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幻想徒然絵巻  作者: 日生
晩秋
94/150

蔵守り

 よぉく目を凝らすと、黒いもこもこには赤くて丸い鼻と、つぶらな瞳に口まで付いているのがわかった。


 ぴょんぴょん跳ね、糸車を回して遊んでいる。


「わっ、か、可愛いですっ」


 夢中になって回しているから、私たちのことにはまだ気づいていないみたい。

 でもここは祓い屋のお家なのに、どうして妖怪がいるんだろう?


 すると拓実さんの手が頭から離れた。数歩後ろに下がり、近くの棚に背を預けて腕を組む。


「あの・・・?」


 拓実さんは何も言わないでじっとしたまま。


 まるで好きにしろと言われている気がして、私は、そろそろと蔵の隅へと近づいていった。


「こ、こんにちは」


 声をかけると、もこもこな妖怪は驚いたのか動きを止めて、そのせいで勢いよく回していた糸車に巻き込まれてしまい、ぽーんと飛んでいった。


「あ」


 壁に当たって跳ね返り、足元まで転がってくる。


「大丈夫ですか!?」


 慌ててしゃがみ、もふもふ妖怪を掬いあげる。毛は柔らかく、見た目通りもふもふしてて気持ちいい。

 大きさはモルモットくらいかな?


 つぶらな瞳をぱちぱちさせて気がついたようなので、改めてご挨拶だ。


「急に声をかけてしまってすみません。私は佐久間ユキといいます。はじめまして」


 止めた糸車の上に妖怪を戻し、丁重に頭を下げる。

 相手はきょとんとしたような様子で、でも大人しくそこにいてくれた。


「もしよければ、あなたの絵を描かせてもらえませんか?」


 するとその妖怪は、きゅきゅ、と高い鳴き声を返した。

 いいのか悪いのか、よくわからなかったけど、たぶん嫌なら隠れたりするだろう。


 とりあえずスケッチブックを開いて描き出す。


 しばらくするともこもこ妖怪はまた糸車を回して遊びはじめ、楽しそうな鳴き声を響かせる。


 誰もいないはずの蔵の中からこの声が聞こえたらさぞかし怖いだろうけど、そっと隙間から覗けば、見えるのは古い糸車を夢中で回して遊んでいる可愛らしい妖怪の姿。


 一体どういう妖怪なのかなあと、描きながら想像するのが楽しい。


 外見を絵にすると、その中のことまで少しわかってくるような気がする。

 するともっと知りたくなって、もっともっと描きたくなる。


「――できました」


 夢中になって一枚を仕上げ、息をつくと糸車から妖怪がぴょんと私の肩に飛び乗った。


 そして完成したばかりの絵をじっと眺め、「きゅきゅ!」と鳴くや、その場で高く飛び上がる。再び肩に着地すると、続いてこちらの頬にふわふわの体をすり寄せてきた。


 わ、ぁぁ、可愛い~。

 絵を気に入ってくれたのかな? だとしたら嬉しい。


「持って帰るんじゃねえぞ」


「きゃっ!?」


 反対側の耳元で、突然拓実さんの声が聞こえて思わず悲鳴を上げてしまう。


 いつの間にか拓実さんがすぐ後ろにいて、ポケットに手を突っ込み、こちらを見下ろしていた。


「えっ・・・あ、あの、この妖怪はなんなんですか?」


「蔵ぼっこ。そいつが蔵を離れると家運が傾くと言われてる。連れ帰りやがったらてめえを握り潰す」


「は、はい」


 拓実さんにかかれば私など片手で潰されてしまうだろう。


 出て行かれると家が衰退する、座敷わらしという妖怪を聞いたことがあるけど、それと似たようなものなのかな。


 座敷わらしは真面目に働いていれば福をもたらすと言われる。蔵ぼっこさんもきっと人に害をなすものじゃないから、祓い屋の家にいるのだろう。


 そういえば拓実さんは、今も腰にぶら下げている竹筒から管狐さんという妖怪を出して、仕事を手伝わせていたっけ。


「拓実さんのお家には、妖怪がたくさんいるんですか?」


 妖怪と敵対する祓い屋が、その妖怪の力を借りているのは、なんだか不思議。

 でも拓実さんはしれっとしたお顔で言っていた。


「馬鹿とハサミは使いよう。妖怪も然りだ」


「そ、そうですか」


 天宮くんたちとは違い、神様の力を使えない拓実さんたちには、拓実さんたちなりの仕事のやり方があるのだろう。


 つまり、人の力で妖怪に対抗する方法だ。


「・・・あの、すみません。ちょっとお尋ねしてもいいですか?」


 思うところあり、私はおずおずと手を挙げた。


「なんだ」


 拓実さんは一応聞いてくれる様子だったので、思いきって続けてみる。


「その・・・私でも使える術、みたいなものってないでしょうか」


「あ?」


「妖怪を祓う術じゃなくていいんです。妖怪から逃げたり、隠れたりできる術なんて、ないんでしょうか」


「・・・」


 拓実さんはしばらく黙し、


「教えても無駄」


「・・・ですか」


 案の定な答え。

 わかっていたけど、やっぱり私には祓い屋のまねごとなんかできないってことだ。


「なんで急にんなこと訊く」


「いえ、その、私も、ちょっとくらい自分で自分の身を守れたらなあと、思いまして」


「今さら?」


「い、今さらでも、もっと、自分でどうにかできるようになれれば、天宮くんに迷惑がかからないかもと思ったんです」


「・・・お前の場合は術以前の問題だ」


 拓実さんはポケットから片手を出して、私の肩に乗っている蔵ぼっこさんを指した。


「お前自身にそいつらを拒む意思がねえなら、祓いの術を知ったところで同じだ。最良の魔除けはいらぬ関心を持たず、近寄らず、名を知られないことだ。お前は興味津々で寄ってって自分で名乗り上げてんだから世話ねえぜ」


 つまり、行動のすべてがだめだめってことか。


 そもそも毎日妖怪が寄って来ているこの状況では、どんな方法を知っていたって、意味がないのかもしれない。

 天宮くんたちの不安を完璧に拭い去るなんてできないだろう。


「そう、ですか・・・」


 現実は変わらない。どうしようもないものは、どうしようもない。


 力もなく、訓練も何も積んでこなかった私が少しでも拓実さんたちのようになろうだなんて、おこがましい考えだったのだ。


「んなこと急に言い出したのは、あの女のせいか?」


 何気なく、言われたことに心臓が止まりそうになった。


 ぎ、ぎぎ、と錆びた機械のように拓実さんを見上げると、変わらぬ無表情で見下ろされている。


「あの棒切れみてえな女だ。あれも天宮だろ?」


「ど、どうして」


「校門であんだけ騒いでりゃ嫌でも気づく」


 そっか、そういえば拓実さんは陸上部なんだった。

 校庭で練習していれば、門での騒ぎも目に付いたのだろう。


「どうせ泣いたのもあれが原因だろ」


「っ・・・」


「いとこっつってたか? 相手としてはありがちだな」


 図星を指された後、言われたことに少しだけ引っかかった。


「・・・ありがち、ですか?」


「霊力の強い人間を作るために、力のある奴どうしをかけあわせる(・・・・・・)のは祓い屋なら普通にやってることだ。それで必ずしもいいのができるとは限らねえが」


「それは、えっと?」


「わかんねえか? 祓い屋の家に霊力のある人間がいなくなればその家は滅ぶ。仕事ができねえのは当然、姿の見えなくなった妖怪どもに復讐される」


「っ・・・」


 息を飲む私に、拓実さんは続けた。


「見える奴は貴重だ。力は完璧に遺伝するわけじゃねえからな。同じ親であっても男女や兄弟間でも違う。まったく力のねえガキが生まれることもある。それでもまだ強い奴どうしなら確率は高ぇ。だから身内でガキ作るのが手っ取り早ぇし、一族以外にもし見える奴があるなら引き入れる」


 拓実さんの口ぶりは、まるで動物のことでも話しているかのよう。

 でも、それが祓い屋にとっては必要なことなんだ。


 一族の誰もが力を失えば、気配すら感じとれなくなった闇の生き物たちに復讐される、あるいは、復讐されると思い、いつでも闇に怯えて暮らさなければならなくなる。


 それが人々を救うために、背負った代償。


 改めて、天宮くんや拓実さんたちの状況の重さを思い知らされる。浮ついた気持ちで、単純に好きとか嫌いとか、言っていられないのだ。

 その肩には一族の存亡すらかかっているのだから。


 やっぱり、遠い。

 私のいる場所からは、果てしなく遠い。はじめから、届く距離ではなかったのだ。


 三度、視線を下げてしまった時、蔵ぼっこさんの体が頬をかすめた。


「きゅきゅ?」


 蔵ぼっこさんはうつむく私の首のところにすり寄り、まるで慰めてくれているようで、泣きたい気持ちが少し和らいだ。


「・・・ありがとう、ございます」


 この世にはこんなに優しい妖怪もいる。

 ううん、私が出会った妖怪たちはみんな、温かく、時に哀しく、おそろしいけれど、美しくて、大好きな存在。


 でも祓い屋にとっては、そういうものになり得ないのかな。


 人におそれをもたらす妖怪と、人のおそれを祓う祓い屋は、馴れ合えないものだろうか。


「――そもそも、お前には天宮の守護が必要なのか?」


 不意に、そんなことを拓実さんが言った。


「・・・天宮くんがいなかったら、私はとっくに死んでしまっていると思います」


 当たり前だ。今まで何度助けられたか知れない。


 けれど、拓実さんはその鋭い眼差しに疑念の色を浮かべている。


「大勢の妖怪に好かれて、九尾狐にまで気に入られてんだろうが? 俺にはお前が監視されてるようにしか見えねえぞ」


 それは、確かに、その意味もある。


 私の力が利用されないように、天宮くんは見張っていなければならない。

 でもそのおかげで助かっているのは事実なのだ。


「見守ってくれる人があるから、私は安心して妖怪の絵を描けます」


「独り立ちしてえって思ったんじゃねえのか?」


「そ、それは、もう少し迷惑をかけないようになりたかったからで、別に嫌になったとかではなく・・・」


「そーかよ。なら、そのおめでたい頭に教えてやる」


 拓実さんは、がしりと再び私の頭を掴んだ。



「お前を鬼の巣に放り込んだ後、俺は天宮になんぞ連絡してねえ」



「・・・え?」


 文化祭の前、拓実さんに鬼のいる竹林まで連れて行かれた時の、ことだろう。


 囮として使われ殺される直前に、拓実さんと、天宮くんが駆けつけてくれて助かったのだ。


 学校で拓実さんに捕まったのは天宮くんがいない時だったから、当然、拓実さんが取り上げた私の携帯を使って、天宮くんに連絡してくれたのだと思っていた。


 なのに。


「商売敵を呼ぶわけねえだろ。あいつは、どこにいるか知らねえはずのお前の所在を、あの短時間で割り出して来やがったんだ。足りねえ頭でも、さすがにおかしいと思わねえか?」


「・・・」


 拓実さんが知らせる以外で、天宮くんが私のいる場所を知る方法はない、はずだ。


 あの時は町の外にまで出てしまったのだから、偶然で駆けつけられる距離では決してなかった。


 はっきりと確信して、行こうと思わなければ。


 でも天宮くんのことだから、何か私の知らない方法があるのかもしれない。

 それは別に、おかしなことじゃなくて。


「どんな手を使ってんのかは知らねえが、お前は常に監視されてんじゃねえのか?」


 そんなことは、ない。


 だって、そんなのどうやるっていうの?


 いくら私に信用がないにしても、ずっと隠れて見張っているようなことは現実的に難しいはずだ。

 第一、天宮くんには何も言われていない。


 拓実さんは何が言いたいのかな。

 また、私に秘密がないかを問い詰めるつもりなのかな。

 だから監視されてるって・・・。


 すっかり困惑し、混乱し、何も答えられずにいると、やがて拓実さんは手を離した。


「なんでも信用し過ぎるな。味方がいつも味方とは限らねえぞ」


 拓実さんはそれ以上何も問わず、「もう出ろ」と踵を返し、蔵の外へ向かった。


 ・・・前にも、どこかで誰かに似たようなことを言われた気がする。


 もしかして、拓実さんは心配してくれてるだけなのかな。


 私が道端なんかで泣いていたから。

 でもその理由をすぐには問い詰めず、蔵ぼっこさんに会わせて元気づけてくれた。

 そして私の知らないことや、拓実さんが自分でおかしいと思ったことをわざわざ教えてくれたのだ。


 今は、少なくとも拓実さんはただのやっかみで天宮家を嫌っているわけじゃないとわかってる。


 拓実さんには拓実さんなりの考えがあるのだ。

 私だって天宮家のすべてを知ってるわけじゃない。


 かといって、拓実さんに言われたことをすべて受け入れられるわけじゃないけど、心配をしてくれたならそれは、とてもありがたいことだ。


 残っていた緊張が解けていく。


 うん、拓実さんはやっぱり優しい人だ。

 怖いところなんてどこにもない。


「――蔵ぼっこさんも、今日はありがとうございました。おかげで少し、元気が出ました」


「きゅきゅっ」


 どういたしまして、と言っているみたい。


 蔵ぼっこさんを糸車の上に戻し、蔵を出る。


 もうだんだん夕暮れだ。

 拓実さんにもお礼を言って、お暇しよう。

 

 そう思って姿を探すと、蔵の入口のすぐ傍に、拓実さんとスーツの男性がいた。

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