緩んだ。


「散々振り回されたが、未熟な時分には助けられもした。かわりに私が当主になった後にもただ働きなどさせられたが。――思い返せば、はじめに山中で出会ってから、付き合いは三十年以上も続いたか」


 それは、もう知り合いとかいうレベルじゃない。


 そんなに長い付き合いの人なのに、私はこれまで名前すら、聞いたことがなかった。


「君は知らなくて当然だ。冬吉郎さんのご家族は妖怪が見えないものと思い、私はあえて声をかけずこれまで関わることもなかった。だが、天宮が手出ししているのであれば放ってはおけない」


 正宗さんの眼差しが再び鋭くなる。


「君は冬吉郎さんに天宮の話を聞いていないのか」


「え? あ、はい。祖父は天宮家のことを直接は知らなかったと思います」


 そう答えると、正宗さんは眉をひそめた。


「なぜそう思う」


「話を聞いたことがありませんでしたし、それに綾乃さん、天宮家のご当主もご存知ない様子だったので」


 最初に天宮家へ呼ばれた時、家族に他に妖怪が見える人はいないのかを問われ、私ははっきりとおじいちゃんの名前を口にした。

 けれど、綾乃さんはまったく反応しなかったのだから、そういうことなのだろう。


 すると正宗さんは一層険しい表情になり、


「今すぐ天宮と縁を切れ」


 強い口調で言われた。


「天宮の当主が冬吉郎さんを知らぬはずがない。私と同じく子供の時分にあの人と出会い、あの人が左腕を失った時もあの女は傍にいたのだからな」


 それはあまりにも唐突な、まったく予期していなかった情報だった。


「・・・どういう、ことですか?」


 私は混乱していた。


 綾乃さんが本当はおじいちゃんを知っていたということもそうだし、左腕を失った時に、という言葉にどういう意味があるのかわからなかった。


「冬吉郎さんを襲った妖怪のことを知っているか」


「・・・いえ」


 そうだ、私は知らない。


 おじいちゃんは腕を妖怪に食べられたと言っていたけれど、どういう妖怪に、どうして食べられたのかは、詳しく教えてくれなかった。


「私が君くらいの年の頃に、冬吉郎さんが妖怪の集団から襲撃を受けたことがあった」


 正宗さんが、それを語ってくれる。


「奴らは絵を欲しがらず、あの人を殺そうとしていたのだ。助けを求められ古御堂も応戦したが、敵の数が多く、冬吉郎さんを逃がすのが精一杯だった。片を付けてからやっと駆けつけると、すでに山中であの人は腕をなくし、大量の血を流して死にかけていたその傍に、現天宮の当主がいた」


 おじいちゃんが腕をなくしたのは、まだお父さんが小学生の頃のことだ。


 おじいちゃんが襲われたその場に、おそらく当時は少女だっただろう綾乃さんが、なぜいたのか。


「妖怪の姿はなく、獣の遠吠えだけがどこからか聞こえていた。私は急いで冬吉郎さんを病院へ運んだが、天宮は途中で姿を消した。――それ以降、二度と妖怪があの人を襲うことはなかった。どんなに問い詰めようが、最後まであの人は何があったのかを語らなかった。まるで誰かを庇うようにな。ちょうど今の君のようだ」


 目が合い、体が勝手に跳ねた。


「私は天宮が妖怪に冬吉郎さんを襲わせたのではないかと考えている」


 何を、言われているのか、わからない。


 ただ言葉だけが続けられる。


「襲撃がある少し前、あの人は天宮のことを調べていた。そして、何かをしようとしているようだった」


 どくん、と鼓動が骨に響く。


 おじいちゃんがしようとしていたこと・・・おじいちゃんは左腕を失う前、和尚様に『やらなきゃいけないことがある』と言っていたという。


 それは、もしかして天宮家に関係することだった?


「何かは知らないが、天宮に不利益をもたらすものであったのならば、耳聡く感知した奴らが冬吉郎さんを襲う理由になるだろう。天宮とはそういう一族だ」


「そんな・・・」


「あの人自身は非力だが、あの人の描く絵には不思議な力があった。利き手を奪っただけで襲撃がやんだのは、それと関係があるのではないか?」


 正宗さんは私にこそ、問うている。


「君は何かを知っているのではないか?」


 強い眼差しに怯えながら、私はぶるぶると首を横に振った。


「な、なにも・・・」


「我々が信用できないか」


「そういうわけではっ」


「では天宮に恩義を感じているためか? しかし、冬吉郎さんを知らぬというのはあきらかな嘘だ。君に対してそのような嘘をつくのは、隠したい事実があるからではないのか」


 私は答えられない。


 今、何が確かなのかまるでわからない状態では、どんなことも口にできなかった。


「・・・少し、待っていただけませんか」


 しばらくして、やっと、それだけ言えた。


「祖父のことは、私も知らないことばかりなんです。左腕のことも、今初めて詳しい話を聞きました。ただ・・・その、正宗さんのお考えはわかりましたが、私にとっては、天宮家の皆さんはほんとにお優しい方々なんです。綾乃さんがその場にいたのは何か別の事情があったのかもしれません。そちらにも詳しい話を聞いてみますので」


 わざと妖怪におじいちゃんを襲わせたとは、いくらなんでも信じられなかった。

 だって天宮家は千年以上も妖怪から人々を守り続けている一族なのだ。


 それにおじいちゃんが、人の困ることを率先してやろうとしていたとは思えない。


 正宗さんが勘違いしていることがあるはずだ。

 話してみれば、きっとわかることがあるはず。


「やめろ」


 ところが、正宗さんには厳しい口調で制された。


「馬鹿正直に当たっていい相手ではない。隠していたことを君が知ったとなれば、腕だけで済むとは限らんぞ」


「っ――」


「くれぐれも迂闊なまねをするな」


 おじいちゃんに何があったかは綾乃さんにしかわからないのに、直接訊くなと言われてしまったら、どうやって真実を知ったらいいのだろう。


 本当に、警戒しなければならないことが、そこにあるのだろうか。


 正宗さんがいい加減なことを言っていると思うわけじゃない。

 けど、綾乃さんたちが悪い人とも思えない。


 私は、一体何を信じたらいいの?


 何が嘘で、何が本当で、これからどうすればいいのだろう。


 途方に暮れていると、正宗さんの息吐く音がした。


「何を信じるかは自由だが、覚えておきなさい。天宮は決して正義の味方などではない。―――話は以上だ。拓実、彼女を家まで送り届けろ」


 正宗さんの指示を受け、拓実さんが立ち上がる。


「あ、そんな・・・」


「じき夜になる」


 断る隙もなく、正宗さんも立って部屋の襖を開けた。

 そして玄関とは逆のほうへ廊下を行ってしまう。


 きびきび歩く姿勢の良い後ろ姿には、さっき私が答えなかった問いへの未練はないようで。


 つまり、無理やり秘密を聞き出すつもりで引き止めたわけではなく、正宗さんは自分が怪しいと思ったことを、ただただ私に教えてくれただけなんだ。


 心配して、忠告してくれたんだ。


 おじいちゃんにそうしたのと同じように。


 それがわかったら、何も言わずにはいられなかった。


「あ、あのっ、ありがとうございましたっ」


 振り返った正宗さんは、怪訝そうな顔をしていた。


「腕をなくした時も、他の時も、祖父を助けてくださってありがとうございました。正宗さんのような優しい友達がいてくれて祖父は幸せな人でした」


 ほとんど親子くらい年は離れていたと思うけれど、正宗さんは間違いなく、おじいちゃんの生涯を通しての友達だったろう。


「私のことまで、心配してくださってありがとうございます」


 深々と頭を下げて、再び上げた時、正宗さんはまるで苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「・・・君に礼を言われる筋合いはない」


 そう言って、廊下を曲がり行ってしまった。


 すると後ろから、拓実さんの手が頭に乗った。


「親父のやつ、お前が苦手みてえだな」


「え? わ、私、何かまずいことを?」


「単純にやりにくいんだろ。おもしろいもん見れたぜ。お前、また来いよ」


「ええっと・・・」


 拓実さんが歓迎してくれる理由が、ちょっとおかしな気がするけれど、もう来るなと言われるよりは、いいのかな。


 そうしてお屋敷から失礼した頃には、日が西に沈みかけていた。


 暮れなずむ町中を拓実さんは大股で迷いなく、どんどん歩いていくので、すぐに変だなと思う。


「あの、拓実さん? 私の家をご存知なんですか?」


「監視してたんだから当たり前だろ。馬鹿か」


 そ、そういえばそっか。


 小走りで横に追いつき、私は拓実さんにも歩きながら頭を下げた。


「今日は、色々とありがとうございました」


 途端に、拓実さんにじろりと睨まれる。


「ほんっっとにちょろ過ぎんぞ」


 続けて呆れたように言われた。


「どうせ天宮にも簡単に丸め込まれてんだろうが。されるがままになってんじゃねえよ、たまには噛みついてみやがれ」


「にゅっ!?」


 顎を掴まれ、がくがく左右に振られて最後は投げられるようにして放される。


「――ま、大人しい馬鹿だからこそ無事でいるのかもしれねえがな。それもいつまで続くかわかんねえぞ」


「・・・」


 先を行く拓実さんの後ろで、私は、にわかの情報と浮かぶ様々な感情のせいで頭も心も飽和状態であり、まだ何も、考えることができないでいた。

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