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幻想徒然絵巻  作者: 日生
晩秋
90/150

知りたい、知らせぬ

「変なこと訊いてごめんね。気分直しに――あぁそうだな、冬吉郎おじいさんの話でもしようか?」


 そう言われた時、私は翔さんが最近の私の行動を知っているのかと思った。


 ただただ驚いていると、話は続けられた。


「前にも根掘り葉掘り訊いたのにごめんね。実は知り合いの和尚様から気になる話を聞いたものだから」


 翔さんが言う和尚様とは、私もよく知るおじいちゃんの幼馴染の方を指していた。


 そういえば、お盆に和尚様のところへ行った時、天宮家にお世話になることがあると言っていたのを思い出す。


「なんですか? 気になる話って」


「おじいさん、若い頃神隠しに遭ったことがあるって」


「え、神隠し?」


「その様子だと、ユキちゃんも知らなかった?」


「はい、初めて聞きました」


「おじいさんが子供の頃に、山で二日くらい行方をくらませたことがあったそうだよ。で、帰って来た日を境に、おじいさんはそれまで一度も描いたことがなかった妖怪の絵を描くようになったらしい」


「――」


 描いたこともなかった絵を、ある時を境に突然描くようになった。

 それが意味することまで、翔さんは教えてくれた。


「後天的に妖怪が見えるようになる例っていうのを調べてみたら、臨死体験をした人にたまにあるみたいだった。常ならざる世に触れたせいで、そちらへの感覚が開いてしまうらしい。そりゃあ山の中で二日もさまよっていたなら、多少は危なかったんだろうけど」


「・・・祖父は、もともと妖怪が見えていたわけじゃないってことですか?」


「和尚様曰く。そうすると霊力がなくても見えるって話に納得がいく」


「そうなんですか?」


「うん。霊力が強い人間は自身の力で自然と感覚が開けるけど、ユキちゃんたちは外からなんらかの刺激を受けたことで、無理やり感覚をこじ開けられたんじゃないかと思う」


 いつの間にか、おじいちゃんの話から私の話になっている。


 でも、そうだ。

 私がおじいちゃんと同じなら、おじいちゃんも妖怪を見るための力、霊力を持っていなかったかもしれない。


 じゃあ、私も後天的に妖怪が見えるようになったということ? 

 でも、記憶がはっきりし始める頃にはすでに、おじいちゃんの部屋に遊びに来る妖怪の姿が見えていた。うんと小さい頃のことだ。


「おじいさんは山で迷っていた間の記憶がないらしいよ」


 翔さんが説明を付け加えた。

 私に抜けている記憶があることは、最近自覚したばかりだ。


「・・・祖父の身に遭ったことが、私にも遭ったかもしれないんですね?」


「何か覚えてる?」


「・・・すみません、わかりません」


 でもきっと、そうである気がする。


 以前から、私はどうしておじいちゃんの子供であるお父さんに妖怪が見えないんだろうと思っていた。孫の私は見えるのに。でもそれが後天的なものだったんだとしたら説明がつく。


「――あの、ありがとうございます翔さん」


「うん?」


「私、実はあんまり祖父のことを知らないんです。だから教えてくださってありがとうございます」


「それはどういたしまして」


「でも翔さんの疑問には全然お答えできなくて、すみません」


「別にユキちゃんを責めないよ。覚えてないものはしょうがない。何か思い出した時に、真っ先に俺に教えてくれたらいいよ」


 約束ね、と念を押される。


 思えば翔さんは以前からおじいちゃんのことを気にしていた。

 そこに何かがあると気づいていたんだろうか。だとすれば私の勘も捨てたものではないかもしれない。


「――お、来た」


 翔さんが振り向くのと同時に襖が開いて、現天宮家当主であり、翔さんたちのお母さんでもある綾乃さんが現れた。

 今日は金木犀の柄が入った黒地の着物を着ている。


「ユキさん、お待たせいたしました」


「あ、いえ、お邪魔してます」


 いったん立ち上がってご挨拶をしている間に、翔さんは場をセッティングし直し、じゃあとすぐに部屋を出て行った。


 私は改めて、綾乃さんと向き合って座り直す。


「お待たせいたしまして申し訳ございません。会合のほうが長引きまして」


 綾乃さんは私のような子供にもとても丁寧な態度で接してくれるから、いつも恐縮してしまう。


「いえ、私が早く来過ぎてしまったんです」


「そのようなことはございませんよ。これまで、翔がずっと貴女のお相手を? 無礼はございませんでしたか?」


「はい。お茶までいただいて、翔さんもお暇ではないんでしょうに、お気を使わせてしまって・・・」


「お呼び立ていたしましたのはこちらなのですから、そのようなことはどうぞお気になさらず。愚息が粗相を働いたのでなければ、ようございました」


 丁寧過ぎるくらい丁寧な挨拶を終えてから、綾乃さんは本題へと移った。


「本来はいま少し早くお話をお聞きしたかったのですが、なかなかに都合が合わず、このような運びと相成りました。早速ですが、両面宿儺の封印場所に、貴女がすでに二度ほど訪れたことがあるというお話は、確かなのですね?」


「はい。一度目は幼稚園に入るか入らないかくらいの小さな頃のことなので、全部はっきり覚えているわけではないんですが、あの封印の岩のことは、見たら思い出しました」


「ご家族とはぐれて迷いこまれたとお聞きしましたが、どのような道を通ったのかは覚えていらっしゃらないのですか?」


「はい・・・はっきり思い出せるのは封印の岩だけで、あとは、誰かに手を引かれて行ったということだけで」


「その者の顔は、やはり思い出せないのですか?」


「はい・・・すみません」


「いえ。お小さい頃のことですから、記憶がないのは無理からぬことにございましょう」


「申し訳ありません。私は忘れっぽいみたいです。天宮家の皆さんにとっては重要なことなのに、ごめんなさい」


「どうぞお気に病まないでくださいませ。確かに封印は我らにとって何より重要なことではございますが、それゆえに万全の対策を期しております。幼い貴女を連れ去った者の正体も、いずれわかる時が来ましょう」


 綾乃さんは悠然として、まったく結論を焦っているようではなかった。


 大切な封印の場所に得体の知れない何かが入り込んだのだから、普通はもっと慌てそうなものだけれど。

 さすが、当主たる方は肝が据わっている。


「――しかし、貴女はそのような昔から、天宮と関わりのあるお方だったのですね」


 表情を緩め、ふと綾乃さんがそんなふうに漏らした。


「かつて、神の力によって封印された宿儺の前に立ったことのある貴女が、後に我らの前に現れ神を取り去ってみせたことには、なにやら奴の怨念を感じるようです」


 私は自分の心臓が跳ねる音を聞いた。


 綾乃さんは微笑み、


「ご安心ください。封印されているものにそのような力はございません。これが縁というものの不思議にございましょう」


「そう・・・ですよね」


 ああびっくりした。


 もし私の力が封印された鬼神の呪いなんだったとしたら、どんなにおそろしかっただろう。


 綾乃さんが言うなら違うんだよね。

 大体そんなことできるんだったら、封印されてるって言えないだろうし。


「つきましては、ユキさん、貴女に再びお願いいたしたきことがございます」


「あ、はい」


 答えつつ、私は綾乃さんが言いたいことは大体察しがついていた。


「封印の場所、中で貴女がご覧になったもの、そしてかつて貴女が一度訪れたことがあったという事実を、天宮の身内も含め何者にもおっしゃらないでいただきたいのです」


 身内も含め・・・?


 封印の場所を他人に言うなというだけの話かと思ったのに


「煉にも同様の注意をしております。あの場所は代々天宮家当主のみが知る決まりとなっておりますゆえ、椿や翔などにも詳しいことはお伝えなさいませんように。その者らは貴女が最近封印の場所へ迷いこんでしまったことは存じておりますが、かつても同じことがあったとは知りません。また、貴女に封印に関することで何一つ尋ねぬよう命じております。よってユキさんのお心の中にだけ、この話は留め置かれますようお願いいたします」


 どうやら、綾乃さんは封印にまつわることのすべてを誰にも広めたくないらしい。

 それだけ重要な秘密を私は知ってしまったということだ。


「わかりました。封印に関することを誰にも何も言わないでいればいいんですよね」


「はい。お願いできますか?」


「もちろんです。絶対に言いません」


「ありがとうございます」


 今日の本題はこれで終わり。

 これでおいとまかな、と思った矢先、綾乃さんが一旦閉じた口を開いた。


「ユキさんのほうからは、この機会に何かございませんか? どんなことでも構いません。困っていらっしゃることなどがあれば、お力になりますよ」


「あ、ありがとうございます。ですが今は、特に何も」


 猿神さんに襲われそうになったことはあったけれど、他の妖怪関係ではごくごく平和なものだった。

 さすがに私だって、ひっきりなしにトラブルを起こしたり巻き込まれたりしてるわけでもない。


「近頃、姪が貴女の周りを騒がせたようですが」


 姪・・・莉子さんか。

 さっき翔さんにも言われたばかりで、綾乃さんにまで触れられるとさすがに気まずい。


「今日も屋敷におりましたが、もしやお会いになりましたか?」


「あ、はい。ちょうど天宮くんとお出かけするところに」


 鉢合わせた、と言いますか。もっとゆっくり来ればよかったなあ。道にでも迷えばよかった。

 そしたら天宮くんに気を使わせずに済んだかもしれない。


「二人で遊びに行ったみたいで、ちょっとほっとしました。前に、遊ぶ時間もないって天宮くんに聞いたことがあったので」


 安心したのはほんと。天宮くんが楽しいことがなによりだ。

 まだ高校生なのに、いつも仕事仕事じゃ大変だもの。


「貴女がお気に病まれることではございません。この地を守るために日夜励むは天宮の務めでございますゆえ。そのために我らは神を宿しているのですから」


 綾乃さんは当然、という顔をしているけれど、私にはそうは思えない。


 神様を宿していても天宮くんたちは普通の人だ。嫌な時だってあるだろうし、つらい時だってあるだろう。それでも人知れず皆のためにがんばってくれている方々には、心からの感謝を捧げたい。


「姪がご迷惑をおかけするようでしたら、遠慮なくお申しつけください」


「全然っ、迷惑になんかなりませんっ。むしろそれは私のほうです」


 慌てて言うと、綾乃さんには微笑まれてしまった。


「貴女の謙虚さには頭が上がりませんね。しかしどうか遠慮はなさらず、困った時には我らをお頼りください」


「は、はい。ありがとうございます」


 できればあまり、頼らないようには、したいのだけれど・・・。


 お話は今度こそ終わりだった。

 帰りは翔さんが送ると言ってくれたけれど、まだ十分に明るかったので遠慮し、天宮家を後にする。


 でも、歩きながら色々と考え事をしていた私は、まっすぐ帰るのはやめて、少しだけ寄り道をしていくことにした。

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