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幻想徒然絵巻  作者: 日生
晩秋
92/150

襲来

「ユキー、お友達来てるわよー」


 日曜日の午前中、部屋で課題を片付けていたらお母さんの声が下から響いてきた。


 友達、と言われて真っ先に私が思い浮かべたのは同じクラスの沙耶。でも特に遊ぶ約束をした覚えはなかったし、携帯を見ても連絡などは入っていなかった。


 そんなわけで首を傾げながら下に降りると、我が家の玄関に、光り輝く美少女がいた。


「おはよう佐久間さん!」


 人懐っこい、可愛らしい笑みを浮かべ、まるで当然のごとく莉子さんがいる。


「り、莉子さん? どうしたんですか?」


「えへへ~、遊びに来ちゃった! これから二人でお出かけしない? デートデート!」


 デート・・・私と? 天宮くんとじゃなくて?


「あのね、莉子、佐久間さんと仲良くなりたいの。もちろん暗くなる前には、ちゃーんとお家に帰すよっ。莉子はエライから早めに来たもん。ねえ、行こう? それとも莉子と遊ぶのはイヤ?」


「い、いえっ、そんなことはっ」


「じゃあ行こっ! 早く早く準備して!」


 急かされ、ろくに考えられず、とりあえず携帯と財布だけ持ち家を出た。


「隣町で遊ぼっ。ここって妖怪はいても遊ぶとこ皆無だもんね」


 莉子さんは私の先を歩いていく。


 自然しかないこの町とは違って、隣町にはカラオケやボーリング場もあるし、デパートや映画館、それと天宮くんのお兄さんの、慧さんが通う大学などもあった。


 この辺りの人でも、遊んだり買い物したりする時には、電車に一時間ほど揺られて隣へ行く。

 行って遊んで帰って来れば、一日が終わる。


 今日はお狐様のところへ行こうと思っていたんだけど、延期だなあ。


 わざわざ来てくれたところを帰ってなんて言えない。

 なんで来てくれたのかは、よく、わからないけど。


「莉子さんは、昨日は天宮くんのところに泊まられたんですか?」


 まさか私に会うためだけに電車で隣町から来てくれたわけじゃないよね、と思って確認したら、案の定、莉子さんは頷いた。


「うんっ。莉子も本家に住めたらいいんだけどねー。高校は煉と同じとこ行きたかったのに、近いとこにしなさいってパパに反対されたの」


 往復二時間の通学は、確かに大変そうだけど、逆にこの町から莉子さんの高校に通っている人は大勢いる。

 私のとこの高校は正直言ってあんまりレベルが高くないから、優秀な人は隣町の高校を選ぶのだ。


「天宮くんたちのお家に下宿して、こっちに通うことはできなかったんですか?」


 あのお屋敷なら、莉子さん一人くらい増えても問題ないだろう。親戚だし、普通にありそうだと思うけど。


「だめなの。いざという時の戦力が外にもいないと困るんだって」


「せんりょく・・・?」


「んとね、みんなでまとまってると、襲撃された時に全滅しちゃうかもしれないでしょ? だから、莉子みたいに戦える子を少しは外にも置いておくの。ま、神憑きがいる本家が制圧されるなんて絶対ないけどね」


 ・・・襲撃って、妖怪に、という意味かな。

 まるで戦争でもしているかのようだ。祓い屋と妖怪との関係を改めて考えさせられる。


 莉子さんは天を仰いで、あーあ、と溜め息をついた。


「佐久間さんはいいなあ、煉と同じ学校で」


 率直にうらやましがられ、焦る。

 そんなのただの偶然以外のなにものでもないのに、妙に謝りたい衝動に駆られた。


「あ、あの、でも、莉子さんは天宮くんと仲良しですね?」


 とはいえ、やっぱり謝るのはおかしいから、そんな言葉を繋いでフォローにしておいた。

 すると、予想外にきらきら輝く瞳をされた。


「ほんと!? そう見える!?」


「は、はい、とても仲が良さそうに見えます。その、ほんとに、恋人だって言われても、違和感ないです」


 文字通り、美男美女カップルって感じで。


「ほんとほんと!? わぁ~わぁ~嬉しいっ! 佐久間さんっていい人ね!」


 莉子さんは相当喜んでくれ、いきなり抱きつかれた。


 その時、ふわっと髪から花のような香りがして、こんな子が傍にいたら、男の子はきっと好きになっちゃうんだろうなあと思った。


 機嫌をよくしてくれた莉子さんは、それからずーっとお喋りが止まらなかった。

 電車に乗って、降りても、話してくれるのは全部、天宮くんとのこと。


「――あ、ここ入ろ! 昨日、煉と来たらおいしかったのっ」


 隣町に着いた頃はお昼に近かったので、まずは喫茶店に入った。

 内装が華やかな素敵な場所で、カップルの姿もちらほら見える。


 莉子さんはパスタとパフェとクリームソーダなど色々なものを頼み、私はメニューの一番上にあったオムライスを注文する。


 先に運ばれてきたクリームソーダのアイスを、幸せそうに食べている莉子さんの顔を眺めながら、私は料理が来るまでお水にちびちび口をつけていた。


「ここのパフェは煉も気に入ったみたい。煉って、意外と甘い物好きなんだよねー」


「そう、なんですか」


「佐久間さんは煉とご飯食べに行ったりしないの?」


「な、ないです。何もない限りは、外で会わないです。学校でも、話すのは放課後だけで」


「あー、ごめんねー。煉ってば無愛想だから」


「いえ・・・」


 やがて料理が運ばれて来た。

 卵にしっかり包まれた中身はチキンライスのものを、端からスプーンで少しずつ食べ、莉子さんはトマトのスープに浸かったパスタをフォークでくるくる巻いて食べる。


「あ、佐久間さんのオムライス、ミニトマト付いてるー。莉子、トマト大好きなんだあ、いいなあ」


「た、食べますか?」


「いいの? わあい♪ 佐久間さんって優しいねっ。煉も、よく莉子の好きなものくれるんだあ」


「そう、なんですか」


 もう何度も同じ相槌を打ってしまってる。

 でも、それ以上に何を言えばいいのかわからない。


「――ん? 佐久間さん、携帯鳴ってない?」


「え?」


 莉子さんに指摘されてから、ポシェットの中で唸っている音に気づく。

 画面を見ると、表示されている名前は天宮くんで、飛び上がりそうになった。


「誰?」


 ここは別に、ごまかしたり嘘をつくような場面ではないと自分に言い聞かせ、唾を飲み込んで答えた。


「あ、天宮くんです・・・」


「え? なにかな? 早く出たほうがいーよ」


 そ、そうだよね、緊急の用事なのかもしれない。

 何もないのに電話をかけてくるわけないんだから。


「も、もしもし」


 おそるおそる電話を耳に当てると、特段、いつもと変わりない声が聞こえてきた。


『佐久間? 日曜にごめん』


「だ、大丈夫です。どうかしたの?」


『ちょっと確認したいんだけどさ、今日もしかして家に莉子来た? なんか佐久間の家に行くとかって話を翔が聞いたって言うから』


「あ・・・はい、今、一緒にご飯食べてます」


『は?』


 天宮くんの声がそこでいったん止まった隙に、


「なになに莉子の話? 貸して」


 差し出された手に、大人しく携帯を渡す。


「もしもし? ――うん、そうそう、一緒に遊んでるの。暗くなる前には帰すし、莉子のとこは妖怪いないし大丈夫っ。煉ってば心配性なんだから~。――うん、うん、え? 迷惑なんてかけてないよ? ね、佐久間さんっ」


 向こうの会話中に、唐突に話を振られてびっくり。

 でも同意を求められたんだから、何度も頷いておいた。


「ほら、全然大丈夫だって言ってるよっ。――嘘じゃないもんっ。――ヘーキだって! いいから煉は邪魔しないでっ。じゃあねっ」


 通話を切って、莉子さんは携帯を返してくれた。


「煉ってば心配性ー。佐久間さんが出かけるだけで妖怪に襲われると思ってるみたいだよ?」


 それは一度や二度じゃない前科があるからです。

 まるで小さな子供のように心配されて、我ながら情けない。


「まじめな分、ちょっと口うるさいんだよね。佐久間さんは煉にうるさく言われてない?」


「はい、全然・・・むしろもっと怒ってくれていいくらい、日々ご迷惑をおかけしているので申し訳ないです」


「そんなしょっちゅう妖怪に襲われてるの?」


「襲われるばかりじゃないですが・・・ええと、私が不注意なせいで、厄介な事態になることが多いです」


「そっか、佐久間さんって妖怪のことあんまり詳しくないんだっけ。でも妖怪が好きなのね? 煉に聞いたんだけど」


「あ、はい」


「じゃあねじゃあね、妖怪好きな佐久間さんに、煉と妖怪退治した時のお話ししてあげるっ」


 食べる手を止め、莉子さんは嬉々と語り出す。

 それは先週、私が天宮くんに聞けなかった別件のお仕事の話だった。


「あるお家でね? 主人がたくさん飼ってた猫が、ぜーんぶ殺されちゃったの」


 可愛い口調で、かなり恐ろしいことを莉子さんはさらりと言う。


「十匹もだよ? 絶対妖怪の仕業だから、莉子と煉で退治して来なさいって当主に言われたの。でね? 猫の死体をお家の人に見せてもらったら、何かに噛まれた痕があったのね。それで莉子も煉もぴんときちゃった」


「噛み痕で妖怪の正体がわかったんですか?」


「うんっ。でもそのお家にもう妖怪はいなかったから、テキトーに野良猫使って、囮にして、夜中に罠をしかけたの。そして捕まったのがね、こーんな大きな鼠だったんだよっ」


 莉子さんが広げてみせた両手の幅から推測するに、一メートル近い大きさだった。


「旧鼠っていうの。猫を食べる鼠の妖怪ねっ」


「ね、鼠が猫を食べるんですか?」


 食物連鎖的には逆だけど、妖怪にはそんなの関係ないんだろう。私は《窮鼠猫をかむ》という諺をその時思い出した。


「キョーボーだけど頭は悪い妖怪だから全然怖くないよっ。莉子が結界で足止めしてる間に煉がぱぱっと退治して、めでたしめでたしっ」


「お二人とも、怪我しませんでしたか?」


「ないない。あんなの雑魚だもん」


 風が吹けば飛んでいってしまうんじゃないかってくらい華奢な莉子さんだけど、きっと祓い屋としてはかなり優秀な部類に入るんだろう。私にもそれくらいならわかった。


「莉子さんたちは、いつから妖怪退治のお仕事をされてるんですか?」


「うーんと、最初に二人で仕事したのは小学生の時だったかな? まだ煉は神降ろししてなかったよ。莉子と煉は天宮の子供の中でも特に霊力が強くて術のセンスがよかったから、早くから仕事をふられてたの。さすがに椿ちゃんたちには敵わなかったけど、莉子と煉は二人でいれば一人前だったの」


 少なくとも私は、小学生の頃なんてほとんど遊ぶことしか考えないで生きていたけれど、天宮くんたちはすでに危険と隣り合わせのお仕事をこなしていたんだ。


「最初に煉とやった仕事はね、妖怪に盗まれた指輪を探すことで――」


 それから、莉子さんは天宮くんとこなしたお仕事の話をたくさん聞かせてくれた。

 おそろしい妖怪に、まだ幼い二人が知恵と勇気で挑み、すべてを解決に導いた経緯を聞くと、ただただすごいとしか思えなかった。


 この間に、天宮くんからもう一度電話がかかってくることはなかった。

 どうやら莉子さんの所在を確認する以外の用はなかったようだ。

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