お邪魔虫
「莉子!? なんでお前がっ」
「えへへ~、煉に会いたくて来ちゃった♪」
鈴が転がるような、声もとっても可愛らしい。
状況に頭がついていかず、じっと見つめてしまっていたら、天宮くんがはっとした表情になり、急いで女の子の華奢な肩を掴んで引き離した。
「佐久間あのなっ、こいつは――」
「あなたが佐久間さん!?」
ぱっ、とその子が振り向いた瞬間に、暗くなりゆく世界が、急に明るくなったように思えた。
長い睫毛に縁取られたぱっちり二重の瞳と、細い鼻と薄いピンクの唇と、どれも形の整ったパーツが小さい顔の上に黄金比で配置され、つまり何が言いたいかというと、ものすごい超絶な美少女であったということ。
天宮くんに負けず劣らない。二人並んでいるとショーウィンドウのお人形さんみたいだ。まるで現実のものではないかのような、美しさ。
目の前の光景がまぶしすぎて、怖じけて一歩下がった私の手に、ためらいもなく美少女さんはその細い指をからめてきた。
「はじめまして佐久間さん! 煉の恋人の莉子です!」
「違うっっ!!」
空気が震えるくらいの大声で、突然天宮くんが怒鳴ったので、半ば放心していた私は腰を抜かしそうになった。
「あ、わ、悪い佐久間っ」
「もー、煉ったらそんな全力で否定しなくていいのに」
「お前がわけのわかんねえ嘘つくからだっ! あのな佐久間、こいつはただのいとこだ!」
「い、いとこ?」
よろめきながら二人を交互に見やると、美少女さんのほうがにこりと笑った。
「天宮莉子。煉や、椿ちゃんや慧ちゃんや翔ちゃんのいとこだよ。よろしくね♪」
「隣町に住んでてそっちの高校に通ってるんだ」
天宮家は美形一家。莉子さんの顔立ちには、確かにそのすばらしい血筋を感じる。
「は・・・はじめまして、佐久間ユキと申します」
「うんっ。あなたのことはぜ~んぶ聞いてるよっ。あ、ちなみに莉子は神を宿してないからねっ」
莉子さんの髪は、見事な烏の濡れ羽色。神様を宿している人は天宮くんのように人とは違う髪色になるから、見ただけでわかる。
「で、お前は何しに来たんだよ」
天宮くんがぶっきらぼうに問うと、莉子さんは私の手を放し、ぱっとそちらを振り向く。
「明日は開校記念日でお休みだから、煉のところにお泊まりするのっ。ついでにお仕事も手伝うよっ」
「は? 当主に言われたのか?」
「ううん、自主的に。偉いでしょー」
「別にいらねえ」
「煉ってば照れ屋さんなんだから~」
「帰れ」
「そんなこと言わないで荷物持ってよ」
莉子さんは校門の横に置いてあったショッキングピンクの小さなキャリーバックを天宮くんに押し付け、天宮くんは渋々と受け取っていた。
「持ってやるから先行ってろ。俺は佐久間を送って来る」
「莉子も行くよっ、当たり前じゃんっ」
「いい。お前がいるとうるさい」
「えぇ~? やだやだ、莉子だって佐久間さんとお話ししたいもんっ。ね? 佐久間さんもいいでしょ?」
「えっ? あ、は、はい、いえ、あの、私は」
またこちらを振り返って、猫のようにすり寄ってくる莉子さんに私は妙にどぎまぎしてしまう。
え、ええと、これはつまり、いとこが休みを利用して遊びに来たという状況だよね。
だったら私は、
「あ、あれでしたら、今日は一人で帰るのでそんな、送っていただかなくても・・・」
「だめだめ、もう暗くなるから妖怪出るよ? それとも、佐久間さんは莉子がいると嫌なの?」
「とんでもないです!」
違う、そうじゃなくて、ただ、私は・・・
言葉がうまく出て来なくて、結局、莉子さんと天宮くんのお二人に、送ってもらうことになってしまった。
「この時間だと部活の帰り? 佐久間さん部活やってるの?」
右から順に天宮くん、莉子さん、私、と横に並んで歩いている。
おもに話題を振るのは莉子さんで、そこを中心に話が回る。
「は、はい。美術部に、入ってます」
「ほんとにお絵描きが好きなんだね~。煉も? 部活に入ってるの?」
「俺は入ってない」
「じゃあどこで佐久間さんを待ってるの?」
「・・・美術室」
「美術部じゃないのに?」
「部員が佐久間だけなんだよ」
「え~じゃあ二人きりでいるってこと?」
心臓が跳ね上がる。
なんだかこう、悪事を先生や親に見つかったみたいな気分。
「よ、妖怪がしょっちゅう訪ねて来ますっ。そうじゃない時は、天宮くんは準備室で寝ていることが多いのでっ」
焦って莉子さんに言い訳をする。
いやでもほんと、部活の間、お疲れの天宮くんは静かに休んでいることが多いのだ。起きているのは基本的に妖怪が来た時だけで。
でもこの言い訳はあんまりよくなかったと、すぐに反省することになる。
「煉ってばもっと真面目にやりなよ。当主に言いつけちゃおーかなー?」
いたずらっぽい笑みを浮かべる莉子さん。天宮くんにとっては、仕事中に寝ているなんて言っていいわけなかった。
「い、いえっ、天宮くんはすごくよくやってくれてますっ。おかげで大好きな妖怪の絵を描けてますしもうほんと、助かり過ぎて申し訳ないくらいでっ!」
「佐久間、その辺で大丈夫。莉子も本気で言ってるわけじゃないから」
慌てたフォローは、しかし天宮くんに止められた。
隣で莉子さんがくすくす笑っている。
「佐久間さんってなんかへーん、おもしろーい」
ひ、必死過ぎて笑われた?
自覚したらかーっと頬が熱くなってくる。
そっか、天宮くんが真面目なんだってことは、身内の人ならきっとわかっていることだよね。
「笑うな。失礼だろ」
「え、ごめん。佐久間さん怒っちゃった?」
「っ、いえっ」
下から可愛い顔に覗きこまれ、ぶんぶん首を横に振ると、「よかった♪」と莉子さんは笑顔に戻った。
「ねえ煉~、明日もこの時間に終わるの? 莉子、遊びに行きたいんだけどな~」
「一人で遊んでろ。じゃなきゃ翔にでも構ってもらえ」
「冷たいよ~。ひさしぶりに会ったんだから莉子にもっと優しくしてっ」
「この前も会ったばっかだろ」
「その時も冷たかったよっ。一緒にお風呂入ってくれなかったもん」
「はぁ? ガキの頃じゃあるまいしそんなことするかっ」
「今日は一緒に寝ようねっ」
「却下」
ええと・・・ええっと・・・
この後、家に着くまで私はまったく会話に入ることができず、自分という存在のものすさまじいお邪魔虫感に苛まれた。
二人と別れて玄関に入ってから、どっと疲れが押し寄せて、心臓がばくばく鳴った。
二階の自分の部屋に行き、窓のカーテンを閉めるのにたまたま外を見たら、少し遠くに天宮くんと莉子さんの後ろ姿があり、しばらく目を離せなくなってしまう。
今まで、なぜ考えもしなかったのだろう。
あんなにきれいで、強くてかっこいい天宮くんに恋人がいないわけない。
莉子さんはただのいとこだと言っていたけれど、確か法律上はいとことも結婚できたはず。
しかもとっても美人な女の子で、二人並んでいるのがよく似合っていた。
そこで気づいたおそろしい事実は、私の存在が二人の時間を邪魔してしまってるんじゃないかってこと。
今の帰り道みたいに、明日の予定みたいに、天宮くんが私に付いてなきゃいけないせいで莉子さんと会えなくなっていたんだとしたらどうしよう。
天宮くんは仕事だからしょうがないと思ってるかもしれない。
けど、仮にも性別は一応女である私が、彼の傍にあることを莉子さんは絶対快く思わないだろうし、天宮くんだって、内心おもしろくはないだろう。本当に一緒にいたい人は別なのだから。
い、今まで、天宮くんがあんまり笑わないのはもともとの性格なのかと思っていたけど、もしかして、私といるのが嫌だったから、だったりしないかな?
だとしたら土下座したって許してもらえない。人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ、って言うけど死んでお詫びしてもまだ足りないかもしれない。
もし、仮に、あの二人が恋人じゃなかったとしても、いずれ、って雰囲気だったと思う。
莉子さんのほうはあからさまに、だった。終始ぶっきらぼうだった天宮くんは照れてるだけのようにも見えたし。
だってあんな美少女に抱きつかれたり、い、一緒に寝ようとか、私が男だったら嬉しすぎると思うもの。聞いてるだけのこっちが照れてしまった。
大体、二人とも高校生だもんね。恋愛くらい普通にするよね。私はそれに気づかずなんて馬鹿だったんだろう。
――なんとかしなきゃ。
顔を上げると、いつの間にか二人の姿はなく、外は完全に真っ暗になっていた。
もう、天宮くんには極力頼らないようにしなければ。
自分で自分のことをなんとかしてみせるんだ。
それで天宮家の皆さんを安心させることができれば、天宮くんを護衛の役目から解放できるかもしれない。
そもそも今までがおかしかったんだ。
部活に入っていない天宮くんが私に付き合って放課後の時間を丸々潰し、全然方角が違う家まで送るなんて。まったく、何様のつもりだ、私は。
天宮くんに頼るしかないとか、そんな甘えた根性でどうするの?
これまで深く考えてこなかったけれど、一生、天宮くんが私の面倒をみてくれるわけじゃないんだよね。いつかは一人で我が身でもなんでも守らなくちゃいけない。
それが今からだとしても、同じことでしょう?
目が覚めた。完璧に、覚めた。




