続々エンカウント
莉子さんがパフェを食べ終えたら店を出て、次も莉子さんの希望でデパートに入り、服を見た。
「これどうかなっ?」
長い足の映えるショートパンツに、上は細い肩が出る白系のセーター、少し大きめのキャスケットをかぶり、莉子さんが試着室でくるりと一回転する。
「とっても似合ってます」
「さっきとどっちがよかったと思う?」
「ええと・・・どちらもいいと思いますけど、私は白のほうがよかったかと」
「じゃあそうするっ」
上下ともに次々と試着を繰り返していた莉子さんは、やっとお好みのものを見つけたようで、着替えるたびに感想を求められていた私もほっとした。
「やっぱり女の子と来るといいねー。煉と来ても『なんでもいい』しか言わないんだもん。男ってそういうものなのかな?」
「・・・かも、しれないですね」
「佐久間さんのも莉子が見てあげるよっ」
「あ、ありがとうございます。でも、今日は持ち合わせがないので・・・」
私のお小遣いの大半は画材につぎ込まれ、服はたまにお母さんと買い物に行った時、ついでに選ぶくらい。
莉子さんのようにおしゃれな服は全然持ってない。持っていたとしても、似合わないからどうせ着ない。
「あとアクセサリーも見たいんだけどー・・・あーもう時間だねー」
莉子さんはお店の時計を見て、残念そうに言った。
町に戻るまでに一時間として、駅から歩いて自分の家に帰るとなると、日暮れまでに辿り着くには確かにもう限界だ。
喫茶店でお話をしていた時間が長かったから、あまりあちこちで遊ぶことはできなかった。
莉子さんは家まで送ると言ってくれたけど、彼女にこれから二時間の往復をさせるのはさすがに気が咎めた。
明日は学校だから、天宮くんのお家に泊まるということもできないわけだし。
私は、夜までには確実に家に着けるから大丈夫だと言って、丁重にお断りし、莉子さんも「佐久間さんがいらないって言うなら、いいけど」と比較的あっさりと引き下がってくれた。
「また遊ぼうね! 次は別のとこも連れてってあげる!」
「は、はい、ありがとうございました」
駅まで見送ってくれた莉子さんに、私は頭を下げて、電車に乗って自分の町へ戻る。
駅に降りた頃には日が西に傾いて、でもまだ夕暮れではなかった。
一人とぼとぼ帰り道を歩きながら、馬鹿な私もさすがに気づいていた。
今日のこれって、いわゆる牽制、だ。
莉子さんのほぼ一言ごとに天宮くんの名前が登場し、昨日のデートの内容までやけに詳しく教えられてしまった。
私を呼び出したのは遊びたかったからじゃなく、天宮くんとの仲の良さを強調して、私が必要以上に彼に近づかないようにしたかったんだろう。
考えてみれば無理もない。
大好きな男の子の傍に、いつも自分じゃない女の子がいるんだもの、不安でしょうがないはずだ。
たとえ私みたいな鈍くさくてぱっとしない、なんの取り柄もない、誰の眼中に入りもしないやつであったって、不快なものは不快なのだ。
ただ叶うのならば、莉子さんにはどうかわかってほしい。
あなたが不安に思う要素は一つもないんだってことを。
仮に、だ。
例えば、私が奇跡的に天宮くんの選択肢に入り込むことができたとして、だからどうだというのだろう。
片や、一緒に成長してきて自分のことをよくわかってくれて、背中も預けられるくらい強くて信頼できる超絶美少女。
片や、最近知り合ったばかりで言うこと聞かない、厄介事しか持って来ない面倒なクラスメート。
どっちを選ぶかなんて考えるまでもないでしょう?
一緒にいた時間だって莉子さんのほうがずっと長いのだ。
私が知らない天宮くんのこと、彼女はたくさん知っていたもの。
今さら、天宮くんが私をどうこう思う可能性なんてない。
私なんか疎ましがられてるだけだ。
ただでさえ厄介な存在が、それに加えてうっとしい感情を持ってしまったら、今よりもっと、天宮くんの迷惑になる。
ちゃんと、わかってる。
だから、さっきから胸が締めつけられるように痛くて、なんだかすっごく泣きそうなのは、単なる情緒不安定とか不整脈とか気のせいだ。
こんな気持ちはなんでもない。それに付けられる名前を私は知らないし、知りたくもない。
知らないまま、跡形もなく消えてしまえばいいのだ。
「よぉ」
突然後ろから頭を掴まれた衝撃で、我慢していた涙が一粒、零れて頬を伝った。
ぐりん、と首を曲げられ、後ろを振り向かされると鋭い瞳と目が合う。
ひさしぶり、と言うほどもないけれど、文化祭が終わってからはめっきりからまれなくなっていた学校の先輩に、道の途中で捕まった。
古御堂拓実さん。
そういえばこの方にもかなり嫌われていたなあなんて、暢気に思っていたらさっそく、舌打ちをもらってしまった。
「人の顔見て泣くんじゃねえよ」
「え・・・あ、すみません」
慌てて涙を拭い、気を持ち直す。
「すみません、ちょっと考え事をしていたせいです。拓実さんを見て泣いたわけではないんです」
「当たり前だ」
無表情ながら、拓実さんの口調はとても不機嫌そう。
まあ、機嫌がよさそうなところなんてこれまで一度も見たことがないけれど。
拓実さんには会うたびに怒られてる。
「何やってんだてめえは」
まだ手を放してもらえないので、無理やり上を向かされている体勢でお話しすることになる。
「家に、帰るところでした」
「どっか行って来たのか」
「隣町に、ええと、友達に会いに行ってました」
莉子さんのことを詳しく説明しようとすると面倒になりそうだったので、ぼかした表現にしておく。
「それでなんで泣く」
「・・・さ、寂しくて?」
すると拓実さんの手が頭から離れた。
「今すぐ絵描きの道具持って来い」
唐突に、下った指令の意味が私にはわからなかった。
けどすぐに、前にもこんなことがあったのを思い出し、さっと血の気が引く。
「あ、ま、またお仕事の手伝いですか?」
「なわけあるか馬鹿か。お前みてえな馬鹿連れてっても邪魔なだけだ馬鹿」
で、ですよね・・・。
じゃあどうして、と拓実さんを窺うと、苛々した口調で急かされた。
「いいから持って来い。ぶっ殺されてえのか?」
「っ! す、すぐ取って来ます!」
「走れ」
「はいっ!」
まだ命は惜しかったので、全速力で家に戻り、スケッチブックと鉛筆をトートバッグに詰めて、とんぼ返りする。
息も切れ切れに戻って来ると、休む間もないまま拓実さんにまた頭を掴まれて歩き出す。
「・・・っ、た、拓実さっ、ん、ど、こにっ」
呼吸をするたびにひゅうひゅう喉が鳴っている私に、拓実さんは一言。
「黙れ」
もちろん私はそれ以上尋ねる勇気などなかったのである。
住宅街の道を何度も曲がり、やがて着いたのは、木塀に囲まれた門付きの立派なお屋敷。
勝手口から拓実さんは私を引きずって中に入り、瓦屋根の母屋の隣にある、漆喰の蔵へ行く。
その前でようやく私の頭を放すと、蔵の扉を閉じている太い木材の閂に手をかけた。
「・・・あの、もしかしてここ、拓実さんのお家ですか?」
「聞くな。馬鹿か」
池のある立派なお庭できょろきょろし、尋ねたら怒られた。
まあ、普通に考えて他人のお家なわけないですよね。
天宮家以外の祓い屋のお家には初めて入った。
古御堂家もずいぶん大きいけど、祓い屋さんって儲かる商売なのかな。
しかし、なんだって拓実さんは私をお家に連れて来たんだろう。
そしてなんで、蔵?
拓実さんは、そっと開けた扉の隙間から私を押し入れる。
中は独特な匂いが漂い、天井付近の壁の空気穴から洩れる明かりでかろうじて、様々な物の影がわかる。それらは見たこともない道具や、葛籠ばかりだ。
「あっちだ」
拓実さんに再び頭を掴まれて、右奥のほうを向かされる。
すると隅に置かれた糸車の上に、黒いもこもことした小さな塊があった。




