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幻想徒然絵巻  作者: 日生
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依代の一族

 学校から天宮くんのおうちは、私の家とほぼ反対方向だった。


 彼の二、三歩後ろを付いて歩くうち、途中からよく知らない道になると、もう一人じゃ帰れない状態になる。


 生まれた時から住んでいる町だけれど、私の生活範囲はおもに自宅のある西区周辺に限られ、今向かっている北のほうへはあまり行ったことがなく、行く時はバスを使うので、バスが通る道以外はさっぱりわからない。


 天宮くんとは一言の会話もなく、黙っているからまた不安になっていく。


 気づけば三十分くらい歩いて、町はずれの小高い山に行き着いた。


 神社のある北山や、千年桜の峠とはまた別の山だ。


 鬱蒼と生い茂る木々の間に、不釣り合いに整備された石畳の道が伸びる。まさかこの奥におうちが? と尋ねる前に天宮くんが入っていってしまった。


 緩やかな坂を上り、ちょっと息が切れてきた頃、ようやく目的地に辿り着く。


 山の中にあるお家なんてまったく想像できていなかったわけなのだけど、実際に目のあたりにしてみれば、まあ、すごかった。


 家というより、お屋敷。


 立派な門構えと、どこまでも左右に続く高い塀があり、木々を押しのけて堂々と建っている。


 天宮くんって、お金持ちだったんだなあ・・・。


 巨大な門の隣に備えつけられた通用口から中に入ると、広がる日本庭園。母屋まで真っ白な石畳の道が続いていた。


 母屋は平屋のようだった。いつだったか、本当のお金持ちは平屋に住むものだと聞いたことがある。土地が広いから上に向かって建てる必要がないのだとか。


 私の部屋よりも広い玄関の端に靴を脱ぎ、黒光りしている廊下を微妙にかかとを浮かせて歩き、襖と畳と床の間のある八畳ほどの和室に通された。


「ちょっと待ってて」


 分厚い座布団を出してくれた後、天宮くんは襖をぴっちり閉めていなくなった。


 荷物を脇に置き、正座して大人しく待つ。


 まったく、物音一つ聞こえてこない。ご家族はまだ帰っていないのかもわからないけど、これだけ大きなお屋敷だとお手伝いさんなどもいそうに思うのに。


 この静けさはどこかお狐様のお社にも似ている。

 まるで別の世界にいるような不思議な感覚だ。


 無音の中、ただひたすらに待ち続けていると、やがて襖がすらりと開いた。


「おい、煉――?」


 現れたのは、知らない男の人だった。


 背の高い、見たところ二十代くらいの男性は、かなり整った顔立ちをしている。でもそれはこの際どうでもよくて。


 問題は、その人の髪色が、黒ではないこと。


 でも、何色と言えばいいのか。


 身動きするたび、その人の髪色は変わった。光の当たり具合によって、傍にある物の影によって、色が絶え間なく変化する。


 ううん、周りの色が映り込む。そして動くと波紋が生じて影が揺れる。


 まるで、水面のように。


「こんにちは?」


 微笑まれ、我に返った。


「これはまた、可愛い子を連れて来たなあ。佐久間ユキさん、だっけ?」


 なぜか、その人は私の名前を知っていた。


「俺は天宮しょう。煉の兄です。よろしくね」


 後からその人も名乗る。どうして、天宮くんのお兄さんが私のことを知っているんだろう。それにその髪はもう、人の色じゃない。はっきり、異常だとわかる。


「――翔? いたのか」


 間もなくして天宮くんが戻って来た。お兄さんを横にどかして部屋の中に入る。


 その後にもう一人、誰かがいた。


「あら可愛らしい」


 プラチナブロンド? ううん、これは、白髪だ。


 癖が一つもない、絹糸のように輝かしい光沢を持つ白い髪が、翔さんに負けないくらい長身の女性の、腰まで垂れている。


 目鼻立ちがはっきりして、おそらく絶世の美女と評したって言い過ぎだとは誰も思わない、そんな女性が襖の向こうから半身を出して、けたけた笑っていた。


「こんな子が神泥棒とはねー」


 穏やかではない単語を、はじめは聞き間違いかと思った。

 すぐに、天宮くんがその女性を睨む。


「やめろ。本人も自分でわかってねえんだから」


「ふうん? ますますおかしな話よね」


「おい、勝手に喋ってないで早く紹介しろよ。彼女が困ってるじゃないか」


 翔さんが割って入り、天宮くんは私のほうを向いて改めて、お二人を紹介してくれた。


「これ、俺の兄弟。こっちが椿で、こっちが翔」


「もう一人男がいるんだけど、家にいることのほうが珍しい奴で、今日もいないのよ。紹介は会った時にするわね」


 ・・・ええと、とりあえずわかったのは、天宮くんが四人兄弟なんだってこと。天宮くんをはじめ、皆さん並々ならぬ美形だ。囲まれてかなり緊張してしまう。


「で、また確認しておきたいんだけど」


 天宮くんがお姉さんとお兄さんを指す。


「こいつらの頭、何色に見える?」


 私は、一瞬答えるのを迷った。


 でもわかっていた。彼はこうして問いかけはするものの、本当は私の答えを知っているのだと。


「・・・椿さんは、白に見えます。翔さんは・・・水面の色に、思えます」


 声はかすれてしまったけれど、ちゃんと届いた。


「水面の色か。うまい表現だね」


 翔さんが楽しげに笑う。天宮くんは、今度は自分の頭を指した。


「俺の髪も赤く見えてた?」


「・・・はい。でも今は」


「うん。その理由をこれから説明する」


 天宮くんが横に身をずらす。


 すると同じく左右に避けた翔さんと椿さんの後ろに音もなく、いつの間にか、黒い着物姿の女性が立っていた。





 ❆





 座して向かい合っているのは、黒地に藤の花柄をあしらった上品な着物姿で、黒い髪を後ろでまとめている、古風な女性。


 彼女は天宮くんのお母さんの、綾乃さん。自己紹介の間も背筋を伸ばし微動だにしていなかった。一体おいくつなのかわからないけど、皺もほとんどなく若々しい。とても美しい人だった。


 左右には襖を背に天宮くんと椿さんと翔さんが座っている。一応、上座に据えられている私はまるで証言台に立つ被告人のような気持ちで、首をすくめていた。


「この度は突然お呼び立ていたしまして、まことに申し訳ございませんでした」


 何を言われるのかと身構えていたところへ、とても丁寧に、まず謝られた。


「お呼びした理由と申しますものは、当方の大事に関わることでございましたゆえ、どうかご容赦願います」


 綾乃さんの言葉遣いは堅いものの、表情などは心なし柔らかく感じられる。


「普通のご家庭でお育ちになられた方には少々突飛なお話に思われましょうが、まずは我ら天宮家のことを知っていただき、このたび貴女の身に起きましたことを順にご説明いたしたく存じます。よろしいでしょうか?」


「は、はい。よろしく、お願いします」


 綾乃さんは、私が下げた頭を元に戻すまで待ってから、説明を始めてくれた。


「まず天宮家とは、遥か昔よりこの地で妖怪退治を行ってきた一族にございます。もちろん、貴女も妖怪をご覧になったことはございますね?」


「は、はい」


 もちろん、と言われたということはもちろん、綾乃さんたちも妖怪が見えるということ、なんだろう。


 さっき天宮くんに祓い屋と言われた時は咄嗟にわからなかったけれど、この世に妖怪退治を請け負う人がいることは、確かおじいちゃんに聞いたことがある。


 妖怪は見えない人に対しても悪さをするものだから、それを防ぐ人が必要になるのだ。


 つまりは妖怪退治が、天宮くんの家業ということ。


「この土地は気の流れの関係で妖怪が集まりやすい場所となっており、事実、数え切れぬほどの妖怪が棲みつき貴女もご存知ないところで悪さを働いているのです。それらに人の身で立ち向かうために、天宮家の者は神を宿しております」


「神・・・?」


 それは、予想もしていなかった正体だった。


「ユキさんは、神降ろしというものをご存知ですか? 神楽を舞い、神をその身に降ろして占いや神託を行う神事は、古来より各地で行われておるものです」


 それも聞いたことがある気がする。たぶんお祭りなどで神主さんたちがやっていることだろう。踊ったり楽器を鳴らしたりして、今年は豊作だどうだとか、そういうことを占う儀式を指すのだと思う。


「我々は常にその神降ろしを行っている状態なのです。髪の色は、その身に宿るモノの影響です。普通の方には見えません」


 普通じゃない、例えば妖怪が見えるような特殊な人にしか見えない、神様の色ということだろうか。


 しばらく、私は言葉を継げなかった。絶句していたというのに近い。


 いきなり同じく妖怪が見えることを打ち明けられ、祓い屋とか神様とか説明されて、少し、混乱していた。


「信じてはいただけませんか」


「! い、いえっ」


 慌てて首を振る。信じられないわけではないのだ。


 だって神様はたぶん、いると思う。妖怪がいるのだから、いたっておかしくない。ただ、その存在についてはよく知らない。


「・・・神様というのは、神社などに祀られている神様のことですか?」


「そうですね。神と呼ばれるものの中には、土地神や本来悪鬼であるようなものまで様々ございますが、古事記などに記される神々を呼ばわるのが一般的にございましょう。天宮が宿す神は、後者にございます。神を宿すことで我らは神に由来する力を行使することができ、また、神の力は身体能力や霊力を通常より大幅に高めてもくれるのです」


「霊力・・・」


 聞いたことはあるけれど、なんだと言われるとよくわからないもの。


「霊力とは、簡単に申しませば妖怪を見る力です。霊力がある者は妖怪を見ることができ、また、それが強ければ強いほど妖怪を祓う強力な術を使うことができるのです」


 丁寧に説明してくれたかと思うと、急に綾乃さんの目が少しばかり鋭くなった。


「しかし貴女からは力を感じませんね。力がなくとも見えるとは、並外れて鋭敏な感覚をお持ちなのでしょうか」


「え?」


「いえ、大したことではございません。話を戻しましょう」


 何を言われているのかなと思ったけど、綾乃さんがすぐに切り替えてしまったので、確認することはできなかった。


「天宮の神降ろしと通常の神降ろしが異なるのは、宿主の体が神に乗っ取られるわけではないところです。つまり、神を宿している者は己の意思で自由に神の力を使えるということにございます」


 例えばイタコさんなどは、霊を体に降ろすと意思までが霊のものになって、言葉を授けてくれるイメージがあるけど、天宮くんたちはご神託がほしいわけじゃないから、神様の意思はいらないということなのかな。


 そんな器用なこと、できるんだなあ。


「そもそも天宮が神を宿すようになりました由来をお話ししますと、平安の時代までさかのぼります」


 大まかに理解できたところで、お話はどんどん進んでいく。


「千年より昔、京の都に強大な力を持つ妖怪が現れたことがございました。それはおよそ人の力で敵う相手ではなく、多くの人々が犠牲となりました。そこで、妖怪に対抗すべく、勅を受けた我らの祖先が神降ろしを行ったのです。合わせて五柱の神が降ろされ、祖先はその力を用い、この地へ妖怪を封印したのです」


「・・・こ、ここですか?」


 思わず声が上ずった。


「都から遠く、霊気が高いこの土地は、妖怪を封ずるのに適していたのです。以来、我らは代々神を引き継ぎ、この封印の地を妖怪どもに荒らされぬよう、守護しております。――以上が、我らについてのお話のすべてです」


 綾乃さんは語り終え、私の様子を窺う。


「ご理解いただけましたでしょうか?」


「・・・ええと」


 頭の中で、自分なりに話をまとめてみる。


 天宮くんたちの不思議な髪色は神様を宿しているせいで、なんで神様を宿したかというと、昔、都で暴れていた強い妖怪を封印するためで、その封印を守るために今も神様を宿して、この土地で悪さをする妖怪の退治を行っている。


 うん、わかった。


「――はい。説明してくださって、ありがとうございました」


 畳の上に手を付き、お礼を述べた。事情がわかったらもう、天宮くんたちを怖いとは思わなかった。


「では本日貴女をお呼びしましたことについて、お話しいたします」


 ここからが、いよいよ本題だ。

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