それぞれの家
「――で? もう気は済んだのかい?」
教室の机にテーブルクロスをかけただけの陳腐な喫茶店で、まるでどこかの貴族のように優雅に茶を飲む古御堂の兄が、正面に座る弟に尋ねた。
目つきの悪い弟は、足を広げたかなり行儀の悪い姿勢で座り、運ばれてきた茶にも手をつけない。
ずっとある人物を睨みつけていた。
だが本人としては別に睨んでいるつもりはなく、ただ見ているだけに過ぎないことは、生まれた時から一緒にいる龍之介はよく知っている。
「そんなに見てると、また彼に怒られるぞ?」
弟の視線の先には、妖怪たちの相手をしている少女がいる。
人に化けて教室の隅を陣取った妖怪たちは彼女の仕事を邪魔し、緋色の髪の少年にいちいち怒鳴られていた。
「お前が僕のかわりに動いてくれるのはありがたいが、彼女を仕事に付き合わせるのはやり過ぎだろう」
「あいつ妖怪を祓いやがった」
視線は固定したまま、拓実が答えた。
「もとは人だったからこそ説得が通じただけだ」
「んなこたわかってる」
「では何が引っかかっているんだい?」
「なんもかんも、おかしいだろ。霊力はまるで感じねえのに、キの神を復活させ、死霊の記憶を覗き見たんだ。絶対になんかあるはずだ」
「僕は考え過ぎだと思うがねえ。霊力がなくとも並はずれて感性の鋭い者や、信仰心の厚い者は不思議を見ることがあると聞く。彼女もそういった類じゃないかな。キの神復活や鬼退治に貢献したとはいえ、どちらの場合も彼女は絵を描いただけだ」
「だからそれだ」
拓実は刺すような鋭い眼差しを兄へと向けた。
「あいつの絵には神が宿る。それを、神を宿す天宮が手元に置いてるってのが意味深じゃねえか」
「・・・まあねえ」
「兄貴は動かなくていい。俺が勝手にやる」
「あまり彼女に無茶するなよ? 仕事場に連れ込んだことは本当に反省してるんだろうな?」
「してるよ、たぶんな」
「してない時の言い方だな」
「あいつにはどうこうしねえよ。あいつも末っ子も重要なことはなんも知らねえようだしな。こっちはひとまず様子見だ。先に、骨董屋が言ってたあいつのじいさんのことを詳しく調べたほうがよさそうだ」
「そうかい。まったく、頼もしい限りだよお前は」
龍之介は一度茶を口に含んだ。
「――ま、仲良くやりたまえよ。彼女のこと、気に入ったんだろう? 末っ子くんも話の通じない相手ではなさそうだ」
「単なるお人好しな馬鹿どもだろ」
「嫌いじゃないだろう? そういうタイプ」
見透かされたように兄に言われた弟は、肯定はしなかったが、はっきり否定もしなかった。
「末っ子は家が絡むと、どうなるかわかんねえがな」
「二人の愛の力でどうにかなるさ。お前はあまりちょっかいを出してやるな?」
拓実は椅子の背もたれに腕をかけ、再び後ろを見やった。
「じれってえんだよなあ・・・あんな女、さっさと押し倒しちまえばいいのに」
その時、話題の少女はびくりと震え、辺りをきょろきょろ見回した。
❆
「こんにちはーっ」
静かな田舎の町でもさらに静かな山の中、隠れるように建てられた屋敷に、元気な少女の声が響いた。
たまたま留守をまかされていた家人が声に気づき、玄関に出る。
「――お? 誰かと思えば」
「おひさしぶり翔ちゃん」
少女がにっこり笑うと、迎えた男も微笑んだ。
「煉なら学校に行ってるよ」
「日曜なのに?」
「文化祭だってさ。行ってきたらどうだ?」
「えぇ~いいよ別に。人ごみ嫌いだもん。それより当主はいらっしゃる?」
「そろそろ帰ってくるよ」
「じゃあ待ってるっ」
「何かあったのか?」
「ないよっ。でも本家では大変なことがあったんでしょう?」
「そのことか」
「パパに聞いたら、いてもたってもいられなくなっちゃった」
「ふーん、今度はどんな厄介なことを思いついたんだか」
「もちろん、天宮のためになることよ?」
「だといいけどねえ」
「あーひどーい翔ちゃん、信用してくれないんだー」
むくれる少女に、男は笑い返すだけ。
一見穏やかな光景であったが、まるで何かを警告するように、山の木々がざわざわと風もないのに鳴っていた。
4章終了。
次章は10日開始。




