いじわる
「ごめんねー、のっけから騒がしくて。どうぞ上がって」
翔さんに案内されたのは、見事な日本庭園が見渡せる畳のお部屋。
松や池もさることながら、赤く色づいた紅葉があり、この時期はとてもきれいで、スケッチブックを持って来ていたら今すぐ写しとっただろう。
翔さんはわざわざ障子戸を開いて、よく見えるようにしてくれた。
「どうぞ」
「あ、すみません、ありがとうございます」
座布団に、お茶まで出していただき、恐縮しながら湯呑に口をつける。
「莉子のやつ、学校まで押しかけたんだって? ごめんね、迷惑かけて」
私が退屈しないようにとの配慮からか、翔さんは隣に座って話し相手になってくれた。
「いえっ、全然迷惑なんてかかってないです。莉子さんには家まで送ってもらってしまったり、その夜も妖怪から助けていただきました。むしろ私のほうが初対面でいきなりご迷惑をおかけしてしまって、なんとお詫びしていいか」
「莉子が勝手にやったことは気にしなくていいよ。どうせ見せつけるのが目的なんだから」
「え?」
「それよりさ」
と、翔さんは急に言った。
「さっきの見て何か思うところない?」
「えっ? な、何がですか?」
声が裏返るのを自覚する。危うくお茶をこぼすところだった。
翔さんは後ろに手を付き、リラックスした体勢になった。
「煉のほうはかなり焦ってたけど。ユキちゃんは全然普通?」
普通・・・ではない。
校門で莉子さんが天宮くんに抱きついていた時も、不整脈みたいに心臓が止まったりばくばくいったりしていた。
「・・・仲良いなあって、思いました」
「それだけ?」
「え? そ、そうですね・・・あ、あの、莉子さんってやっぱり天宮くんと付き合ってるんですか?」
「気になる?」
「それは、まあ・・・」
気になるに決まってる。のに、なんだろう。
そういう言い方をされると、はっきり頷くのが急に恥ずかしくなった。
「付き合ってはないよ。莉子の片想い」
・・・つまり、莉子さんのほうは、はっきりと天宮くんが好きなんだ。
一目見ればそれはわかったけれど。
「あの二人はちょうど同い年で、昔から一緒に修行してきたんだよ。いわゆる幼馴染。でも煉ってほら、迫られると逃げるタイプで、莉子は攻めて攻めて攻めまくるタイプだから、毎回さっきみたいなやり取りになるんだよねえ。いい加減飽きないのかと思うよ」
「・・・仲良さそうに見えましたよ?」
「悪くはないよ。なんだかんだ言って煉も莉子には甘い」
「そう、ですか」
やっぱり、天宮くんも莉子さんが好きなのかな。
決まってるよね。
あんなに可愛い女の子に積極的に迫られて、嫌なわけない。
莉子さんなら天宮くんに迷惑をかけるようなこともないのだろうし、小さい頃からの付き合いなら気心もよく知れているだろう。それは南山で助けられたあの晩の二人のやり取りからも察せられた。
強く美しく可愛らしい莉子さんは、他にないほど天宮くんとお似合いだと思う。
今日は、二人で楽しくデートするのかな。
「ユキちゃん妬いてる?」
不意に、翔さんに言われたことに心臓が止まった。
「・・・・・・なにをですか?」
「いや、なにって。それとも、完全に脈なしってこと?」
妬くとか、脈とか、ええと、ええっと、翔さんは何が言いたいのだろう。
「ユキちゃんは煉のことなんとも思ってないの?」
「・・・ひ、日々感謝しています」
「そういうのなしで。単刀直入に訊くと、男として好き?」
「・・・・・・・・・・・・えっと」
「嫌い?」
「ではないです!」
反射的に答えた、ら、自分でも思ったより声が出てしまい、翔さんに笑われた。
「や、安心したよ。嫌いだったら困るもんな」
翔さんは、たぶん私をからかっているんだ。
でも遊ばれているとわかっても逃げ場はどこにもなく、熱い顔をうつむかせるしかなかった。
「ユキちゃんは誰かと付き合ったことあるの?」
「な、ない、です。男の人と話したことすら、今まではほとんどなく・・・」
「好きになったりとかもなかったわけ?」
「そ、うですね。はっきり自覚したことは、なかったかもしれません。そんなこと、思うのもおこがましくて」
「? 好きになるのすらおこがましいってこと?」
「えっと・・・ぅ、す、好きになって、付き合いたい、とか、思ってしまうことが、です。私なんて、好きになってもらえるような人間じゃないのに」
つい、自分の分際を忘れて相手を求めそうになる。
迷惑だと、わかっているのに手を伸ばしたくなる。だったらそんなよけいな想いは、はじめから持っていないほうがいい。
本当に、相手のためを想うのならば。
「うーん、でも、そんなこと言ってると誰とも一緒になれないよ?」
「そう、ですね・・・私が、誰かと一緒になりたいなら、もっと自分のことをちゃんとしてからじゃないと無理なんだと思います」
「ちゃんとって?」
「・・・自分が起こしたことの後始末くらいは、自分でつけられるようになりたいです。相手に頼ってばかりだったら、それは・・・ただ、依存してるって、ことなんだと思います」
共に倒れるまで全身で寄りかかる、そんな者であってはいけない。
そんな者は存在自体、その人にとってないほうがいい。
今の私はまさしくその《ないほうがいい》存在だろう。
「・・・失敗したな」
翔さんが、ぽつりと漏らした。
「え?」
「ごめん、意地悪し過ぎた。ユキちゃんって妙にいじめたくなるんだよねえ」
「え、え?」
「ごめんごめん。とりあえず二人は付き合ってないから安心してよ」
安心、なんてしていいのかな。私が二人の邪魔をしていることに変わりはないのに。どうにか身を引くことができるといいけれど。




